自分の義を見られるために人の前で行わないように注意しないと正妻がブチ切れる件 ③
文字数 4,659文字
帰りたい気分だったね。
帰って、昼寝でもしちまいたい気分だった。
だけど、日没までのあと数時間、この避難所となった女子校で凌がなきゃいけない。
できるだけ何も考えないようにして、ひたすら肉体労働に勤しんだ。
そして、三時近くになってからだ。
再び、キッチンテント前に行列ができはじめていた。
おやつの時間ってやつだ。
けど、空模様が大きく崩れかけていて、雨脚が強まりだしてきていた。
行列の人らはみんな傘をさして並んでる。
そんな混雑した中で、異質な雰囲気の集団が校庭に入って来ていた。
五人程度のグループが、四組ほどだ。
テレビ局の取材班だった。
一様にテレビカメラとか、マイクなんかを持ってる。
たぶん、ディレクターとか、そういう立場の人なんであろう。
また取材かなんかか?
なんだこいつ……。
モロに舌打ちしやがったぜ?
本気で言ってるのか?
だとしたら、救いようのないアホだ。
被災地に外部から来るなら、必要なものを、全て持参するのが鉄則だ。
助けに来る側が現地の物資を食いつぶしては本末転倒になる。
俺は肩だけ竦めて、スルーした。
すると、おっさん。
また舌打ち。
おっさん、捨て台詞を吐いて、キッチンテントに近づいて行ったよ。
俺のクラスのだ。
んで、お菓子を渡すためのカウンターに行って。
とかダルそうな声で言いながら、避難者たちが並んでるところの最前列に割り込んじまいやがった。
被災者の人らは、いったい何なのかよく分かってない様子で、一端は言われるままにカウンターから下がったが、腑に落ちないという顔で取材班を見てる。
雨に打たれる中でだ。
んで、おっさん、カウンターで菓子を配る作業をしてた女子たちに言った。
女子たちは何を言われたのか理解できないみたいで、顔を見合わせてる。
女子たちは二時間ほど前に召愛に注意されたばかりだ。
躊躇っているが。
なんて一見、困った風に女子たちは言い合ってるが、ヘラヘラしちゃって、結局、外したね。
マスクも三角巾も。
そして、大慌てで手櫛で髪を直したりしちゃってだ。
キッチン担当の女子全員、十名ほどがカウンターへ並んだ。
カメラとマイクがカウンターに近寄ったよ。
並んでた避難者たちの行列は、もちろん雨の中で止められたままだ。
みんな、これはおかしいと感じ始めてるようで、抗議の声を上げる人も出始めた。
見事な逆ギレ。
おっさんの肩を若いスタッフが叩いたよ。「十秒前です」とか合図してる。
リポーターがマイクを持ってカウンターの前に立った。
偶然にもこの前、俺をインタビューした局アナっぽいリポーターだ。
同じワイドショーの取材班なのだろう。
そして、おっさんが放送開始までのカウントダウンを数えて、
ゼロになった時、リポーターは喋りだした。
そこで、カメラはカウンターの女子たちにフォーカスされた。
アイドルにでもなったつもりで、スマイルしちゃって、手を振っちゃってます。
リポーターがウキウキした声を作ってそう言い、カウンターに置いてあったマドレーヌを手に取った。
でもラップで厳重に包装してあるせいで、なかなか解けずに手間取ってしまい、放送事故っぽい感じになってきてしまった。
おっさんのボヤキにレポーターが焦ってしまい、
強引にラップを引き千切ろうとしたらだ。
勢い余ってマドレーヌはぶっ飛び、雨で濡れたグラウンドに落下。
が、相当に焦ってたようで、カメラ目線のまま震える手をカウンターの上に伸ばしたら、多くの菓子を、弾き飛ばすようにして地面へ落としてしまったのだ。
行列を作っている避難者に配るはずのものを、何十人分かを台無しにしやがった。
このせいで、ただでも伸びてる行列が、さらに伸びることになるだろう。
それに構わず、なおも、リポートを続けようとするわけで。
俺は自分が握り拳を作ってるのを感じたよ。硬く、硬くだ。
なんてブツブツ言ってるおっさんを、合法的にぶん殴れる手段があったら、迷わずそうしてたと思う。
だから、俺は息を大きく吸い込み、怒鳴りつけようと――
召愛、だった。
空の紙袋を持って帰って来た召愛が、いつの間にか俺のすぐ後ろに居て、テレビ局スタッフへ叫んだのだ。
髪を雨に濡らした召愛の目は、キッチンテントの中でアイドル気取りだった女子たちをも、睨み付けている。
そして、カウンターへ駆け寄り、リポーターに詰めよって召愛は言った。
リポーター、完全にテンパって、何も言えない。
立ちすくんでしまい。動けない。
召愛、らちがあかないと思ったのか、近くに置いてあったテント用の予備ロープを手に取り、それを鞭のようにして、地面を打ち付け、威嚇。
リポーター、後ずさった。
召愛、カメラへ向けて迫っていく。
おっさんはカメラマンの服を引っ張って、下がらせたよ。
カウンターの前は、再び、空いた。
召愛はそこで、行列の避難者たちに体を向け、頭を深々と下げた。
ここは、あなた方のための場所だ。
さあ、存分に、楽しんでいってください。
それと彼らの過ちを過分に責めずに帰らせてあげるよう、私から頼みます。負うべき責は法によるべきだ。つるし上げなどは、しないでやって欲しい」
拍手が起こったよ。避難者の人たちから、拍手が巻き起こった。
拍手へと、召愛は、微笑むだけして答えた。
そして紙袋にチラシを補充し、レインコートを着て、立ち去ろうとしたんだ。
だが、その召愛の背中へ、おっさんが食って掛かった。
おっさん、笑い出したよ。
おかしくて仕方ないみたいに激しくだ。
召愛の顔色が変わった。
一秒ごとに悲観に暮れていくのがわかった。
羽里が息を切らして駆け寄ってきた。
騒ぎを聞きつけたのだろう。
召愛と羽里、真っ正面から、向き合った。
二人の間には、激しくなってきた雨が打ち付けていた。
雷鳴が、遠くから、響いてきている。
アメリカ大統領みたいなものだ。
行政の長でありながら、立法権も持つ。
今回のようなボランティアに、テレビの取材を呼ぶかどうかを決めることも、出来るってことだ。
羽里は歯を噛みしめていた。
今にも泣き出しそうにも見えたし、すでに泣いているように見えた。
雨のせいで、わからなかった。
召愛はそんな羽里へ背を向け、歩き出したよ。
ほとんど泣き声な羽里の絶叫。
召愛は、羽里から遠ざかって行こうとしている。
羽里の声はかき消されてしまった。
雨は大粒、冷たい風が、吹き抜けていった。