羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」⑥
文字数 3,030文字
残り2日。
生徒会長選挙の立候補受付開始までの残り日数だ。
召愛と羽里は、少なくとも表面上は、いまだに、ラブラブと言っても良いくらい、仲良しこよしだ。
例えば、この日の昼休み。
ポカポカ陽気の芝生で二人は――
――という、下手したら、誰かが「キマシタワー!」などと叫びだし、キマシ塔まで、創建されそうな具合である。
しかし、これが2日後には終わってしまったりするのだろうか?
俺にはどうも、そんな未来が、今の二人からは想像できなかった。
このまま校則についても和解して、全てが丸く収まったりするんじゃないか、とすら思えてくる。
そうであってくれれば、本当に良いのだが――
そして放課後だ。
クラス全員が、ボランティア部の活動へ行くために、一斉に教室を出て行くのを、俺と召愛は帰り支度をしながら、見送っていた。
そう、残りの0.0024%の生徒とは、俺たち二人のことだ。
「彼らのほとんどは、他者を助けることが目的ではなく、目立つことをして、自分を良く見せ、モテようとしているのだけだ。
異性にモテたいと思うのは誰でもそうだとしても、他者を助けるべき場で、優先するべきことじゃない。
だが彼らがしている行動自体は善行だし、全否定するつもりもない。
が、私の行くべき道とは、違いすぎる」
実に召愛らしい答えだった。
こいつの場合は、こういう歯が浮くような台詞を言ってしまっても、ほんとに毎日が天然ボランティアみたいな生活っぷりなわけで、『モテたい』だとか、『尊敬されてチヤホヤされたい』といった見返りも利益も求めないから、たちが悪い。
理事長からの報償として与えられる特典も、全て断っている有様だ。
だから、ついつい俺は、からかいたくなってしまう。
俺はちょっくらい驚いた。
自分で訊ねたくせに、なんで……俺は驚いてんだ?
――そこまで言って、続きの言うのが気恥ずかしくなってしまった。
『俺があの部に入ったら、お前はどうすんだよ。独りぼっちになっちまうだろうが』
別に深い意味はないだろ。
戦友なんだ。それくらい気に掛けるのは当然だ。そうだよな?
――なんて笑いやがる。
いつもの軽口の応酬、そのつもりだった。
けど、どうしたことか、召愛の奴め――
それから、どこか大人びたような微笑みを浮かべ――
「君がその言葉を真剣に言っていないのはわかってる。
だから、私もこの場では真剣に答えないでおく。
でも、はっきりと言っておこう。
もし君が真剣に、その言葉を言ってくれる時がくるならば、私も真剣に答える用意がある」
なんだよ……そりゃ。
どういう意味に取ればいい?
なにやってんだ俺は……。
召愛へのリアクションに困って、つい羽里に逃げちまったじゃないか。
ほら、羽里も困ってやがる。
つーか、なんか羽里の奴、俺たちの話し聞いてて、顔赤くしてるんだがな……断じてそんなロマンチックっぽい会話ではなかったはずだ。
あれは、ただの戦友同士が孤立した塹壕の中で、やけっぱち気味のジョークを言い合ってるみたいなもんであって、それ以上でも、それ以下でもない!
「本当は、全校生徒が、つまり、召愛たちも入部する事を前提に、予定してしまってたのだけど、明後日、豪雨被害のあった地域へ、後片付けと炊き出しのボランティアを、全生徒と職員でしに行こうと考えていました。朝から夕方まで、部活の遠征としてです」
「その場合、部活動ではなく、課外授業としてカリキュラムを組み直して行くことになるので、手続き上、保護者への説明会などを開かなければならなくなり、今週中の出発というのが難しくなります。
被災地では、人手を今すぐに必要としています。そこでお願いなのですが、できれば、体験入部という形でも良いので、参加して貰えると、想定通りにやれるのですが」
「ニュースで見た分には、崖崩れで人死にも出てるし、川の氾濫で多くの人が生活を失ってる。倫理的な意味でシビアな現場だ。
これまで部がやってたような、河川敷のゴミ拾いなんかの、遊び半分で許される現場とは訳が違う。そうだろ?」
召愛とボランティア部。
両者が同時に活動をして、何もトラブルが起きない、と楽観的でいるのは、ちょっと難しい。
もしボランティア部と揉めたりして、敵に回すようなことになってしまえば、それはすなわち、この学校全体を敵に回すことになる。
そうなれば――。
召愛は、羽里を、完全に敵にすることになってしまう。