超お人好しに、超無茶ぶりをしてはいけない。本当にそれをやってしまうのだから。⑦
文字数 3,555文字
文化祭を明日に控えた深夜の教室。
俺と召愛以外には誰も居ない。
居残りと言うやつだ。
他のクラスでも居残りで作業してる奴らがいて、窓から明かりが漏れているのが見え、時折、楽しそうに騒ぐ声が廊下から聞こえてくる。
そんな中で召愛は、机に置いたノートPCに向き合って、もくもくと編集作業を続けていた。
作品は、これまでの製作期間で、二度もシナリオ修正が加えられ、別物の内容になっている。
おかげでスケジュールが押し気味となったものの、昨日までに予定されていた製作過程は、終わってるし、初号試写も済んでる。
だが召愛だけは、僅かでも映画の完成度を高めようと、コンマ一秒単位の編集の試行錯誤を、繰り返していたのだ。
召愛の他人に何かを『伝える』ことへの拘りは異常とも言えるレベル。
だが、その原則は至って単純、
『できるだけ興味を惹きやすく、できるだけ分かりやすく、できるだけ覚えやすい』
これだけだ。
とは、撮影中に召愛が何度も言っていたことである。
かつて福沢諭吉も文筆家としての姿勢をこう語っていたそうだ。
何かを他人に伝えるためには、動物にでも理解させられるくらいの、『伝える側』の努力が必要なのだという、『伝える側』の姿勢について語った言葉である。
そうして彼は日本を近代化させる原動力となる思想を普及させ、一万円札の人となった。
そこで俺はついつい考えてしまうわけだ。
召愛が生まれ代わりを自称している、イエス・キリストはどうだったのだろう、とだ。
確か、彼が活動していたのは、たった3年くらいだったはずで、その間に説いた思想が、今や23億人にも伝わり、世界でもっとも多く伝わっている価値観になってしまった。
だから、きっと彼が現役だった時には、『伝える』事に凄まじいエネルギーを使っていたに違いない。
編集作業を続ける召愛も同じように、『伝える』執念に、突き動かされているように俺には見えたんだ。
時折、召愛に意見を求められたり、夜食の買い出しに行ったり、肩をもんでやったりしていたが、基本は、ボーッと作業を眺めてるだけである。
やがて日付が変わり、睡魔が襲ってきた。机に頬杖をつきだした頃にはもう、まどろんでいた。自分だけ居眠りするわけにいかない、とは思っていたのだが。
余計に、夜更かしに付き合ってやんなきゃ、という義務感が湧いてきてしまうというかだな――
俺は寝ないぞ。
絶対寝……ないぞ……。
マジ……寝……な――
――――ピピッ!
ピピピピピピピッ!
ピピピピピピピッ!
ピピピピピピピッ!
教室にはまだ、誰も居ない。
召愛はといえば――
その召愛の顔へ、窓から太陽が差し込み始めた。
遠くに見えるランドマークタワーに隠れていた太陽が、丁度、顔を出したのだ。
太陽が昇っていく快晴の七月の空は、もうじき夏休みという土曜日に相応しい、軽やかなブルー。
横浜のビルの窓という窓が、日の光を反射して、万華鏡のようにきらめいていた。
やがて、クラスメイトたちが少しずつ登校してきた。
『がんばったね!』なんて、マジックでメッセージを買いてだ。
すると他の奴らも真似しだして、持って来たお菓子やらを、みんな召愛の机に起き出した。
『みんなのために、ありがとう』なんて労いの言葉が書かれてだ。
そして午前9時すこし前。
文化祭の開催まであと十数分である。
教室はシアターとするために、机がどけられ、椅子だけが並べてある状態だ。
あとは、カーテンを閉めて、スクリーンを展開すれば、準備完了である。
ちなみに召愛だけは眠ったままで、席はそのままにしてある。
そして遊田が教室のカーテンを閉めようとして、窓の外を見て驚きの声をあげた――
俺も外を見てみたよ。
遊田が指さしてるのは正門だ。
そこには――。
――大量の群衆が押しかけていた。
そりゃ文化祭は一般公開される。
ご近所さんからお客が来るのだろうとは想定してた。
だが、これはご近所さんとかいう規模じゃない。
数千人……いや、正門前の通りを埋め尽くしてるわけで、列の切れ目が見えないし、万までいってるかも知れない。
考えてみりゃ、全国放送でプロモーションが繰り返し流れたわけだしな。
普通の商業映画なら莫大な宣伝費が掛かるものを、テレビ局が勝手にやってくれたみたいなもんだ。
そうなりゃまあ。
『この文化祭でしか見られない凄いっぽい映画を、見逃したくない!』ってな人たちが大勢でてくるんだろうから、こうもなるのか……。
――クラス中のテンションが上がり始め、途端に騒がしくなった教室。
そこで召愛が目覚めた。
自分の机が、栄養ドリンクやお菓子差し入れの山で埋め尽くされてることに。
召愛は、その一つひとつに書かれたメッセージを読むにつれ、笑顔になっていき――
召愛も、窓の外の大群衆に気づいたようで、嬉しそうに微笑んだ。
こうして、三日間に渡る羽里学園前期文化祭が始まった。
開門されるやいなや、大量の群衆が校内へと流れ込んできた。
シアターにする場所は、IMAXスクリーンのある大講堂や、体育館。
他にも俺たちの教室と視聴覚室、それと図書室の個室のPCでも見られるようにしてあったが、とてもじゃないがそれでは足りなかった。
急遽、全ての空き教室に椅子が並べられ、即席シアターにされた。
そして俺も第三視聴覚室で映写技師をやることになった。
動画ファイルを再生し、スクリーンに映すだけの簡単なお仕事なのだが。
あれだよ。
まっ暗くした所に、知らない人たちがいっぱい座っててだな。
その人たちがみんな、俺たちの作ったもんに期待を寄せて来てくれたと思うと、再生ボタンをクリックするのが……すげえ緊張した。
マウス持った手がね。プルプルしてたもん。
俺も一応、『大和の艦長』として出演してるし、シナリオ起こしとかの裏方作業も、がんばったつもりだ。
それがどう評価されるのか、考え出すと、物凄く怖くなったよ。
これが監督とか主演だったら、もっとだろう。
召愛たちは、もっと緊張して、もっと大きい恐怖に直面しているはずだ
俺は、震える指先で、動画アプリの再生ボタンをクリックした――。
『桃太郎1943、ロミオとジュリエットとテニスっぽい王子様の挽歌の名は。』は、
本編完結後に、番外編として公開させて頂くことを検討しています。
(テキストは既に完成しています)