最後の日常。
文字数 3,953文字
で。
なぜ、こうなってしまったのか、理解に苦しむが、
女子どもによるエロDVDの上映会が始まってしまった。
召愛と遊田は、わーきゃー騒ぎながら、実に興味深そうに、新鮮そうに、食い入るように見ていたね。
とか召愛さんが無邪気に、はしゃいだり。
とか遊田が撮影現場に思いを馳せたりしてたわけだ。
俺としては、わりと居たたまれず、さっさと居間から出て寝てしまいたかったのだが、今夜は他に寝られるような場所がない。
書斎の鍵も、システムメンテナンスの不具合とやらで、ついでにいかれてしまって、開けられないので、エアコンが効く場所で布団が敷けるような場所が、居間しかないのだ。
仕方なく俺は、隅っこに布団を敷いたよ。
7月の熱帯夜をエアコンなしの廊下で寝るなんてのも、御免したかったしな……。
そんでまあ……。
がんばって寝ようとしてる。
が、女どもの嬌声のせいで、強制的に俺も徹夜になりそうな情勢だった。
俺は恨み節を込めて言ったよ。
まあ、そりゃ、女子だって人間だ。
ましてや生命みなぎる16歳なら興味はありまくるのは、当たり前、なのか……?
遊田に電話が掛かってきて、それに出た。
んで、わざとスピーカーフォンにしてだ。
エロDVDの音声が電話に入るようにしやがった。
エロ動画を見てるとバレただけで、半殺しにされるという親に向かってだ。
この口ぶりだと、まだ学校の法務部から、連絡が行ってないようだ。
夜中だし、対応が遅れてるのだろう。
父親の声が震えだしてしまっている。
憐れなほど父親は取り乱してしまっている。
そこで、召愛が横から電話に口を挟んだ。
すみません。これ、こいつの本名なんです。
ほんとすみません。聖書一ページすら読んだ事ないくせに、こんな名前だけど許してやってください。マジすみません。
遊田は電話を切ってしまった。
遊田は途端に不機嫌な顔になり、さらに召愛から何か言われるのではないかと、警戒するような目を向けた。
だが、だった。
召愛は、遊田を責めるでもなく、むしろ、心から同情しているような目で見ていた。
そして。
両手を広げて、ゆっくりと、遊田へと体を近づけた。
抱擁しようとしているみたいだ。
遊田には、そんな召愛のリアクションが、信じられなかったようで、嫌がるそぶりを見せることもなく、呆気にとられてしまってる。
イスカさんの両親にも、幸せであって欲しい。
そのためにはまず、イスカさんが幸せになる必要がある。
なぜなら、そうなって初めて、両親を思いやる余裕もできるからだ。
だから、私は今から、イスカさんを幸せにしたいと思う」
思わせぶりに、召愛は微笑んだ。
きっと今から、渾身の良い台詞とかを言うんだろうという雰囲気が満々だった。
ツンツンしてる遊田も、一発で改心させられるような、ありがたい言葉を吐いたりするんだろうという召愛オーラが全開だったんだ。
そして、満を持して召愛は言い放った。
「実はさっき、私はトイレに行く振りをして、コッペの部屋から、新たなエロDVDを発掘してきた。
テレビ台の下に隠してあったから、秘蔵中の秘蔵だと思う。
今まで見たのより、すごい事だろう。これを一緒に見て楽しんで。
幸せになろう」
召愛さん、DVDのケースをずらりと並べて見せた。
なんかこう、すごく、台無しだった。
なんかこう、すごく、空気が死んだ。
なんかこう、すごく、場が凍り付いた。
そして俺は、布団の中で寝っ転がった姿勢のままで、ズルッとずっこけた。
秘蔵中の秘蔵DVDのどれを見るかで、わーきゃー騒ぎ始めておるわけで……。
やめろ、男子の性癖を女子がえぐるのは、やめろさしあげてくれさい。
ガラスの少年ハートが精神的に死んでしまいます。
ああ、ちくしょうめ。
なんでこうなった。
女子二人と同じ部屋で一夜を明かすって、ドキドキ嬉し恥ずかしシチュエーションなはずなのに、なぜ、恥ずかしいだけの地獄になる。
だって、これ、普通に考えればハーレム展開って奴だろ?
なんでこうもベクトルずれてるんだよ。
もっと素直に普通のハーレム展開になろうぜ、俺の人生!
お気に入りのAVタイトル読み上げとかいう、何この精神攻撃!
俺の精神HPはもう0よ!
「こっちも、良さそうね。『レズビアン急行快楽事件』
列車内で起きた殺人事件の犯人はレズビアンだという、唯一の手がかりを得て、女探偵がエッチな手段で捜査を進めていくと、実は全員がレズビアンだった事が判明する、というストーリーみたいだわ」
などと、嬉々として騒ぐ女どものせいで、俺の精神的HPはマイナスに突入。
もはや、布団を頭から被って寝たふりをするしかなく、タイトルが一つ読み上げられるたびに、死体蹴りされてる気分で、眠気とは別の意味で意識が薄れていくのがわかりました。
けどだ。
俺は、そこで気づいてしまったんだ。
召愛が、やけに不自然に、はしゃいでいる事に。
召愛の悲しげな目は、今、この場に居ない誰かを、探しているように、俺には見えた。
それは、親友、羽里だ。
この場に、羽里が居れば、きっと、もっと、楽しかったのだろう。
だが、召愛も予感してしまっている。
二度と、羽里とだけは、今、楽しんでいるような日常を、共に出来ない事をだ。
そして、それを分かっていながら、自分の道を突き進むしかない。
それを確信してしまっていて、やるせなすぎて、空騒ぎするしかない。
そんな風に、俺には見えてしまったんだ。
ああ、クソ。
本当に、なんで、こうなった?
どうにか……もう一度、二人を共に居させられる事は、できないのか……?