人の罪を赦すなら、あなたの罪も赦されループに入ります。④
文字数 5,974文字
文化祭。
それは、羽里学園における一大イベントであり、なんと、一学期の前期文化祭、二学期に中期文化祭、三学期に後期文化祭と、三回もある。
なんで文化祭ばっかり、そんなあるんだよ、と他の学校の生徒なら思うだろう。
が、その答えは簡単だ。
元イジメられっ子の女子高生が理事長になり、自分が通いたい学校を作ったらどうなるか?
こうなる。
いわばそれは、〝わたしのかんがえた、さいきょうのがっこう〟であり、羽里が小中学生で失った全ての取り返す事ができる楽園。
それが羽里学園なのである。
ゆえに学校行事が過密状態になってしまったのはご愛敬。
生徒会長選挙と文化祭準備が重なるなんて序の口で、学校行事が表記された校内のカレンダーは、1943年12月におけるラバウル航空隊の出撃記録表のごとき殺人的過密さだ。
勉強はいつするんだ?
そんな疑問は羽里のような天然優等生には無意味だ。
ああいうやつらは、凡人の苦労なんてわからない。
授業を聞いてるだけで、さらっとオール5(ただし体育だけは1か2)をかっさらっていくのが羽里という奴なのだ。
じゃあ、一般人たる俺たちにとっては、迷惑か?
そうでもない。
そりゃ校則が厳しいのはきっついが、こんな学校、楽しいに決まってるじゃないか!
で。
昼休みになった瞬間。俺はその天然優等生、羽里にこっそり電話で連絡を入れた。
召愛の取り巻きと見られている俺と、人目のある所で話し込んでるのを見られたら、羽里に、とばっちりがあるかも知れない。
俺だってそれくらいは気を遣う。
で。
遊田と二人で生活指導室に行った。
別に俺一人でも良かったんだが。
遊田いわく――
などと、性格良さそうな発言をしながらニコニコ付いて来たのだ。
羽里は俺たちと顔を合わせた時、今度はなんだと、怪訝そうな顔をしてたよ。
当然の疑問だ。
召愛への風評被害の相談に来ておいて、
その風評を広めた張本人が一緒に居るのは、不可解極まるだろう。
わたしとしても、選挙を戦う相手が、不当なイメージを持たれて、まともに活動ができないのは看過したくありません。
これではフェアとは言えない。五分五分の状況で勝たなければ、召愛は私の正しさを、きっと認めてくれない……。
だけど、召愛自身が、今の状況を許容してしまっている以上、わたしからは理事長として何もできない……」
「俺が考えてるのはこうだ。
文化祭を通して、召愛とクラスメイトを交流させて、ありのままを知って貰って、関係を修復できないだろうか。
クラスとの関係が良くなれば、それ以外の生徒からの目も変わってくると思う」
ところがだ。
「これだから素人は……。
いい、演劇ってのはテレビドラマで言えば、やり直しの利かない一発撮りみたいな物なのよ。血の滲むような日々の稽古で、初めて成立する芸能なの。
学校生活の片手間に練習するような学生劇なんて、どれもこれも、お粗末なものよ」
「そうよ。
あたしこそは、『ゴールデンタイムの小公女』と呼ばれた遊田イスカその人なんだから。
出演ドラマは23本。
映画は15本。
舞台は5本。
吹き替え声優16本。
アニメ声優10本。
サインが欲しければ、あげないこともないわ」
確かに子役の中でも、スーパーガチ勢の部類に入る。
けど、そんだけ凄い奴がなんで、役者を辞めちまって、ただのクズクズしい女子高生に落ちぶれちまったんだろうな?
羽里の場合、こういう台詞がお世辞ではなく、単なる本音だ。
だからこそ、遊田の自尊心をコチョコチョしまくっちゃったのだろう。
なんて感じで鼻が高々すぎて、標高9千メートルくらいになりそうな位、胸を張って、顎をつーんと上げちゃうポーズでだな。偉そうに腕組みして――
映画、だと?
「わかるかしら。
映画なら、役者やスタッフの実力不足もやり直しが利くからカバーできるし、編集で誤魔化せる部分も多いわ。
それに作業時間が不定期にしか取れない学生でも、コツコツ撮り貯めしていけば、完成に漕ぎ着けられる。
素人がやるなら、演劇より、映画のほうが向いてるのよ」
おお……なんだよ。
こいつ、すげえまともなこと言うじゃねえか。
「ついでに言えば、舞台は公演場所の争奪戦もネックになるわ。
文化祭当日の、体育館などの使用状況に左右されずに、狭い教室でも上映できるのはメリットね。
で、演劇や映画の観客動員数は、
『期間中に何回、上演・上映できるか』で大きく変わってくる。
文化祭って三日間だけでしょ?
映画なら教室や視聴覚室、その他空き教室でも同時上映できるから、動員観客数も演劇より、ぜんぜん増えるわ」
けど素直にこいつを褒めるのもなんか悔しいぜ。
「ま、まあな。動機以外の点で、遊田の案はパーフェクトだと思う。
これで決まりでいい。
でだ、次なる課題だが、この映画案を、どうやってクラスの皆に賛同してもらうかだ。出し物は、クラスみんなから、他にも案が出るだろうしな」
これにも遊田が颯爽と手を挙げた。
「あたしに、良い考えがあるわ。やり方は単純よ。
ゴールデンタイムの小公女であるあたしが、映画を主演すると宣言すれば、みんな賛成するに決まってる。いえ、むしろこの企画を広告代理店に持ち込めば、スポンサーすら集まるでしょうね」
まあでも、こいつの、容姿、についてだけは、男子から人気があるのは事実だ。
しかし、あくまで、容姿、の人気だけであって、遊田本人が言うほどの求心力が有るかと言えば、やはり疑問。
もっとこう、男子からだけじゃなくて、女子票もかっさらえるようなのは……。
って。
居た。目の前に、その現物が居た。
「あー、やだやだ。嫌だわあ、そういうの。
コッペが言ってるのって、要するにアレでしょ。
アイドル映画。
ストーリーの良し悪しとか、役者の演技の技術なんてどうでも良くて、アイドルの人気だけで、観客を引っ張ってくるっていう、業界最底辺の仕事よ。そうやって、三日間放置した生ゴミみたいな映画が作られるんだわ」
「まあ、そういう事になっちまうんだが。
羽里、お前ならクラスの半数、男子票は確実に独占できる。
女子もお前のファンが居るし、スクリーンでの活躍を見たい奴は多いだろう。お前が映画と言い出すだけで、100%これに決まる」
などと謎の言語をどもりながら、羽里は恥ずかしそうに、どんどん俯いてしまっていくわけだが。
演目すら決まってないのに、そこを心配してるのかこいつは……。
お茶目な奴め。
遊田は、なんかもう、呆れた目で羽里を見てたね。これだから素人は、みたいな目だ。
高校の文化祭映画でベッドシーンってチャレンジャーだなおい。
いったい、どんな演目を想定してるんだこいつは……。
お茶目すぎる奴め。
遊田は、完全に白けてて――
「いいこと羽里彩。アイドル映画で観客が求めてるのは、まさにそのリアクションなのよ。
誰も演技力なんか求めてない。
役に挑戦する初々しさが、ファンをブヒブヒ言わせるの。
そこにしか期待されてないんだから、せいぜい、そうやってブリッ子全開で、カメラの前でキャピキャピしてりゃあ、いいの」
遊田が俺に振り向いた。
その表情はなんていうか、こう言いたげだ。
(うわぁ……、なんだこの、お花畑思考。
ラブシーン止めてください、とか口に出して言ったら、むしろ、やってください、という振りになるのが、わかってないんじゃないの。
ブリッ子してるならともかく、素でこれなら、なんかアレだわあ)
安心しろ、遊田。こいつは素でこれだ。
俺たちとは生きてる世界が違う。
そして、羽里彩よ……。
お前は元イジメられっ子のくせして、人間という生物に信頼を持ちすぎだ。
一つ言っておいてやる。
お前みたいな優等生の三分の一も、俺や遊田といった一般ピープルはモラルを持ち合わせてない。
アイドルやマスコットに自分たちの考えた映画を好きにやらせられるチャンスがあったら、みんながどんな企画を出すのか?
すまん、俺もちょっぴり楽しみだ。