俺が召愛からしてほしいと望むことは、いったい、なんだろう?
文字数 4,114文字
昼休み。
教室で召愛は俺と弁当を食べた。
召愛は立候補の届け出に行くため、立ち上がったよ。
晴れ晴れとした顔をしてたね。
俺は、手を振って見送った。
教室で一人ぼっちになった。
他のクラスメイトたちは、友人同士でスマホのゲームをしたり、グラウンドに遊びに行ったり、だべってたりしている。
そいつらから時折、視線を感じるよ。
なんせ俺は、匿名掲示板の中では、召愛にヤラせてもらって下僕として仕えてる設定だ。
昨日の時点でそれだから、今頃どんな、おもしろ設定が追加されてるのか……。
暇つぶしの話題としては、そりゃ格好の標的になるだろうよ。
居心地が良いわけがない。
どっかに逃げ出したい気分だったが、どこに居場所がある?
それこそ便所の個室くらいのもんだ。
ならば、気にしない振りをして、無視するしかない。
まったく、俺の高校生活、どうしてこんなになっちまった。
なんて、センチメンタルに浸ってたらだ。
なんか、召愛がキョロキョロしながら、教室の前に戻って来た。
よくわからん。
召愛は教室に入って来るでもなく――
なんとなく、助けを求めるような視線だった気がするが、また廊下を歩いてった。
が、数分すると――
さっきよりも激しくキョロキョロしながら、教室の前を通り過ぎて行こうとしたんだ。
俺と目が合うと、『あれ、おっかしいなあ?』みたいに首を傾げ、すんげえ焦った様子で元来た方へ戻っていった。
そこで、俺は思い出してしまったわけだ。
召愛と出会った日の事を。
あいつに道案内を任せて走ってたら、学校と逆方向に爆走させれたことを。
が、案の定というか、また教室の前に戻って来やがった――
俺は席から立ち上がって、廊下の召愛へ近づいたよ。
俺は頭を抱えた。
まあでも、この学校は無駄に校舎が広い。
俺も慣れない内は、案内図を見ながらじゃないと、特別教室まで辿り付けなかった。
迷子スキルS+持ちにとっては、さながらミノタウロスのラビュリントスってとこだろう。
と、言いつつ、助けを求める目を、向けるのを止めなさい召愛君。
そう言って召愛さんね。
全力の早歩きで理事長室とは反対方向へ爆進しちゃいだしてですね。
ズコー! って俺はずっこけそうになった。
俺はどうにか、転倒を回避しつつ、超早足で召愛を追いかけたよ。
競歩で金メダルを取れそうな勢いでだ。
で、召愛に追いつき、その腕を掴んで、止めた。
で、言ってた――
召愛を引っ張って、理事長室に一直線だよ。
――理事長室の前に付いたときに、召愛が言ったよ。
パーフェクトな笑顔だった。
あまりにも真っ直ぐすぎる眼差しが、心の奥にまで突き刺さった気がして――
――ドキッっとしてしまって、狼狽えちゃったね。
んで、召愛の手を握って引っ張ってきたのに気づいて、慌てて離した。
召愛は理事長室のドアをノックして、中に入って行った。
俺はさっさと教室に戻ろうとしたよ。
けどな、気づいてしまったんだ。そうした場合、召愛をここに置いてくことになる。
すると、たぶん、2週間後くらいにワイドショーとかで――
――なんて事になりかねない……。
俺は大人しく待つことにした。
理事長室の中では、召愛と羽里はどんな話をしているのだろう?
もし羽里が素直に泣きついてでも、『立候補を止めてくれ』と言える性格だったら、召愛も立候補を取りやめるかも知れない。
でも、そんな事は絶対に、この理事長室の中では起こってない。
事ここに至ってしまったら、頑固すぎる羽里のことだ。
召愛から立候補届けを突きつけられて、泣きたいほどに動揺するだろうが、それを顔に出さないよう、受け取っちまうんだろう。
召愛も、悲しみながらも、決意を新たにし、理事長室を後にする。覚悟を決めきった人間特有の、スッキリしたような顔をして、このドアから、廊下へと出てくる。
そして。
理事長室のドアが開いた。
俺の予想通りだった。
召愛は、スッキリしたような顔をしていたよ。
その後ろに見える羽里は、執務机に着席していて、やはり――
――何かに耐えるような、厳しい表情をしていた。
執務机の前に行ったよ。
召愛と並んでだ。
羽里は椅子から立ち上がったよ。
んで何枚かのコピー用紙を机の上に置いた。
匿名掲示板に投稿された召愛や俺の個人情報や、誹謗中傷する書き込みが印刷されている。
「当校では、これらをイジメ案件として認定し、学園法務部では、すでに弁護士チームの編成を終えて、法的な方法論による犯人の特定と、刑事告発、および校内における処分、さらに民事告訴による賠償請求の支援準備が出来ています」
――羽里は机の上のコピー用紙を指さしてみせた。
悪意の塊、憎悪の集合体、怨念の集積物、とでも言うしかないそれらをだ。
「私には、それらは、書き込んだ本人たちの、魂の悲鳴のように見える。憐れだと思わないか。
彼らは自らの惨めさを、匿名とはいえ、衆目に晒さざるを得ないんだ。心が、そう追い詰めらてしまっているんだ。私は、彼らを皆、救いたい」
本人がこう言ってしまっていては、どうにもならない。
羽里は召愛を見据えながら、何度か深呼吸して、次に俺へ目を向けてきた。
自分でそうしておきながら、俺にもはっきり自覚は出来てなかった。
あえて理由を言うなら、俺の隣に居る奴。
召愛の存在感だ。こいつの望む通りにしてやりたい。
んなことを思ってしまってた。
「わたしは監督者を退きます。
あなたたちの生活態度は模範的であり、校則違反のおそれも無くなった。要被重監督者の要件を満たさなくなりました。
寮は使い続けて構いません。生活の混乱をきたさないようにです。
なお、わたしは自宅へ引き上げます」
だが、本当にケジメを付けなければいけなかったのは、羽里の方なのだと思う。
羽里の目には、涙が浮かび始めてた。
もっと割り切れてしまう性格だったら、毎日、召愛にぬいぐるみのようにしがみつかれて眠っていても、容赦ない舌戦を展開できるのだろうが……。
こんな台詞を泣きそうになりながら言ってしまうのが羽里の本性だ。
俺は、召愛の肩に手を置いたよ。『わかってやれ』という意味でだ。
召愛は、それでも何か言いたそうに――