召愛は言った。「裏切っても良い」
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というわけで。
俺はフライング土下座した後。
帰りが遅くなった事情を召愛さん様へ、事細かに説明しました。
(正座で。)
承伏し切れなそうな様子ではある。
と、召愛は遠慮がちに遊田に目を向けた。
「――私はイスカさんに嫌われているようなので、問題に踏み込むのは、逆効果になってしまうと考えてしまっていて。気配りがおろそかになっていたと思う。
すまなかった、イスカさん。
そして改めて、はっきり言っておきたい。
私は仲良くしたいと思っている」
↑の遊田の台詞は俺の単なる願望である。
実際は遊田はこう言った――
ソファにふんぞり返って、鼻で笑いながらこの台詞である。
こういう台詞を、政治家みたいな胡散臭いやる気アピール満点の顔ではなく、
キラキラと澄んだ瞳で言うから、召愛と言う奴は、どしがたい。
遊田や俺みたいな一般人から見ると、こういうキラキラ奴は、妙な忌避感を感じてしまうわけだ。
案の定、遊田は顔をしかめたよ。
遊田をこのまま、選挙陣営に置いておいたら、それこそ本当に、何かの拍子に足下をすくわれかねない。
召愛を退学に追い込むような策略を、やってくることだって十分に考えられるのだ。
しかし、召愛だって、わかってるはずで、それでもあえて、遊田を許容してしまってるから、たちが悪い。
今さら、遊田を陣営の外に放り出すなんてことは、絶対にしないだろう。
召愛はすごくシリアスな顔で頷いた。
俺も思わず緊張して、生唾ごっくんしちゃったよ。
遊田も余裕ぶっているが、召愛があまりに真剣な目をしているので、身構えているようだった。
いったい、選挙よりも重大な事とは、召愛は何を言い出そうとしているのか……?
いや……。
やはり、このまま遊田を、こちらの陣営に置いておくわけにはいかない、そう言い出すのではないだろうか。
召愛にとっては、この学校をより良い道へ導くのが最重要の目標だ。
遊田一人のために、それが頓挫するような事があってはならない。
そんな張り詰めた空気の中、召愛は口を開いた。
空気が死んだ。
場が、完全に凍り付いた。
そして、十秒後。
俺は無言で、床の上にずっこけた。
召愛……。お前はなぜ、こう、あれだ。
すごく肝心そうな場面で、斜め上にぶっ飛んで行くサガをお持ちなのか……。
なぜ、そこで真面目に答える遊田、しかも、お前もなんかシリアスな顔で!
遊田がソファに座ったまま召愛に手招きしてだな。
召愛は、ソファの前まで来たよ。
言われるままに、召愛さん、ほんとにやっちゃいました。
ぐぐいっ、と召愛が腰を前に出して密着させてだな……。
つーか、お前らさっきまで、ピリピリした関係だったじゃないか。
なぜ、下ネタトークで、いきなり妙に打ち解けるのか。
この辺は、男も女も大差ないってことなのか……?
男同士でも、普段まったく話題が合わない奴とも、下ネタだと打ち解けちゃったりするもんな……。
それとも、召愛が見せた年相応の好奇心や人間っぽいさが、『キラキラ奴』的な忌避感を和らげたんだろうか?
でもですね。
お前らは同性二人でワイワイ猥談しちゃって、楽しいだろうが、こっちは男一人でですね。どうも、割って入りにくいというか、肩身が狭い感がすごいというか。
俺はとりあえず、咳払いをしてみた。
と、召愛さん、遊田に跨がったまま言いました。
早く止めなさいって、嫁入り前の娘が……!
問題は、あの石頭の羽里が、部外者を寮に泊めるのを了承してくれるかどうかだ……。
ある意味、そこが今の時点での最大の問題点だろう。
俺は、フライング土下座を百回でもして、頼み込むつもりで、羽里へ電話を掛けた。