羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」⑤
文字数 2,857文字
一方。
その一ヶ月で、羽里学園をとりまく環境に大きな変化が起こっていた。
それは、とてもとても劇的なものだったが、羽里が意図したとおりの展開だった。
こう考えてみるとよく分かる。
『ある学校が存在する。
その校則は極めてブラックであるが、一方で守っていれば聖人に成れてしまうような高潔なもので、守らなければ停学や退学になってしまうから、生徒たち皆が必死に守ろうとしちゃったら、どうなるのか?』
こうなった。
その日は雨が一昨日から降り続けてるような日で、ニュースではどこかの県で川が氾濫したり、崖が崩れたりで大きな被害が出たと言っていたが、横浜は平和そのものだった。
そんな放課後、雨が上がって晴れたところを、俺がちょっとした用事で、実家に帰ろうと駅に行った時のことだ。
いきなりテレビカメラを持った取材班が俺に近づいてきたよ。
んで局アナっぽいワイドショーのレポーターがこう訊いてきた。
俺が意味わからなくてポカーンとしていると、
生放送だったからなのか、リポーターが焦ってフォローを入れてきた――
そうなのか……。
つーか、あの校則をガチで守らにゃならんわけだし、そうなるのか?
確かに開校からしばらく経って、生徒たちもだいぶ順応してきた感はある。
一日で生徒が87%も停学になってた頃では信じられないが、今や一日で一人も犠牲者が出ないことすらある。
もっとも、それでも教室にクラスメイトが全員揃って出席できてるのを見たことがないあたり、しっかりディストピアではあるわけで、異常な環境であるのは間違いないのだろうが……それが普通になってしまってるのだから、慣れとは怖いものだ。
だから俺たち羽里学生にとっては、通学中の慈善活動なんて、ごく当たり前の事になってしまったわけで、そうなれば、普通の人らから見れば、
『超良い子ちゃん集団』に見えるってことなんだろう。
そんで、こいつらは、校章付けた俺に、いきなり取材をしてきたってわけか。
周りをよく見てみれば、駅前大通りでは、いっぱい取材陣が居たよ。
そいつらみんな、帰宅する羽里学生を捕まえてインタビューしてたんだ。
めんどくさいが、やらなきゃ退学だしな。
強制的に召愛のクローンにされちまった気分だ。
「おお、それは感心ですね。
羽里学園では、そういった善行によって、自治体などから表彰されると、単位が優遇されたりと、プレゼントが貰えたりといった報償があると訊いたのですが、お友達などで実際に貰った方っていますか?」
俺にお友達と呼べる存在が、未だに召愛と羽里しか居ないのはなんでだろうな……。
アホくさ。
雑誌の通販コーナーの、開運水晶みたいな胡散臭さじゃねえか。
宝くじに当たりましたとか、癌が治りました、とか言い出すのも時間の問題だな。
しつこいもんだ。
けど、周りに女の子と言われて、召愛と羽里の顔が浮かんじまった。
「えーと……。
そうだな。
アメリカ大使館に『キリストの生まれ変わりですが、トランプ大統領に会わせてくれませんか』と昨日に電話した奴と、
朝から晩まで中学時代のジャージ着て、PCに囓りついて、百億課金するネトゲ廃人なら、まあ寄ってきてるというか、居るというか……。
こいつらを女の子とやらに換算していいなら、ですがね……」
が。
世の中にはなんと羨ましいことに、本当に羽里学生であるという理由で、モテモテになる奴らもいたのだった。
『ボランティア部』である。
その名の通り、放課後や休日にボランティアを行うという主旨だ。
これがテレビのニュースショーの特集で、格好良く編集されて取り挙げられるや否や、中心メンバーは一躍ヒーローとなり、ボランティア部に所属していることが、一種のステータスになってしまった。
この影響で近隣他校にもボランティア部が設立され、複数校で集まって共同活動なんかを始めちゃったりもして、毎度の活動が終わったあとの打ち上げの場は、
さながら合コンだ。
そんな中では、有名ボランティア部である羽里学生の人気が高く、多くのカップルが成立してしまったのだ。
そうなると――
――と、こんな感じでみんなが飛びつき始めた。
思春期の♂と♀にとって、これ以上に、魅力ある話しがあるわけなかったわけだ。
そして、なんと全校生徒の9割以上が、ボランティア部という、たった一つの部活に所属してしまうという珍事が起こった。
残りの者も、部に入っていないと仲間はずれ状態になってしまうので、なし崩し的に加入の流れとなった。
さらに、部からの要請で、羽里本人が名誉部長として就任した。
名誉部長にさせて頂いた、羽里彩です。
皆さんは、まさに正義の体現者たる羽里学園生徒に相応しい、理想的な生徒です。
これからも、なお一層、皆さんの活躍にしたいと思います。
わたしも、与えられた栄職に報いられるよう、全力で取り組みます。
まずは、その第一弾として、大規模な被災地派遣のボランティア遠征を、企画中であることを、お知らせ致します」
こうして、全生徒の99.9976%がボランティア部員となったのだ。
ボランティア部こそが、羽里学園の理想の体現であり、羽里学園はボランティア部のために存在すると言っても良かった。
では、残りの0.0024%の生徒は?
それは誰で、どうしてたのか――?