パンツ上の垂訓。
文字数 6,474文字
その午後――
全校生徒と職員、合わせて400人弱が多目的ホールに集まった。
大討論会 の始まりである。
半円形の多目的ホールの中心にステージはあり、そこには演台が二つ置かれている。
右が召愛、左が羽里という配置で向き合わされていた。
その背後には、IMAX仕様のスクリーンが張られており、二人が大写しで見えるようになっている。
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召愛は羽里とは対照的に穏やかな顔のまま話したよ。
「私が立候補したのは、校則を廃棄するためだと思わないで欲しい。
逆だ。全ての校則を成就させるために立候補した。
例えば、下着に関する条項だ。
あれは、生徒を守る目的の規則だと言う。
だが、実態はどうだ?
生徒たちの権利である服飾の自由を、無意味に侵害しているだけだ。
であれば、生徒の権利を守るためには何が必要だ?
下着規制の見直しだ。
結果、規制はなくなるだろう。
だが、下着条項の理念である、『生徒を守り、より良い学校生活を与える』という目的は成就されることになる」
そもそも、全ての校則は、理想の学校を実現するために存在している。であれば、その逆に、理想から反して暴走した校則は、消滅するのが、成就といえる。
そこで問うぞ、彩。
縞々パンツが穿けない学校と、穿ける学校、どっちがいいんだ?」
はい、わたしは好きです。好きですとも!
学校が無いときは、いつも水色の縞々パンツですよ!
これで、いいですか!?
ていうか、あなただって同じでしょう。水色の縞々パンツ大好きじゃないですか。休日には、いつもそればっかり穿いてる!」
これ生徒会長選挙の討論、だよな……?
なんで、パンツパンツ連呼してんだよ。
私は水色の縞々パンツが、大好きだ。
だから、学校がある日に、これが穿けないのは、ひどく苦痛だ。
そして、今だからこそ、告白できるが――
校則を回避するため、水色の縞々パンツを脱ぎ捨て
ノーパンで登校したことがある……」
うわぁ……。
やっちまったな、召愛……。
あのスースーする悲しみを他の人には、味わって欲しくないんだ。
だから、彩。
生徒をスースーさせる意味しかない校則など、なくして当然だろう?
これは廃棄ではない。あるべき形に、成るだけ。
正しい形へと成就されるだけだ」
「ほ、ほんとに、パンツを穿かずに学校へ……?
い、いえ。今はそんな事はどうでもいい。
確かに……下着の規制は、誰も得をしない校則であることは、認めざるを得ません……。
しかし。
あなたが改正を着手する全ての校則が、そのような理想的な形にできると?」
「では、改革によって理想的な学校が出来あがったとしよう。
〝わたしのかんがえた、さいきょうのがっこう〟がだ。
君の大好きな水色の縞々パンツも穿き放題の学校だ。
その学校から退学させられるような事をしたいと思うのか?
むしろこれは、校則を守るメリットが増え、破るデメリットが増えるということだ。
しかも、パンツの色が白でなければならないという事を、嫌々と厳守するのではなく、縞々パンツを穿ける学校の一員であり続けたいという積極的な理由で、校則を守るようになる。
つまり、生徒がより積極的に、この学校の理想=校則を実現する事になる。
だから、これからの私たちの義は、以前の羽里生徒の義に勝るものとなるだろう」
羽里は鼻で笑った。
「理想主義だと言われれば、否定はしない。
しかし、彩、君も同じだ。
千を超える校則を、一つ残らず実行できる者が、何人居る?
私が知る限りでは君だけだ。
ならば、全生徒が全校則を漏れなく実行することを目指す君の方針は、
『全てが思いどおりに進んだ仮定』を前提とした理想主義だ」
羽里はあっさりと、召愛への攻撃用の論点である、
『理想主義への批判』を放棄してしまった。
せめてもう少しくらいは、反論しなければ、羽里が〝負けた〟ような、印象が残ってしまうから、本来ならば、もっと抗弁しなければならないはずだ。
だが。
羽里にとって、この場は、そんな表層的な〝勝ち負け〟を競うディベートなどではないのだろう。
学園の未来を思った真心と真心、誠意と誠意、愛情と愛情、それを、ぶつけあう場なのだ。
「だから、彩。
私は、理想を求め、捜し続け、そこへの扉を、叩き続けたい。
求めた物が与えられ、探した物が見つかり、扉が開け放たれる、その時まで――。
特に水色の縞々パンツが、この学校で穿けるようになる日まで――。
そして、
ノーパンで登校するという惨劇に見舞われる生徒が、一人もいなくなる日までだ」
俺を巻き込むな!
飛び火させんな!
校則が生徒に、ノーパン登校を強いる物だとは、想定していませんでした。
確かに、由々しき状況ですし、ならば理想の原点に立ち返ろうと主張するのは、理解できます。
しかし言葉では、どうとでも言えてしまいます。
理想の原点に立ち返る、あなたのやり方で学校を導いたとして、
どのような結果になるかは、未知数と言わざるをえない」
だが、これが、そっくりそのまま、こいつの本音でいらっしゃるわけだ。
これまたアホなほどお人好しすぎる。
羽里も羽里で、アホみたいに真面目すぎる。
ハイパーお人好し VS ハイパー真面目 が討論するとこうなる物らしい。
羽里は手元のノートPCを操作した。
するとステージのスクリーンに、動画が映し出された。
学校の地下にある巨大な金庫室の扉の映像だ。
凝った編集などはされておらず、羽里自身がカメラを持って撮影したものだろう。視線が低い。
扉には『貴重品保管庫』と書かれている。
中にはきっと金塊とか、札束、株式証券が山のように積まれてるのだろうと思えた。
しかし、だった。
映像の中の羽里が、金庫の分厚い扉を開け、中へとカメラを持って行くと、そこにあったのは、金塊でも札束でも証券でもない。
膨大な量の書架。
一見、殺風景な図書館のようだ。
壁沿いは多数の額が掛けてある。百近い数だ。
羽里学園の慈善活動によって送られてきた感謝状や表彰状だ。
県や市からは言わずもがな、文科省や厚労省、教育委員会、ボランティアNPO、老人ホーム、障害者施設、他の学校、その他、数え切れないほど多く。
客観的に見て、羽里学園が地域に果たした貢献は、多大としか言いようがない。
それを導いてきたのは、他でもない。
やはり、羽里なのだ。
そして。
映像の中の羽里が、書架の一つからファイルを取り出した。
そこには手紙が収められていた。
文面を見るに、どこかの老人ホームで暮らしているお年寄りの物だ。
旧カナ使いで書かれている。おそらく90歳近い年齢だろう。
羽里学生たちが慰問に訪れた時に、孫たちが遊びに来てくれたようで、どれだけ嬉しかったかが、長くながく書かれていた。
手紙はそれだけじゃない。炊き出し事件の時の物もあった。
感謝を述べる手紙もあれば、苦情もあった。
それは、次々開かれていく手紙全てに、共通していた。
膨大な数の書架に、賛辞や感謝、そして批判や苦情、分け隔てなく、
羽里は全て『貴重品』として保管していたのだ。
「けして……。百点満点の運営ではなかった。
もっと上手くやれたはずなのでは、と言われれば、そう出来ることも、あったと思います……。
目的を達するために、犠牲にしてしまう要素も、いくらでもあった。
失敗も多くしてしまった。
失った信頼も多大にある……」
召愛は拍手をした。
羽里に向かってだ。
嫌味でも、揶揄でもない。
召愛は心からの笑顔で、真心と誠意と愛情を込めて、羽里の努力を認めていた。
召愛の拍手を、羽里は、じっと見詰めてしまっている。
スクリーンに映し出された羽里の表情が、明らかにさっきまでとは変わった。
ずっと探していた宝物が見つかった子供のような表情。
ただ嬉しいだけではなくて、これまでの努力がやっと報われたような、そんな風に、俺には見えた。
羽里の目に、涙が、溜まり始めてた。
当然かも知れない。
だって、羽里はなんのためにこの学校を創った?
それは突き詰めれば、召愛のためだ。
二人がすれ違う事も大いにあったが、動機だけを見れば、本当にそれだけなのだ。
羽里は、ずっと召愛に喜んで貰いたくて、認めて貰いたくて、全ての努力してきたと言っても良い。
そのために、理事長と暫定生徒会長、さらにはボランティア部長という、超人的スケジュールを完璧にこなし、学校を運営してきた。
それが、この瞬間に、やっと報われた。
と、羽里は頷いた。
そこで二人は、真っ直ぐに見つめ合った。
召愛は、演台から降りた。
ステージの中間地点へと歩き、そこに立った。
そして、向かい合った演台の上にいる羽里へと、手を差し伸べた。
羽里は……羽里は――
きっと、羽里が心の奥底で、ずっと待ち望んでいたのは、この瞬間。
羽里も演台を降り、召愛へ歩み寄り――どころか、ダッシュした。
トテトテと全力で、そして、握手するために召愛が伸ばしてた手を無視、そのまま飛びつくように、抱きついた。
それから、二人は抱き合ったまま、何か小声で話してるようだった。
ピンマイクから、ボソボソと声が拾われてくるが、ハッキリは聞こえない。
辛うじて、召愛の声で――
と言ったのは聞き取れた。
そして、羽里は召愛から体を離し、観衆へ向かい合った。
決意とは、なんなのか?
ならば……。
そうだ。
決まってしまったということだ。
初代生徒会長が。
だって、この時点で、候補は召愛一人。
召愛に確定されたのである。
あまりのいきなりの事に、観衆の誰も、どう反応して良いかわからないようだった。
みんな、隣の席の者たちと顔を見合わせ、ざわめいている。
だが、そんな中、観衆の一人が大きな拍手を始めた。
職員席に座ってた俺たちのクラスの担任だ。
それに合わせて、周りの教師たちも拍手を始め――
召愛と羽里は、声援に応え、手を振っていたよ。
生徒会長選挙の投票日は明日。
そこで正式に、召愛の当選が決まることになる。
このまま、何事も無ければ――