あなたがたは、行動によって彼らを、ただの変人か超変人かに見わけるのである。
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マラソンは得意じゃない。大嫌いだ。
それは彼女も、同じだったようで、五百メートルも走らないうちに、ペースが落ち始めてきた。
入り組んだ裏道を通ってるせいで、距離が余計に長くなってる気がする。
これなら、表通りを歩いた方が良かったんじゃないのか?
心配になってきて、前を走る彼女に訊いたよ。
一応、俺も近隣の地元民ではあるが、ここらまったく来ない地域だから、こう入り組んだ裏道をクネクネ進まれると、どこへ向かってるのかすら、よく分からない。
だが……だった。
それから、トロトロしたペースで15分ほど走っても、いっこうに学校に辿り着かない。
駅から歩いても15分で着くはずなのにだ。
俺たち二人は、もう走れない、とばかりに、ぜぇぜぇ息をしながら、道ばたの壁に寄りかかったね。
桜並木のある小さな川沿いの住宅街。綺麗な場所だった。
四月とはいえ、こんだけ走ると汗がダラダラ。
二人揃って、胸元のボタンを一つ開けたよ。
彼女のブラウスが汗で透けてて、そこに桜の花びらが張り付いたりしてて、ちょっぴりドキッとしちゃったのは内緒だ。
んで、都合悪く、目の前に飲み物の自動販売機が置いてあったりしたんだ。
それを見た彼女の喉が、ごくりと生唾を飲んでた。
そりゃ、喉渇くよな。
そして、彼女が、俺へ意味深な要求の視線を投げかけてくるわけで――。
騒動に巻き込んだのは俺が原因、それはわかってるが。
キオスクから、コスパの良いコッペパンを選ばざるを得ない16歳少年のお財布事情を、察して欲しいというかだな……。
こいつは、自然に言ってのけるもんで、変なカリスマオーラが出ちゃってて困る。
で、半分ほど飲んだとこで、俺が自分の分を買わない事に気づいたみたいで、飲むのを止めた。
ペットボトル、俺に差し出してきた。
でも、飲もうとする直前で気づいてしまった。
これは間接キスというものじゃないのか、と。
俺は誤魔化すみたいに、一気飲みしちゃったね。
馬鹿か俺は、乙女でもあるまいし。
大事なこと忘れてた。入学式に遅刻しそうだという現実をだ。
俺は速攻、グーグルマップを開いたよ。
彼女も隣から覗き込んできた。でもね、俺は絶望した……。
なんかね。ほぼ反対方向に走ってきてたんじゃないのか、これ……。
こいつ自信あるとか言ってなかったか?
学校までの所要時間は――うわ、入学式、確定で間に合わないぞ……。
俺は、ガクッてその場にしゃがみ込んじゃったね。
悪気があったわけじゃない。責めるのもフェアじゃないだろう。
彼女はグーグルマップ片手に歩き出した。
さすがにもう、走る体力が残ってないようだ。俺もだ。
というかだな。こいつ、またぞろ自信満々で付いてこい、とか言ってるが――
手元に地図があるのに、どうやったら、間違うことができる?
どうやら。
道案内をさせちゃいけない方向音痴という奴に、道案内をさせてしまってたようだ。
呆れて、つっこむ気力もなかったし、俺は黙って彼女の腕を握って、引っ張ったよ。
桜の木はどれも立派で、枝が長く伸びて垂れ下がり、水面に届きそうなものが、いくつもある。
川面にもピンクの花びらが一面に浮かんでいて、それが春の風で、ふわふわ揺れたりする様は、幻想的な風景、と言っても良い。
唐突だった。
彼女はどう答えるべきか、考えるみたいに沈黙した。
それから、遠慮がちな声で、言った。
「そうだ。だから、中学生の時に、家督の相続で事情があって、彩は本家へ養子にだされ転校した。離ればなれになってしまったんだ。
何度か、訪ねて行ったり、連絡を取ろうとしたのだけど、その――私のような者は、彩の友人として不適切であるからと、羽里家の人から、きっぱり友人付き合いを断られてしまって」
唯一……?
そうか、こいつ小学生の頃から、変人だったようだし、あり得る話しだ。
何者もなにも、かなり変わった女子高生以外の何者でもないのだろうが。
ぶっちゃけ、おかしな事を言い出したら、また軽く流せばいいかと思ってた。
「そういう事だ。
何者なのかは、どう名乗るかではなく、何をするかで決まる。
だから、私が何者なのかは、私が何をするかによって、君が答えを出すべきものだ。
それが、相手を真に理解するということでもある。
訊くが、今の時点で、君は、私を何者だと思っている?」
彼女はじっとりした目で俺を睨み付け、そっから一足飛びで――。
チョップをね、スカーン! とね、俺のね、脳天にね、食らわせたよ。