【二日目】それぞれの結末へ『議員の場合』
文字数 3,797文字
その風景はそのまま、空虚な自分の心の投影に思えた。
そして、午後になったころだ。
引っ越し業者が来た。寮に置かれていた荷物が、運ばれてきたのだ。
いよいよ完全に、羽里学園と切り離されてしまったような気がしたよ。
絶望と、やり場のない悔しさ。それがごちゃ混ぜになった最悪の気分だった。
丁度、その時、タイミング悪くだ。
意外な奴から、意外すぎる要件の電話がかかってきた。
俺が退学になった原因を作った張本人だ。
どうせ、こいつの言うとおりに会ったとして、ろくな事にならないのは、わかりきってたからだ。
でも――
ああ、わかってる。自分でも、かなりアホな事をしようとしてるってな。
だけど、じゃあ、何が賢い行動なんだ?
このまま、ただじっと、家の中で、腐れていることか?
そして、夕方、鶴見川の河口。港湾地帯の片隅――
立ち並ぶ倉庫の壁面には、暴走族の落書きが、そこかしこにあるような場所だ。
通りの突き当たりは横浜湾。大型の貨物船が、いくつも見え、時折、汽笛が聞こえてくる。
【議員】のリーダーは、一人だった。
こいつの仲間が隠れて、ついて来てるのかも知れないが――
そんなことは、俺にはもはや、どうでも良い。
俺たちは5メートルほどの距離を開けて、向き合った。
こいつが何を考えてるかなんて……――知るか!
俺は助走を付けて、思いっきり奴の左頬へ、ストレートをぶちかました。
めり込むほどに綺麗にヒットしたぜ。
――バキッ!
――とだった。食らったよ
油断してたところに、真っ正面からの顔面パンチ。
一瞬、目の前が暗くなり、自分が平衡感覚を失ったのがわかった。
倒れそうになる体を支えるために、足が勝手に後ずさり、どうにか踏みとどまった。
唇に生暖かい液体の感触。舐めてみると、ばっちり血の味。見事な鼻血ブー。
頭に血が上っていくのを感じたよ。
そっからはもう、ドツキ合い、だった。
殴り合い、掴み合い、罵りあった。
こんなアホな喧嘩するのなんか、いつ以来だったかな、なんて事を、殴ったり殴られたりしながら、思わず考えちゃったね。
そして、何十回目かの拳が、お互いの顔面に同時に炸裂した時だ。
俺たちは、ダブルノックアウト。フラフラと――コンクリートの壁に寄りかかるようにして、へたりこんだ。
ほんの数メートルの距離を離して、並んで座るような形になってしまったんだ。
ボコボコの顔同士でだ。
学校の解散にまで事が至るとは、計算外だった。いや、そうでなくとも、〝我々がしたこと〟は明らかに常軌を逸していた。
さっきの貴様のようにな、怨念に我を忘れていたのだと思う――」
こいつの口から、こんなまともな言葉が吐かれるとは。
だがな、貴様なんぞに助けられ、このような借りを作ってしまったのは、私にとって、人生最大の屈辱だ。だから――」
そして直立不動の姿勢になり――
――俺へと、深々と頭をさげた。
謝る態度じゃない。
と、言いたいところだが、最初に問答無用でぶん殴りに掛かったのは、俺か……。
一応、こいつは自分から謝ろうと、俺を呼び出したわけだ。
でもな。だからどうした?
こいつが、どんなに謝ろうが、俺の退学が取り消しになるわけじゃないのだ。
むしろ、こいつだけは、のうのうとこれからも、羽里学園に通い続ける……。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
第二ラウンドと洒落こむか?
ああ、そいつは実に楽しそうだ。
だが召愛ならきっとこんな時――
なんつって、あっさり赦してしまうのだろうが……。
おいおい、なんでこんな時に、あいつの顔が思い浮かんでしまう?
今は関係ないだろうが。
いや……。そうでもない。
だって俺があの学校が無くなりかけた土壇場で自首したのは、学校を守りたかったのも当然だが、何よりも召愛を守ってやりたかったからだ。
あいつの全てをだ。
あいつの、覚悟、や、思い、そう言ったのをひっくるめて、守ってやりたかった。
ならば、あの時の召愛はたぶん、〝真犯人〟すらも、赦そうと、覚悟し、思っていたはずで。俺が本当に召愛の覚悟や思いを、守ってやるとするならば。
俺が今、するべきことはきっと――
とか言ってしまってたぜ。
おいおい、マジかよ。
俺はこいつを赦すのか……?
大盛りチャーシュー麺だけで……?
ああ、なんてこった。
俺もあいつの、ハイパーお人好し病がうつってしまったのだろうか。
正直、本当に赦してしまっていいのか、わからなかった。
こんな時に召愛なら、どうするのだろう。そんな事ばかりを、ひたすら考えてしまっていたよ。
だからだろう――
気になっていたのだ。あいつがどうしているのかを。