羽里彩は言った。「生徒よ、幸福ですか?」

文字数 5,966文字

【コッペ分隊戦闘記録、壱】


 7時5分。


 我れ、昇降口へ突入す。


 さっそく無数の高密度な校則弾幕が襲来。

 まずは下駄箱からして、RPGにおいて罠が掛けられた宝箱のようなものである。

 取り扱いを間違えれば、爆死や『*石の中にいる*』ではなく――即退学になる。

 靴を収めるべき、向き、角度が、ミリ単位で定められているのだ。

 

 我が隊は、あたかも核爆弾の解体でもするかのように慎重に、上履きを下駄箱から取り出し、外履きを中に収め、音を出さないように蓋を閉め、鍵を掛けた。

 ここまでの作業でも、冷や汗がダラダラである。

 下駄箱の中にはセンサーが設置してあり、靴の置き方が1ミリずれただけでも、蓋を閉めるときに僅かに音を出しただけでも停学=我れにとっては退学なのだ。

 

 我々がどうにか、この作業を無事にやり終えたが、極度の緊張からか、召愛二等兵は息を荒げていた――。

「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……」
「ふぅ。こいつはハードだぜ。

 少しここで休んでいこう――

 などと言った時だ。

 昇降口に、けたたましいブザーが鳴り響いた。

「しまった!」
 俺たちの近くで靴を履き替えて居た別のクラスの奴が、へまをしたらしい。

 ブザーによって警備職員が駆けつけてきて、彼を取り囲んだ。

「靴を置く角度が0.3度、ずれていたのをセンサーで感知しました。

 停学一週間の処分です。なお校則全書の全模写を7回、一週間後まで提出してください」

「そんな……それだけで停学!?」
「待つんだ。その処分は行き過ぎではないのか!」
「よせ、召愛!」
「処分の執行を妨害しないでください。

 もし、私どもの業務に支障をきたすようなことがあれば、あなたを退学にしなければならない」

「これにいったい、どんな義があるというのか!」
「おい、冷静になれ。警備員に言っても、どうにもならん。

 あいつらは言われた仕事をしてるだけだ。文句なら羽里に言え!」

「嫌だ……入学翌日から停学なんて、クラスに馴染めなくなるだろ。

 ボッチになっちゃうだろ。あんまりだ!」

 大声で喚きながらも、警備員に両腕を掴まれて、そいつは生活指導室へと引っ張られていこうとした。


 召愛は追いかけようとしたよ。

 俺は手を掴んで強引に止めた。

「お前は馬鹿か。ここで出しゃばって、お前が退学になっても、あいつは救わるわけじゃないぞ」
「く……。すまない。本当にすまない。あなたを救えなかった」
 連行されていく生徒を見送りながら、召愛はとても悲しそうな目をしていたよ。
「今は他人の心配してる場合じゃないだろ。

 教室まで無事に辿りつけるかどうかも、わからないんだからな。

 ほら、気合いを入れろよ」

「しかし……」
「そんな不抜けてたら、この戦場では生き残れないぞ

 昼飯。羽里と約束したんだろうが。

 それまでに退学になっちまったら、どうすんだ!」

「――!」
「そうだったな……」
 大好きな元親友と久々に食事を一緒にできるという嬉しさと、その元親友がどうしようもなく酷い校則を作った張本人であるという悲しさが、召愛の中でごちゃ混ぜになって渦巻いているように、俺には見えた。


 羽里が良い学校を作ろうという善意で、こんなアホな校則にしたのは、召愛にも分かりきってるわけで。だから羽里を嫌いになどなれず、強く友情を感じながらも、やっている事を否定しなければならないという、複雑な気持ちになってしまうのだろう。

「わかった……。

 確かに今の私では、校則で迫害される者を救うことはできない……。

 ひとまず、君の言うとおり、生き残ることに集中しよう」

 俺たちは教室へ向かって校内を歩き出したのだが、ここからがさらに、危険なのだ。

 挨拶――この行為が鬼門すぎる。


 廊下等にてすれ違う教師等に対しては、挨拶を行うのは当然として、声量は60デシベルから、50デシベル。

 距離は5メートル以内、1メートル以上と定められている。


 俺たちは、どうにかこれをクリアしていったが、廊下を歩いている間にも、何人も被弾した生徒を目撃したのだ――

「おはようございます。先生」
 気の弱そうな女子が挨拶した時だ。

 挨拶された方の教師が身につけていた騒音計が『ピピッ!』と鳴ってしまったのだ。

「おっと、今の挨拶はいかんな。

 1.6デシベル不足していると騒音計の表示が出ている。

 停学3日と、校則全書の全条文の手書き模写を三回だ」

「待て――」
 俺は慌てて召愛の口を塞いだよ。
「なんだ、お前ら。どうかしたのか?」
「い、いえ。なんでも……。お、おはようございます。先生」
「おはよう……ございます。先生」
「ふむ、良い挨拶だぞ。大変結構」
 教師が立ち去ったあと。

 召愛の拳が震えていたのを、俺は気づいてしまったよ。


 召愛はそんな怒りで集中力を無くしていたのか、廊下に落ちてたぞうきんを踏んづけてしまい――

「うわっ」


             ――ズルッ

 と、転倒しそうになり――
「召愛!」
 俺が咄嗟に支えることで、事なきを得たものの、寿命が10年縮んだぜ。

 もし、ずっこけてスカートがめくれたりすれば、校則違反にならなくとも、公然わいせつ罪で逮捕。

 なんせ、穿いてないのだ。

【コッペ分隊戦闘記録、弐】



 7時15分。


 教室に到着。

 全隊、着席す。


 448個の校則が適応されうる可能性のある超高密度弾幕地帯が、教室、である事が、計算によって明らかとなる。


 これら全てを回避しきること、通常戦術では著しく困難と判断、我れは特殊戦術にて、対応することを決定す。


 その特殊戦術を、ナナ号戦術=『何もしなければ、何も違反しようがない』と銘々。


 当戦術により、朝のホームルームが始まるまでの約1時間45分を、不動の姿勢にて耐えきるも、臀部が甚大な痛みを被る。

 クッション等の新兵器の投入をすべきとの結論に達す。


 なお、この間に、クラスメイト2名が校則違反で、警備員によって教室から摘みだされた。

 この学校のほぼ全てが防犯カメラと集音マイクで監視されているのだ。イジメなどの防止用のためらしいが、スーパー監視社会である。


 召愛二等兵は、生徒が摘み出されるたびに、いきり立ち、助けようとしたが、我れが、『耐えろ。羽里との飯の約束があるんだろう』と、なだめることによって、事なきを得た。


 歯を食いしばり、それら圧政の光景に耐えていた召愛二等兵だが、羽里との昼食の約束の事を話すときだけは、笑顔を見せていた。

 そんな時は、つい油断して、浮かれてしまうようで、うっかり椅子からずり落ち――

「あっ」


             ――ズルッ

――と、転びそうになるも、我れの援護により、事なきを得た。

 しかし、我れの寿命が10年縮む損害が再び生ず。

 これで計20年である。

【コッペ分隊戦闘記録、参】



 8時30分。


 強敵襲来せり。

 朝のホームルームを目前にするも、昨晩の睡眠不足と、1時間以上も不動の姿勢を保っていた事を原因として、隊へ猛烈な睡魔が襲来す。


 時折、意識が途切れ、机に倒れ伏すたびに、召愛二等兵と、互いを揺り起こすことを繰り返す。

 二人同時に熟睡してしまえば、そのままホームルームへ突入となり、居眠り違反でいっかんの終わりであった。


 そこで。

 我が隊は互いの首を紐で結ぶという過酷なる技術的手段によってこれを回避した。


 我れが倒れ伏せば、後ろから引っ張られる事によって、首が絞まり、嫌でも起きることになり、召愛二等兵が倒れ伏せば、その感触で我れが起こすことができる。


 幸いにして、生徒同士の首を紐で繋ぐことを禁止する条項は存在しないため、これによって処罰等の心配は必要なきものと見られる。


 しかしながら、その見た目は異様であり、同級生たちは当初、ギャグか何かと考えていたようであるが、我が隊が真剣にこれを実施しているを知るや、その視線はある種の畏怖に満ちたものとなり、

 

 我が隊へ声を掛ける者、これ皆無となった。



 なお、召愛二等兵は半分寝ながら夢を見ていた模様であり、しばしば寝言を口にした。


 それは常に今日の昼食の事についてであった――。

「彩ぃ、ほら、あーんするんだ。私が食べさせてやるからなぁ……」

――などとである。

 そして、当隊員が眠りに落ち、机に倒れ伏す度に、椅子からもずり落ちて転倒しそうになり――。

「むにゃぁ……」


             ――ズルッ!

――我れの援護で事なきを得る。

 その度に我れの寿命が10年縮む損害が生ず。

 ここまでの合計で50年である。余命が心配になりつつある。

【コッペ分隊戦闘記録、四】



 9時。

 ホームルーム終了。

 クラスメイトの損害:ホームルーム中の校則違反により3名脱落。


 隊内士気が崩壊しつつあり。

 授業が始まる前から、すでにクラスメイトだけでも5名が停学を食らって、教室から姿を消したのである。

 学校全体では、いったい何人が犠牲になったのであろうか?

 我々は辛うじてホームルールを乗り切ったものの、睡魔および緊張感との戦いのため、精神面の損耗が甚大である。


 しかし、これからが授業の開始であり、さらに熾烈なる戦いが予想される。

 そもそもにして、このような戦いは無謀だったのではないか。


 昨日、厳しい罰を言い渡された時点で、戦略的な敗北は決しており、いかなる努力をしても、戦局を打開することなど不可能ではないか。


 そのような敗北主義論が、いくども頭をよぎる。


 なお、恒例の召愛二等兵の椅子からずり落ちからの転倒を防ぐために、当隊員は自ら志願して、椅子に体を縛り付け、腕を机にガムテープで固定するという非人道的戦術を行おうとした――。

「よせ。

 自分をガムテープでグルグル巻きにするなんて!」

「やらせてくれ……!

 今日の昼食までは公然わいせつ罪で捕まるわけにはいかないんだ!」

――と涙ながらに訴えたため、説得を断念。


 これから始まる一時限目の授業は古文である。眠気を誘う能力に関しては最精鋭と評価すべき強敵となる。

【コッペ分隊戦闘記録、五】



 10時。


 一時限目の記憶なし。

 気づいた時には、既に授業が終了していた模様。

 ノートに判読不能の謎の文言が書き連ねられていた事を見るに、我れはほぼ意識無き状態にて交戦していたと推測される。


 ふと気づくとクラスメイトの7割くらいが居なくなっていた。

 これを近くの席の男子に尋ねると――

「あいつらなら、1時限目に停学になったよ」
「――!?」
「良い奴らだったのにな……。

 くそう! みんな居なくなっちまった!!


 まあ……重い違反じゃないから、一週間もすれば戻って来るだろうけど……入学翌日にこれって、やばいよな?」

「やばいどころじゃねえだろ。

 損耗率7割って、インパール作戦なみの大損害だぞ。

 しかも、まだ1時限目だぞ?

 放課後までいったい何人生き残れるんだ?」

「逝った奴らのことは忘れよう……。

 じゃないと次は自分なんじゃないかって、怖くて……怖くて……!

 う……うう、ううう……」

 と、彼はぶるぶる震えながら、泣き出してしまう有様だった。

 それはまるで、第一次世界大戦中の塹壕戦で多発したシェルショック(PTSD)そのものだった。


 そういえばさっきの授業中、首の紐が引かれることが無かった。

 召愛は無事なのかと思って見たところ、絶句を禁じ得えなかった。


 召愛は――両目の瞼をテープで開いたまま固定し、白目を剥き、涎をブラウスに垂らし、寝息を立て、その姿勢のまま微動だにしていない。

 あまりの惨たらしき姿……正視に耐えなきこと筆舌に難しだ。


    すやぁ――

 しかしながら、

 当戦術にて授業を切り抜けた実績を鑑みるに、校則上は居眠りしていると判定されなき事、判明せしめた功績は極めて大なり。


 睡魔が絶頂に至る今においては、この非人道的特別作戦の他では、いかなる戦果をも為しえずは明確と判断す。


 我れ、召愛二等兵の机の上へ、次の授業の教科書およびノートを広げ置き、しかる後、自らの瞼をガムテープで開いたままにし、体を椅子と机に固定、スマートフォンのアラームを授業の終了時刻に設定す。


 これより一時間の睡眠を取らんと試みる。

【コッペ分隊戦闘記録、六】



 11時。


 我れ、秘密裏の睡眠に成功す。

 体と瞼を固定する非人道的特別作戦が功を奏し、合法的居眠りを達成。隊内士気が大幅に改善される。


 我れと共に、アラームで目覚めた召愛二等兵は、次の授業さえ乗り切れば昼食ということもあり、極めて意気軒昂。

 トイレへ行こうと立ち上がろうとするも、体を固定していたのを忘れており――。


「しまった!」


             グラッ――

 ――と、ずっこけそうになり、例によって我れの寿命が10年縮む。

 つーか俺の寿命あと何年残ってるんだ?

 なんかもう、計算したくないぜ……。


 さらに召愛二等兵は固定を強くしすぎたせいで、

 その解除作業に難航し――

「漏れてしまう、漏れてしまうぅ……!」

――と訴える様は地獄の様相であった。


 我れもついでに用と足しておくべきとの判断のもと、共にトイレへ向かうが、ここまでまた校則である。


 小便にすらその所作が詳細に決められているが、校則全書の前半に記載されていたものの、我に読み込む時間的猶予はなし。


 非常手段として、男子トイレの外から召愛二等兵に、大声で指示をさせる――

「標的までの距離、15センチまで近づけ。

 俯角マイナス30度に固定。よし、放て!」

――といった具合であった。


 その後、予鈴の30秒前に教室へ帰還を果たす。

 我れは授業の前にシャープペンシルへ芯を込めようとするも――。

「危ない!」

 召愛が叫んだ。

 あたかも敵弾から、俺を庇うかのように、飛びかかってきて、床へ押し倒す。

 彼女は俺の手からシャープペンシルを取り上げていた。

「間一髪だったな。

 派生条項87条、予鈴前の休み時間中に、勉学やその準備行為、および、委員活動は禁止されている。

 一部例外を除いては、休む以外の事をしてはいけない決まりだ」

「助かったぜ相棒。今日の戦いが無事に終わったら、帰りに一杯奢る」
「水くさいぞ、戦友じゃないか」

 本日で何度目か分からない硬い握手を交わした。

 教室中から生暖かい視線が送られてきていたが、もはや気にしていられるものではない。


 彼らだってこの厳しい校則には、辟易してるだろうが、俺たちみたいに留年リーチや、退学リーチになってる奴らはまだ居ないのだ。

「さあ、召愛。昼食まで残り一時間。これを耐えれば――」
「うん。やっとだ。ここまで、これた……」

 感極まり、彼女は涙をこぼしそうになってしまった。

 これまでの艱難辛苦を思い起こしてしまっていたのだろう。

 事実として、教室にいる生徒の8割が、すでに消えているわけで、その壮絶な戦いを俺たちは戦い抜いたのだ。

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登場人物紹介

通称:コッペ


パンを食いながら走ると、美少女と出会えるという、王道ラブコメ展開の罠にかかった不運の主人公。

ぴちぴち元気な高校一年生の16歳。


コッペパンを食いながら激突してしまった相手が、美少女ではなく、ガチムチ紳士だったという、残念な奴。

そのせいで、あだ名がコッペになってしまう。


超ブラック校則学校、羽里学園に、そうと知らずに入学してしちゃったウッカリさん。

健気に、理不尽な校則と戦うぜ。

がんばれ。

名座玲 召愛 (なざれ めしあ)


コッペと共に、超ブラック校則学園、羽里学園に入学する女子高生。

高校一年生。


ドン引きするほど、良い奴だが、ドン引きするほど、すごく変人。

という、類い希なるドン引き力を兼ね備えた、なんだかんだ超良い奴。

なので、事ある毎に、羽里学園のブラック校則と対決することに。


こんなキラキラネームだが、どうやら、クリスチャンじゃないらしい。

聖書も1ページすら読んだ事もないらしい。

そのくせ、自分をとんでもない人物の生まれ代わりであると自称しだす。

究極の罰当たりちゃん。


座右の銘は。

「自分にして貰いたいことは、他人にもしてあげよう」

いつの頃からか、このシンプルな法則にだけ従って行動してるようだ。

羽里 彩 (はり さい)


超ブラック校則学校、羽里学園を作った張本人。

つまり、理事長、そして、暫定生徒会長。

そう、自分で作った理想の学校に、自分で入学したのです。

他人から小中学生に見られるが、ちゃんと16歳の高校生。


世界有数の超大企業の跡取りであり、ハイパーお嬢様、ポケットマネーは兆円単位。


人格は非の打ち所のない優等生で、真面目で、頭が硬く、そして、真面目で、真面目で、真面目で、頭が硬い。


真面目すぎて千以上もあるブラック校則を、全て違反せずに余裕でこなす。

つまり、ただのスーパーウルトラ優等生。

遊田 イスカ (ゆだ いすか)


コッペたちのクラスメイト。みんなと同じ16歳。

小学生まで子役スターだった経歴を持つ、元芸能人。

物語の中盤から登場して、召愛に並々ならぬ恨みを抱き、暴れ回るトラブルメイカー。

通称:【議員】のリーダー 

本名: 波虚 栄 (はうろ はえる)


【議員】と俗称されるエリート生徒たちのリーダー。

厳格な校則を維持することに執着し、それを改正しようとする召愛と、激しく対立する。

校則の保守に拘ることには何かしら過去に理由があるようだ。

高校一年生だが17歳。

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