超お人好しに、超無茶ぶりをしてはいけない。本当にそれをやってしまうのだから。⑤
文字数 3,449文字
確かにな……。
遊田のくせに正論言いやがって。
ん、でもだぞ。
もしかしたら、俺なら本当いけるんじゃないのか?
一応は、同じ寮で暮らしてたし、一緒に遊び回ったりもしてた。
羽里も耐性はついてるはずだ。
俺が準主役に……?
うん、悪くはない響きだ。だってロミオ役になれば映画の中とはいえ、
鬼ヶ島たるシシリー島へ、大和が単身で突撃する熱い展開があるわけだ。
そして、パレルモ港の奥深くへ突っ込んでからの砲撃シーンがあるわけだ。
そこで俺が指揮を執れるということだ。
号令一下、46センチ砲を鬼の居城へ一斉射できるこのロマンよ!
ああ、こんな事なら、シナリオ書くときに、もっと砲撃回数を勝手に盛って、発射しまくりな感じにすれば良かった!
やっべ、超テンション上がってきた……!
羽里との初夜シーンとか、どうでも良いが、何がなんでも、大和には乗ってみたい。頼む、羽里、どうかフリーズせずに、
俺へ大和に乗るチャンスをくれ!
俺はすんごい興奮しながら、羽里へ近づいたよ。
羽里がクラスメイトたちに聞こえないくらいの小声で言ったよ。
俺もひそひそ声で言ったよ。
ビターン!
はい、ビンタ頂きました。
今時、ケダモノと呼ばれてビンタされるとか、貴重すぎる体験をどうもありがとうございます。
っていうか、いったい俺が何をした?
羽里よ。
お前の乙女チックな思考回路の、お茶目機能による演算がどんな風に行われたのかは、知るよしもないが――!
だが羽里は俺をガン無視。クラスの皆に向き直って宣言したよ。
でも、そこでだ。
クラスの皆が同時に気づいた。
一人だけオーディションを受けさせてない奴がいる、とだ。
全員が一斉に召愛に目を向けた。
しかし、いくらなんでも、シナリオと監督に合わせて、準主役までやらせるのか?
さすがに皆もそう思っただろうし、遊田は不服そうな顔をして、召愛から目を逸らしてたよ。
だけど、その他のクラスの奴らは、これしかない、と思ってしまったんだろう。
期待を込めた眼差しを、召愛へ向け続けてた。
皆は声に出して肯定はしなかったけど、誰もが心の中では頷いたはずだ。
召愛は教卓の前に進み出て、羽里と向き合った。
羽里は身構えるような視線を、召愛へ向けた。
今は一応は選挙戦の真っ最中、自分から親友という関係を凍結させて、ライバルとして振る舞いたいと宣言してた羽里からすれば、いくら演技とはいえ、恋人役をやるとなれば、複雑な気分になるだろう。
前おきも何もなく、召愛が台詞を言った。
――羽里は以前に言っていた。
選挙を通して、召愛が羽里の正しさを理解してくれるはずだと――
そう、大丈夫、と羽里は信じているはず。
選挙が終わったその先で、再び、召愛と親友に戻れることを。
でも、本当にそうなるだろうか?
召愛が自分の道を曲げることなど、ありえるのだろうか?
このまま永久に、二人の溝は埋まらないまま、なのではないだろうか?
羽里は、そんな事を考えてしまったのかも知れない。
召愛ロミオの前で、本気で、泣き出しそうになってしまっていた。
不安で、不安で、どうしようないといった風に、表情がくちゃくちゃになってしまってる。それは演技を超えていて、本気の泣き顔にしか見えなかった。
召愛は、そんな羽里の顔を見ていて、とてもとても自然に、泣き出すのを慰めようとするように、抱きしめたんだ。
羽里も、だ。
羽里も、フリーズせず、ただ感情の赴くままに、召愛の背中を抱き返した。
至近距離で、目と目が合って、引き寄せられるように、
唇を近づけ、キスをした――。
――羽里の後頭部に隠れて二人の唇が見えないせいで、俺からは本当にしちゃってるように見えたんだ。
で、そんときだ。俺の心の中に、天から声が聞こえてきた。
ほんとに聞こえた。ガチで聞こえた。
よし、ここにキマシ塔を建てよう。
そうじゃない。落ち着け俺、とにかくこれが、俺の心の奥底が求めてた光景。
美少女同士のキス、これほどに美しいものがこの世にあるか?
いや、断言する。ないね。
だから、俺がもし旧約聖書の執筆者なら、最初にこう書く。
【神は言われた。「キマシタワー!」
こうして百合が生まれた。
神はキスをする乙女たちを見て、これを良しとされた。
神は攻めと受けを分け、攻めをタチ、受けをネコと呼ばれた】
おお、なんという事だろう。
俺は今、神話を目の辺りにしてるのだ。
尊い、尊いぞ!
というか、なんか、すごい拍手が聞こえる。なんだ、これは……?
なんでだ?
そりゃ、シンプルだ。普通に演技として素晴らしかったからだ。
召愛本人たちからしてみれば、途中から演技というより、
自分たちのプライベートとシチュエーションが被ってしまってて、素になってたように俺には見えたが……。
そんな事情を知らないクラスメイトたちから見たら、迫真の演技だったに違いない。
これで、企画も進む。結果オーライだ!
遊田は俺だけに聞こえるように言ったよ。
そこまで言うなら、ぜひとも遊田の演技をスクリーンで見てみたいものだ。
主要キャラとしては、シスターロレンツァが残っているが、果たしてその役をゲットできるかどうか。
「この役は、二十代の女性キャラクターです。
台詞量は準主役のロミオと同程度にあり、狂言回しにあたる役柄ですので、ある意味、主人公よりも重要です。
また立場や人格も非常に複雑で、正気と狂気の境界を綱渡りするような演技を求められますので、もっとも難易度が高い役となるはずです。
これをやりたい方は挙手をお願いします」
さっきまでロミオ役に群がってた連中は、手を挙げなかった。
ただし、一人を除いて――
プロの風格である。