人の罪を赦すなら、あなたの罪も赦されループに入ります。①
文字数 4,276文字
5月16日
初代生徒会長選挙、公示日。
選挙戦の初日だ。
ポスターの張り出しや、学園内での演説が解禁となる。
投票日までは、なんと、二ヶ月も期間がある。
これは今年に新設されたばかりの学校ゆえに、生徒が一年生しか居ない事を考慮して設けられた期間だ。
生徒たちが学校に十分馴染み、その上で、熟慮した投票が行えるように、とだ。
公示のその朝。
強めの風が吹いていて、雨も降っていた。
召愛の前途多難な船出を象徴してるかのようだ。
俺たちは選挙活動の準備のために、いつもより早い時間に登校しようと、寮を出ようとしていたよ。
と、玄関でいつもの弁当を受け取り、俺は鞄に詰め込んだ。
召愛は、物凄い量の荷物を持っていこうとしてたね。
選挙用品だ。
ポスター五十枚に、ビラ五百枚。拡声器。
旗。タスキ。演説用の踏み台。そして鞄。
んで、レインコートを頭まで着込んで、荷物を積み重ねて、一気にだな、持って行こうとしたわけだ。
――とか気合い入れて持ち上げたは良いけど、危なっかしいったらありゃしない。
ビニール袋で包装された荷物が、今にも崩れて落ちそうだ。
玄関から外へ歩き出すと、途端に雨が打ち付けて、手元が濡れ、滑りそうになっている。
俺は傘をさして、隣を歩いたよ。
と言うが、この天候じゃ足下も悪い。
絶対、手伝わないと宣言した手前だが、ついさっき弁当を受け取ったばかりで、ここで放っておいて先に行くってのは、良心の呵責がやばい。
なんで、こいつはこうも、俺の心を煩わせるのか!
畜生、俺は絶対、手伝わない。
今回ばっかりは絶対に手伝わないからな。
予めそう宣言してあるんだし、こんな無茶するのは、こいつの自己責任。
俺は一切、悪くない。
なんつって、よっちよっちと歩いて行くわけだ。
が、召愛の前に太い木の枝が落ちているのに俺は気づいたよ。
道の脇の雑木林から風で折られたのだろう。
跨いで乗り越えられる大きさの物だが、躓けば危ない。
言うのが遅かった。
召愛は荷物のせいで足下が見えてなかった。見事に躓いた。
バランスを立て直そうとするが、荷物が崩れ、召愛は前のめりに転倒しようと――。
――俺は咄嗟に、傘を投げ捨てて、召愛の前から荷物を支えたよ。
抱えるようにしてだ。
どうにか危機回避成功、荷物は一つも落下せず、召愛も朝っぱらから膝小僧をすりむいたりせずに済んだ。
ミニスカートで膝に絆創膏なんかで、演説台に上がったら、格好悪くて仕方なかったろう。
が、こう、あれだ……。
神様の悪戯と言うやつで、荷物挟んで召愛と抱き合うみたいなポーズになってしまってだな。そのポーズのまま、至近距離から目が合ってしまったわけだ。
とか、俺はなんか反射的に言ってたよ。
言おうと思って言ったんじゃない。言っちゃってた。
んで、積み重ねられた荷物の上の七割を、俺は召愛から取り上げてだ。
俺は荷物を抱えて昇降口まで走ったよ。
そんで上履きに履き替えて、荷物を邪魔にならなそうな隅っこのスペースに置いてから、下駄箱まで戻ってたら、羽里の声が聞こえてきてるのに気づいた。
なんとまあ、一階の中央廊下で早速、辻立ち演説してたんだ。
朝も早いというのに、人だかりが出来てた。
見事な滑舌、明快な主旨、説得力のある主張。
弁論大会があったら、こういう奴が入賞するんだろうなという演説っぷりだった。
俺もついつい、遠くから眺めちゃってたよ。
いつの間にか召愛も到着していて、俺の隣から暢気に言ってた。
なんだと思いながら屈んでみたらだ。
召愛は鞄からタオルを取り出して、俺の頭をワッシャワッシャと拭いだしたわけだ。
タオルを取り上げたよ。
で、
その途中、階段の踊り場にある掲示板に、羽里のポスターがあるのに気づいた。
――と、敵ながら思わず関心してしまうほどの出来だった。
ライバル本人の召愛も暢気に感心してたくらいだ。
なんかもう、衆議院選挙とかに出れそうな勢いのプロっぽい仕上がりだ。
それでいて、学生らしいポップさも全開で、見るからにお洒落感いっぱい。
これはプロのデザイナーがやったんじゃないかと思ったが、それはあり得ない。
校則によれば、選挙の公平性を期すために、動画やポスター製作は、本人以外していけない事になってる。
召愛は一枚だけ持って来てた自分のポスターを、その隣に貼ったよ。
召愛もなんとも形容しがたい表情で、自分のポスターを見詰めてらっしゃる。
うん。けして、ダメじゃないんだ。召愛のポスターは。
でもね、羽里のと比べるとね……。
うん、がんばった。超がんばったとは思う。
俺は召愛の肩をポンと叩いたよ。慰めるようにだ。
羽里のポスターにはQRコードもあった。広報動画のURLのだ。
俺はスマホでそれを読み込んでみたよ。
ポスターがこんだけ凄いなら、動画はどうなってんだと、ドキドキしながら、俺と召愛は食い入るように画面を見てました。
したらね、もうね。動画が始まった瞬間ね。
うわ……。ってなっちゃった。
もう、ドン引きするくらい上手い。
なんだこれ。ハリウッド映画の予告編かという感じでね。
スタイリッシュすぎた。
既に動画投稿サイトのタグで、『プロの犯行』というのが付けられてしまってるレベルだ。
対する召愛の広報動画は、良く言えば、ほのぼのとした手作り感、という奴で、悪く言えば、しょぼ――ゲフン、ゲフン、おっと思わず咳き込んでしまったぜ、な感じだ。
なんだ……この圧倒的な戦力差は。
選挙戦さえ上手く戦えば、どうにかなるなんて、甘い考えすぎたんじゃないか……?
というわけで。
召愛は二階の中央廊下の真ん中を選んだ。
一階ほどじゃないが、生徒が多く通る場所だ。
そこに踏み台を置いて、演説を始めたよ。
気合いが入ってて、本気モードって感じだった。
が、どうしたことだ……。
誰も立ち止まってくれない。一応はみんな召愛に顔を向けるんだけど。
みたいな感じで男子はすぐに去ってしまったり。
みたいな嘲りを残して、女子たちはクスクス笑いながら、通り過ぎて行ってしまう。
これは……。
演説の内容がどうとかいう話しじゃない。
召愛のイメージが悪すぎて、立候補者としての土俵にすら上がれてない。
結局、5分ほど続けても、誰も立ち止まってくれなかった。
力説しまくってる召愛を置いて、俺はさっさと一階に下りて行ったよ。
で。
一階の荷物を置いておいた隅っこに行ってみたらだ。
積み重ねてあった荷物が、散乱していた。自然に崩れて散らばったというよりは、蹴り飛ばされたかのような、状態だ。そして、気づいた。
俺は肯定して頷いた。
状況から見て、盗まれたとしか判断しようがない。
でも、この学校は防犯カメラで埋め尽くされてる。
大方、犯人は召愛への嫌がらせのつもりなんだろうが、馬鹿な事をしたもんだ。
俺はここを映してるであろう防犯カメラがどこにあるのか、周りを見回したよ。
だが、見当たらなかった。死角、だ。
考えれば当たり前、誰も来なそうな所だから、邪魔にならんだろうと荷物を置いておいたわけで、んな場所に、カメラを設置するわけがない。
だが、手を掴まれたよ。召愛にだ。
召愛は黙って、首を横に振った。
通報しなくていい、という意味だ。
先が思いやられるどころじゃない。
ただでもライバルとの戦力差は絶望的なのに、選挙妨害まで食らうとは。
しかも、それを本人が許容してしまってる。