自分の義を見られるために人の前で行わないように注意しないと正妻がブチ切れる件 ④
文字数 3,714文字
帰りのヘリの中は、最悪に重苦しい空気だった。
エンジン音で、まともに会話できないせいで、二人が言い合うような事は無かったが、気が滅入ったよ。
そして、二人と共に寮の玄関に入り、ドアを閉めた途端から、だった。
俺たちは少なからず体を濡らしていた。
でも、羽里も、退くつもりはない。
レインコートを脱ぎ捨てて、召愛の正面に立ったよ。
身長差が十センチ以上あるにも関わらず、堂々とした立ち姿だった。
「テレビ局を呼べば、あのような輩が来る来ないに関わらず、被災者に迷惑を掛けるのは、目に見えていたはずだ。
なぜなら、民放テレビ局は、被災者を助ける目的で来るわけではなく、視聴率を稼ぐために来る。なのに、どうして」
やれやれ、ついに……。
ついに……破滅の黙示録が始まっちまった。
せめて、暖かいココアでも煎れてやるか、と思って、俺は台所に向かったよ。
その間にも、大声で言い合う声が玄関から響いてきた。
「そうです。ボランティア活動に充実感を与えてやるのが、わたしの仕事です。自分たちの行動がテレビで取り上げられれば、生徒たちは誇りを持てる。
マスコミを使って学校のブランドイメージを高めたのだって、わたしの戦略。そうして世間から評価されると実感させてあげれば、より積極的に行動するようになる。そうでしょ召愛?」
俺は牛乳をマグカップ二つに注いで、電子レンジで温めたよ。
「だが、生徒たちがやっている事を見ろ。ほとんどの皆が、助ける相手の事を考えているわけではなく、自分たちの事しか考えていない。
男子たちは、現地の女子高生にうつつを抜かしたあげくに、不正を行い。女子は衛生管理を放棄して、SNSにアップロードする写真の構図にしか興味がない。
異性に関心があるのは当然だし、アイドルの夢を見るのもいい。
けど、あの場では、被災者より優先することではない」
暖まった牛乳に、ココアパウダーを入れた。
甘い香りが漂って、俺は思わず溜息を吐いた。
「だとしても、実際に、わたしたちがやっている事を見てみなさい。
他のどんな学校もやっていない。善行をしている。
粗はあるでしょう。でもわたしたちは人間なの。
粗がある生き物なの。
だったら、その粗も良い方向へ利用し、良き道へ導けばいい。
そのように他者を導く努力をせずに、自身の清廉潔白さだけを追求する事を説くなら、召愛、あなたこそ自分に酔ってるだけの
偽善者です!」
「粗があったのは認めてる。でも、召愛、あなたみたいに行動できる人間は、生徒の一割、24人も居ないでしょう。
だったら、わたしはこう考える。
パーフェクトな100%の善行を24人でしかやらず、2400%の結果しか残せないならば、
わたしは90%の善行を240人でやり、22000%の結果を残します」
「私とて……。本当は、それしか無いのかも知れないとも、思う。
だけど、そこで止まってはいけない。
私が目指すのは、100%の善行を24人でやることでも、
90%の善行を240人でやることでもない。
100%を70億人、全人類でやれる時が来るまで、私は前へ進み続けたい」
俺は二人の間に立って、湯気をたてるココアを差し出したよ。
でも、二人の間に緊張感がバチバチ火花を散らしてるせいで、マグカップを受け取ってくれない。
正直、二人が目指しているものが、やはり同じゴールにしか見えなかった。
でもゴールへ辿り着くまでのルートは、一見とても近い場所を通っているように見えても、けして交わることがない。
二人がもし他人同士なら、それぞれ違う道を行けばいいじゃないか、で済む話しなんだが、こいつらは生憎と親友でいらっしゃるわけだ。
互いが互いのためを思って、正しいと思う道へ、手を引っ張っていこうとしている。
友情が麗しすぎて、ほっとけないのだ。因果なものだ。
ほんとに、身も蓋もなくぶっちゃけちまった。
なんか、二人が睨んでくるぜ……。
なんつーか、共通の敵認定されちまった感すらあるが、両者の間のバチバチが弱まった気がしたよ。
んで、召愛も羽里も、マグカップを受け取って、美味そうに飲んでくれた。
甘味はいつでも人の心を和らげる。
俺はお前らみたいな聖人君子キャラじゃない。
ただの16歳の男子高生でだな。
一応は美少女に分類される生物二匹が、喧嘩してる光景よりも、シンクで体を洗い合うのを夢見る少年だ。
そんな奴にどんな意見を求めてる?
もう一度言うぞ。どっちでもいい。
俺は、お前らが仲良く服を脱がし合う日を、再び到来させる方法はないか。それを必死に、考えてる。それ以外に興味はない」
とか言って羽里はだな。
恥ずかしそうに顔を赤くして、胸を隠すような仕草で俺へ背を向けつつ、睨んで来たよ。あの日に服を脱がされた時のポーズそのままだ。
などと、とてもとてもとても失礼な事を思ってしまったが、紳士な俺は口に出さず、あの日に見た白いレースの紐を回想するだけ留めた。
あれはあれで可愛かったぞ。きっとそういう需要もいっぱいあるからな。
安心しろ、羽里。
羽里は逃げるみたいに、行こうとしたよ。
俺への当てつけも、しっかり忘れてなかった。
羽里がそう言うならば、本当に時間がないから要らないと言っているのだろう。
けど――。
と召愛は見るからに、しょげてる様子で、羽里が去って行く後ろ姿を見送った。
後には俺と召愛だけが、廊下に残された。
召愛は何を見詰めるでもなく、ただ、前を向いていたよ。
時折、ココアのマグカップを口に運んでいた。
彼女の目はきっと、自分の行くべき未来を見据えていたのだと思う。
そこまで言ってから、自分で思った。
なんで、俺はこんなに、こいつに思い入れてる?
なぜか、つい、寒い冗談で言い直して、誤魔化してしまったよ。
すると、召愛は笑った。俺を馬鹿にするような笑いではない。
いきなり、召愛はそんな事を言い出した。笑顔でだ。
その笑顔が、あまりにも屈託がなさすぎて、俺は、否定する言葉を、考えつけなかった。
だから。
その夜中、冷蔵庫にお茶を取りに行くために居間を通った時だ。
いつも居間で二人で寝ていた召愛と羽里の姿が無かった。
私室で一人で眠っているのだろう。
寮生活をして以来、初めての事だった。