羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」④

文字数 4,059文字

 残り29日。

 生徒会長選挙の受付が始まってしまうまでの、残り日数だ。


 それは俺には破滅へのカウントダウンに思えた。

 キャッキャうふふ的な日常が壊れて、救いようのない鬱展開に至る破滅だ。


 ともかく、そんなカウントダウンの中で、俺たちの新しい日常――29日間しか続かないであろうそれが始まった。



 その新しい日常とは、例えば、こんなものだ。

 朝、俺が起きてあくびをしながら、一階へ降りていき、寝ぼけ眼で水でも飲もうと考えながら、居間を通ってキッチンへ行こうとする途中の事だった。

 居間の真ん中あたりで、とても柔らかくて、暖かい物を踏んづけた。


          ――ぐにゃっ



「……?」

 ――なんだと思って足下を見てみたら、はだけたパジャマ姿の召愛さんでした、っていうね。そこで布団敷いて、寝てたっていうね。



     

      ――すやぁ

 何やってんだこいつと思ったら、まあ、隣には――


     

  ――すやぁ

 ――と、羽里も布団しいて寝てたわけだ。


 大方、召愛が、『お泊まり会をしよう!』なんつって強引に誘ったんだろう。


 その証拠に、召愛の奴め、眠りながらも、

 羽里にこれでもかと、しがみついてて頬ずりを――


  ――グリグリグリグリ

 ――とかしてるわけだ。

 踏んづけられたってのに、まるで気づかずで、幸せそうな顔で。

 

 一方の羽里も、ちょっと苦しそうに見えなくもないが、嫌じゃあないんだろよ。

 スヤスヤ熟睡してなさる。


 だからまあ、なんつーか、あれだ。

 もし今の俺の生活を『ハーレムもの展開だ!』なんつって羨ましがる同級生男子が居たら、こう言ってやる。

『安心しろ。

 女だけの中に男一人で居たって、現実では余裕で蚊帳の外だ。

 わかるか?


 お前がその手の漫画の主人公くらいのタラシなら話しは別だが、普通の男子高生じゃ、これが関の山だぜ』





 そして昼間の学校ではといえば、こんな風だ。


 俺のクラスに、羽里が組替えで派遣されてきた。

 監督者の職務のためだ。 


 俺と召愛の席は教室の真ん中、その一番後ろへ移され、そこで晒し刑のように並ばされ、さらにその後ろから羽里の席が見張るように置いてある。という徹底ぶりだ。


 これなら、俺たちが何か違反しようとする度に、羽里が止めてくれるわけだ。

 おかげで俺と召愛は緊張から解放され、非常にノビノビと、校則にがんじがらめにされることができた。

「コッペくん、授業が始まるときの、先生への礼の角度が、3.7度、足りていませんでした。それに、頭を上げるタイミングが0.031秒早い。もう一度やり直してください」
とか。
「召愛、消しゴムのカスを、床に落としていい規制量は、一日5.3グラムまでです。

 あなたはあと、1.67グラムしか、排出できませんので注意してください。これを超える分は、ビニール袋を二重にした物に入れ、持ち帰るように」

とか。
「小鳥さんが、窓の外のベランダの手すりに泊まって来た時は、このように、できるだけ優しい笑顔で手を振りましょう。

 最低5振り、最高で10振りまでです。

 また休み時間中であれば、餌付けをすることが推奨されています」

とか。
「屋外の渡り廊下を歩く時は、足下に注意してください。

 アリなど昆虫等の生物を故意に踏んだ場合は即退学。

 過失でも、一日3匹以上を踏んだ場合は退学です」

というようにだ。



 昼飯は毎日、召愛が羽里の分まで弁当を作ってきていた。


 ついでにと、俺の分まで用意してくれた。

 二人分でも三人分でも手間は一緒なのだそうだ。一応材料費だけは、払うことにしたが、美味い飯をコッペパンより安い費用で食えるのは、大変助かる。


 その食事風景とはこんな感じである――

「ほら、彩、あーんするんだ」
「……そ、そんな恥ずかしいこと、出来るわけないでしょう」
「ほら、あーん」
「……だ、だから」
「あーん」


            ――あーん

 ――とまあ、俺、完全に、アウト・オブ・カヤってな具合だ。

 

 なので俺は俺で、野郎の知り合いや友人を作ろうと、いくばくかの努力を試みた。

 停学から復帰してきた連中とつるもうとしたのだが――無理臭い情勢だ。

 俺はもうすでに、召愛の弟子=超変人の仲間と思われてしまっていてだな。どいつにしても、こいつにしても、俺との間に見えない壁が出来あがっちまってる。


 そうなれば必然的に、放課後や休日なんかも召愛たちと行動を共にすることになった。


 健康ランドも行ったが、メインコンテンツである風呂は、野良のじいさん共に混じって、俺一人でポツーンと湯船に浸かったわけだが、何が楽しかったんだろうな、あんなの? 

 

 今でも行ったのを後悔してる。壁の向こうの女湯から聞こえてくる召愛のはしゃぐ声は、すんげえ嬉しそうだったけどな。

「見ろ、彩。すごい広い湯船だ。泳いで競争しよう!」
とか。
「恥ずかしがることないじゃないか。じっくり彩を洗わせてくれ」

 ――なんてだ。

 ああ、俺もいっそ女に生まれてくれば、三人で一緒で楽しかったのかもなあ?



 あとは、そう。

 やった事と言えばやっぱ、召愛の性癖というか趣味というか主義というか、

 ボランティアだ。


 三日に一度は――

「今日は、桜木町の老人ホームへ行くぞ!」
とか。
「近くの障害者施設で、人手を募集してた。三人で行こう!」
 ――なんて風にだ。

 その時間をバイトに使えば、当分、小遣いに困らんかったろうになあ。



 もちろん普通に遊ぶこともやった。

 全国の高校生がやってるような娯楽は一通りした気がする。

 カラオケ、ゲーセン、ボーリング、ダーツ、ビリヤード、映画、なんてのは定番だとして。


 野郎共となら行かないようなのだと、ケーキバイキングや、ネイルサロンなんてものまで付き合わされた。


 テーマパークも二カ所ほど行ったおかげで、俺の貯金がマッハで火の車。

 だから、俺は教えてやったんだ。

 世の中には、金がほとんど掛からないで、しかも家から一歩も出ずに、みんなで長時間楽しめる素晴らしい遊びもあるのだぞと。


 それは――。

「ネトゲだ。世の中にこれほど素晴らしい娯楽はない!」

 意外にもこれで、羽里がMMORPGにドハマリしてしまったのだった。

 どんくらいハマッてたかというと、ちょっと前まではゲーム用語なんか少しも知らなかった奴が――

「コッペくん、細かいようですが、注意しておかなければなりません。

 あなたはピュアヒーラーなのだから、もっとヘイトとMP管理に気を遣うべきです。


 特に、レイドIDなどのuberなコンテンツで、ちょっと大目にmobがaggroしただけで、すぐ焦ってOH連発、ヘイトトップをタンクから奪ってしまう、というようなミスが目立ちます。


 自分がPT全体の命を握っていると自覚するべきです。でなければ、あなたが成し遂げられるのは、ユニーク武器+10量産ではなく、デスペナの量産です」

とか。
「先ほど、我々が全滅したボスの行動を分析した結果、攻略法を思いつきました。まず、タンクがフィールド左回りで、ボスを誘導し、マラソンします。DDはrun&gunのビルドで固めて、PTFP重視の武器で、ボスを遠距離から削りましょう。


 そしてボスを10%削ったところで湧くaddを、ヒーラーがヒールヘイトでpull。これをペットクラスの風属性ペットが居る場所まで誘導してから、わざと死んでリレイズで起きる。あとはaddを全て風ペットにマラソンさせれば、addの全ては風属性ですから、ほとんど被ダメなしで、維持できるはずです」

 ――なんてだな。

 まるで20年前からネトゲやってたおっさんみたいな台詞を、たった半日くらいで、口にするようになってしまったんだ。


 優等生ってのは、飲み込みが早すぎて困る。

 しかも、ガチでハマると常人では追いつけないほど、ゲームが上手くなってしまうからさらに困る。


 羽里は土日の二日を寝ずに熱中、仕事の電話を居留守スルー。

 召愛や俺が眠気を訴えても叩き起こして付き合わせ――

「羽里ぃ……。寝させてくれ。

 25時間はぶっ続けでプレイしてんぞ、俺ら……」

「人生は有限です。寝るために使う時間など無駄でしかありません。

 あと最低20時間はレベルあげを続けましょう」

 こんな具合で、日曜の夜にはレベルカンストという暴挙を成し遂げてしまった。


 ちなみに俺は同じゲームで2ヶ月、それにかかった。

 羽里はそれを、たった2日だ。


 その上、羽里は――

「キャラも育ちきったことですし、プレイヤー相手の対戦大会にエントリーしました」
 ――とか言い出した。

(分かってないな、このお嬢様は……。

 MMORPGってのはキャラが育ちきってからが本番なんだ。


 そっから、さらにやり込んで、何ヶ月もかけて、金を貯め、コツコツと装備を強化し、操作技術を磨いてからじゃないと、対戦大会でなんか、一回戦ですら勝てないんだぞ?


 そうやって何ヶ月もプレイしてる奴らが相手なんだからな。

 まあ、世の厳しさを身をもって味わってくるがいいさ……)

 ――と、俺は鼻で笑っていたのだが。
「優勝しました!」
「…………!?」

 ――いや、おかしいだろ?


 レベルカンストはともかく、対戦で勝てたのは、不自然すぎると思って。

 よーく、羽里のプレイ画面を見てみたら、あれだ……。


 ステータスブーストの課金アイテムと、課金回復アイテム、さらに課金装備強化アイテムが、インヴェントリ内にぎっしり詰まってるのを目撃してしまい目眩がした。


 さらに、課金コインのチャージ額がカンスト表示を超えてオーバーフローしてるのを見て、俺は鬱になったね。


 少なくともこいつ、百億円以上をぶっこんでやがった。

 課金ごり押しで大会優勝とか、結局、世の中は金なのかと。

 真実を悟ってしまったよ。

「やった。これで私がチャンピオンですね!」
(なんか、すごく納得できん……)

 そんなこんなで、カウントダウンが過ぎて行く中、楽しみまくった気がする。

 まるで余命を宣告された癌患者が、最後の思い出作りでもするかのように、だ。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

通称:コッペ


パンを食いながら走ると、美少女と出会えるという、王道ラブコメ展開の罠にかかった不運の主人公。

ぴちぴち元気な高校一年生の16歳。


コッペパンを食いながら激突してしまった相手が、美少女ではなく、ガチムチ紳士だったという、残念な奴。

そのせいで、あだ名がコッペになってしまう。


超ブラック校則学校、羽里学園に、そうと知らずに入学してしちゃったウッカリさん。

健気に、理不尽な校則と戦うぜ。

がんばれ。

名座玲 召愛 (なざれ めしあ)


コッペと共に、超ブラック校則学園、羽里学園に入学する女子高生。

高校一年生。


ドン引きするほど、良い奴だが、ドン引きするほど、すごく変人。

という、類い希なるドン引き力を兼ね備えた、なんだかんだ超良い奴。

なので、事ある毎に、羽里学園のブラック校則と対決することに。


こんなキラキラネームだが、どうやら、クリスチャンじゃないらしい。

聖書も1ページすら読んだ事もないらしい。

そのくせ、自分をとんでもない人物の生まれ代わりであると自称しだす。

究極の罰当たりちゃん。


座右の銘は。

「自分にして貰いたいことは、他人にもしてあげよう」

いつの頃からか、このシンプルな法則にだけ従って行動してるようだ。

羽里 彩 (はり さい)


超ブラック校則学校、羽里学園を作った張本人。

つまり、理事長、そして、暫定生徒会長。

そう、自分で作った理想の学校に、自分で入学したのです。

他人から小中学生に見られるが、ちゃんと16歳の高校生。


世界有数の超大企業の跡取りであり、ハイパーお嬢様、ポケットマネーは兆円単位。


人格は非の打ち所のない優等生で、真面目で、頭が硬く、そして、真面目で、真面目で、真面目で、頭が硬い。


真面目すぎて千以上もあるブラック校則を、全て違反せずに余裕でこなす。

つまり、ただのスーパーウルトラ優等生。

遊田 イスカ (ゆだ いすか)


コッペたちのクラスメイト。みんなと同じ16歳。

小学生まで子役スターだった経歴を持つ、元芸能人。

物語の中盤から登場して、召愛に並々ならぬ恨みを抱き、暴れ回るトラブルメイカー。

通称:【議員】のリーダー 

本名: 波虚 栄 (はうろ はえる)


【議員】と俗称されるエリート生徒たちのリーダー。

厳格な校則を維持することに執着し、それを改正しようとする召愛と、激しく対立する。

校則の保守に拘ることには何かしら過去に理由があるようだ。

高校一年生だが17歳。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色