きずな。
文字数 2,467文字
大討論会
それは投票日の前日に行われる、生徒会長候補同士の討論会だ。
召愛と羽里、二人が、真っ正面からぶつかり合う。
どんな取り繕いも、どんな誤魔化しも、全て衆目の前で明らかにされてしまう。
同時に。
どちらの主張に、より正統性があるのかも、一目瞭然になるということだ。
すなわち、決戦、である
いよいよ、その当日の朝を迎えた。
今日の昼休みが終わった午後から、開幕となる。
俺たち二人分の弁当を作ろうとしていた。
居間からは、遊田が見ているテレビのモーニングショーの音声が聞こえてきている。
天気予報によると、今日も快晴の真夏日となるらしい。
そして、昼休み。
俺は、羽里の選挙事務所室の前へ、一人で来ていた。
自分の分の弁当と、羽里の分の二つを持ってだ。
あらかじめ、電話は入れてある。
『要件がある。昼休みに会ってくれないか』とだけだ。
決戦前に、茶々を入れられるのは嫌がられるかとも思ったが、あっさり了承されたのだ。
ドアをノックしてから、中に入ったよ。
無愛想というよりも、大討論会を前にして、緊張が高まっているだけだろう。
部屋の中には、羽里が一人だけだった。
選挙を手伝っていた【議員】の連中は、昨日、陣営を離脱してしまったからだ。
机の上には、昼食として食べようとしていたのか、ミートパイが置かれていた。
かつて、召愛と三人で毎日、昼飯を食ってた時に、羽里が使ってた包みだ。
ちなみに、ウサちゃんの柄がプリントされているという、ファンシー極まるものだ。
んで、椅子をそこへ持って来て、羽里と向かい合って座った。
それから、蓋を開け、一口目を食べた時だ。
羽里の目に、涙が浮かんできたんだ。
きっと、思い出したのだろう。
たった一ヶ月だけの、召愛と共に過ごした高校生活をだ。
あの一ヶ月のような日々を手に入れるため、羽里は学校を丸ごと一つ作ってしまったようなものだ。そのために、こいつはあらゆる努力を積み重ねて来た。
そして、やっと手に入れたそんな日常も、あっという間に過ぎ去り――
――戻れない場所へと過ぎ去ってしまった。
それから羽里は、二口、三口と、食べ進めていくうちに、
やがて、瞳に溜まりきった涙が、頬を伝って落ちた。
それでも、食べるペースを緩めない。
まるで、壊れてしまった幸せな時間の残骸を、必死にかき集めるかのように、羽里は弁当をひたすらに、口へとかっこんだよ。
マナーも何もなかった。
お嬢様らしからぬ、がっつきで、あっという間に、平らげてしまった。
召愛に迎合しろなんて、言うつもりはない。
そういう事が絶対にできないお前の誠実さは、俺もすごく好きだ。
だけど、だけどさ。一つだけ、言わせてくれ。
どこかで、召愛の道と、お前の道、合流できる場所があるかも知れない。それを探す事だけは、諦めないでくれないか」
たぶん、羽里の家の一流シェフが作って、空輸してきた物なのだろう。
いかにも札束が積み重ねられてますねっていう、リッチな味がした。
でも、羽里はな。
召愛の弁当を、この世でもっとも貴重なものであるかのように、
今度は、大事に、大事に、一口ずつ味わって食べてたんだ。
その瞳にはまだ、涙は残っていた。
けど。
どこか遠くへ微かに見える希望を、見据えているように、俺には見えた。