原作者無双
文字数 6,728文字
文化祭という非日常が過ぎ去り、新たな日常が始まったこの日。
登校してくる生徒たちへ向けて、召愛は辻立ち演説を行おうとしていた。
ただっ広い中央廊下の階段前ホールに踏み台を置き、その上へ立ったのだ。
俺と遊田は聴衆を集めるために、登校してくる生徒たちへ呼びかけをしたよ。
文化祭の前までなら無視されていた召愛の前には、今や多くの人だかりが出来ようとしている。
偏見は消え去っていて、文化祭で万単位の来場者を呼び寄せるという奇跡を起こしたスーパースターとしてのイメージが定着してたのだ。
少し離れた場所では、羽里彩派の連中も同じように辻立ち演説をやろうとしてたね。
向こうは、羽里の取り巻きである、通称【羽里彩派議員】の奴らが、呼び込みや、プラカード持ちをやっている。
名座玲派なんかに、この学校を好きにさせちゃいけない。
誇りある羽里学生なら、現状保守の羽里彩に一票を。
厳しい校則を守ってるからこそ、他校から尊敬されてるのを忘れるな。校則の緩和なんかの人気取りに惑わされないようにしよう!」
彼らも、召愛の人気の上がり方に危機感を覚えたのかも知れない。
批判の呼びかけが多く聞こえてくる。
【議員】の何人かが、こちらに来た。
どうやら、召愛の演説を偵察するためらしい。
召愛をジーっと睨み付けるように見てるよ。
聞きたければ、聞かせてやればいいだけだ。
踏み台の上から発せられた声は、ガヤガヤがとうるさい廊下にも、良く響いた。
同時に、羽里も離れた場所で、演説を始めている。
聴衆の数は、同じくらい。
五分五分の勝負に、持ち込めていると言うことだ。
だが、誰も手を挙げない。
やはり、誰も手を挙げない。
これは校則の派生条項に、ちゃんと書いてある。
チラリズムがどうとかだ。
あなた方は絶対領域の面積の大小によって、理性を失う者であると、全員が既にそう見なされているのだから、恥ずかしがることじゃない。
だから、これがその通りだという者は、手を挙げてくれと言っているだけだ。さあ、どうだ?」
今度は、女子の半数以上が手を挙げた。
男子も、女子もだ。
「わかっただろう。
まったく無意味な派生条項のせいで、まったく無意味に生徒が苦しんでいる。
なぜ、ニーハイソックスがいけない?
なぜ、ポニーテイルがいけない?
なぜ、水色の縞々パンツがいけない?
こんな学校が、理想なのか?
私はそうは思わない。
ニーハイソックスを穿きたい。
ポニーテイルにしたい。
水色の縞々パンツも穿きたい!
皆だって、同じはずだ。
なのに、なぜ、こんな派生条項を作った?
そもそも、派生条項が従うべきとされている基本条項には、こう書いてあるのに。
『基本条項5条。生徒の服飾の自主性は阻害してはならない。皆が好きな格好で毎日を過ごせる事が、当校の理想だからである』と。
ニーハイソックスの規制は、これに違反しているじゃないか」
拍手が起きた。
拍手は次第に伝播していき、聴衆みんなに広がった。
が、そこで一人の男性教師が通りかかったのだ。
元気ハツラツな若い数学教師だ。
男性ホルモンが有り余りすぎてるせいか、顔がいつも脂でテカってる系の、理系のくせに、体育会系に見える人である。
その教師はしたり顔で言った。
「だがなあ、名座玲。
基本条項を持ち出すなら、こうも書いてある。
『基本条項26条、重大な事件の発生が予想される案件については、これを防止するため、禁止または中止させるなど、生徒の権利を一部制限することができる』
ニーハイソックスや髪型や、下着の派生条項は、これが根拠になっているんだぞ。何か事件が起きてからじゃ、遅いだろう?」
などと【議員】たちはヤジを飛ばして笑ってきた。
生徒の立場なら、ニーハイや髪型、下着の規制なんか、デメリットしかないのを考えれば、【議員】たちが本当に教師の言ってる事に賛同してるというよりは、召愛をパッシングしたかっただけなのだろう。
それほど、急激な召愛の人気上昇に焦っているということだ。
にしてもだ……。
基本条項の原作者相手に、基本条項をもっと勉強しろ、とは片腹痛いが、しょうがない。
召愛が原作者だと言うことを知ってるのは、俺と羽里くらいのものだろう。
「先生、そして、【議員】の方々。
26条の事は、良く知っています。
それには付帯条件が、続けて記されている。
『ただし、中止や禁止をする場合は、客観的かつ明確な根拠を示す事ができる場合に限る』と。
そこで、みんな、先生と【議員】の方々にお尋ねしてみないか。
絶対領域の大小や、髪型、
他人からは見えもしないパンツによって、
重大な事件が起きる客観的で明確な根拠をだ。
きっとこの先生と【議員】の方々なら、答えてくださるだろう。
とても勉強をされているようだし、さあ」
すると、周りに居た生徒たちが面白がって、教師と【議員】に群がり、一斉に尋ねだしたのだ。
性的趣向や、人格を攻撃するのもやめてあげなさい。
別に先生が、
ニーハイを見るとついハァハァしてしまって
ポニテも見ると、ついついハァハァしてしまって、
さらに白以外のパンツはビッチが穿く物と思ってらっしゃったとしても、
何も悪いことではない。
囲みを解いて、道を空けてさしあげなさい」
尻尾を巻いて退散しだした教師と【議員】たち。
その【議員】の背中へと、召愛は、声をかけた。
「あなた方へ、はっきり言っておく。
私へ対抗心を燃やすのは、選挙なのだから当然だ。
だが、私を攻撃するために、生徒たちが損しかしない校則を持ち上げるのは、止めたほうがいい。それは悪意にしかならないし、彩の足をひっぱる結果になってしまう」
召愛はそれを笑顔で見送ってから――
再び聴衆へ顔を向けた。
ボランティア部は絶賛存続しており、聴衆の全員も部員だ。
召愛が部活動に、批判的な意見を持っているのは、炊き出し事件をきっかけに、皆が知るところになっている。
部活動自体は、相変わらず活発に行われており、テレビ取材などの依頼も多い。そのため、炊き出しの時のようなトラブルも、小さな物ながら、いくつか起きている。
「皆が社会に貢献していることを、私は知っている。
尊敬しているし、賞賛も送りたい。
しかし、それに伴って、マスコミが絡むトラブルについては、心を痛めている。だから、問いたい。
我々、羽里学園の活動を、あのように宣伝するべきなのだろうか?」
「たぶん、みんなの心の中では、もう答えが出てると思う。
そうだ。何事にも最低限のルールは必要だ。
報道自体は悪いことではないが、優先順位を間違えてはいけない。
助けるべき相手に迷惑を掛けてはいけない。
これが最優先だ。時には報道を断ることも必要になる。
でも、そんな事をしたら目立たなくて、モテなくなってしまうじゃないか。ボランティア部をやる意味がなくなってしまう、と心配してる人は居るだろうか。手を挙げて欲しい」
そんなこと言われて素直に手挙げる奴はいるわけない。
みんなニヤけて誤魔化してるが、ほぼ全員が出会い目的で入部してるわけだから、ほんとなら、多くの者が手をあげなきゃならんはずだ。
召愛さん、照れつつも、ぶっちゃけた。
みんな笑い出したよ。
大きな笑い声が波になって、廊下中に広がった。
そして、一人、また一人と、正直に手を挙げる奴が出て来て、最後には多くの奴らが手を挙げた。
そこで、流れが変わった。
羽里の演説を聴いていた生徒たちの多くが、廊下に響く爆笑を聞いて、召愛の演説に流れてきたのだ。
「手を挙げてくれた人たち、ありがとう。
君たちの動機が不純だとか、責めたいわけじゃないんだ。
だって、高校生が、恋人を捜し求めるのが不純なのか?
違う、それは、高校生らしい純粋なあり方だ。
むしろ君たちのように、慈善活動を行い、それを通して仲を深め合い、愛し愛される相手と出会えるなら、理想的な青春とすら呼べる。
そこで、皆に問いたい。
君たちが恋人にしたい相手は、次のうち、どちらだろう。
一人目は、テレビカメラに写っているときだけ慈善活動をして、困ってる人たちの事よりも、自分の出会いにばかり、がっついてる人。
もう一人は、テレビカメラに写らなくても、困った人のことを第一に思って、精一杯努力する人」
そこまで言って、召愛は意味深にニコリと笑った。
「皆の答えは決まり切ってるだろうから、どちらが良いかは挙手を求めない。
はっきりと言おう。
私は、そうして、みんなにモテモテになってもらいたい。
みんなが幸せになれば、今よりも他人を思いやった活動をできると信じている。
他人を思いやるためには、愛するためには、心の余裕が必要だ。
君たちみんながリア充になればいい。
そして、君たちが得た、その愛を、他者に分け与えていけるような、そんな学校にしたい」
最後に召愛がお辞儀し、踏み台から降りると、周りを囲んでいた生徒たちが、大きな拍手で見送った。
そこで俺は気づいたよ。
最初は羽里の側に居た聴衆が、ほぼ全員、召愛の側に来ていた。
そして、拍手をしていた。
俺と一緒に、階段で呼び込みをしていた遊田が、大きな溜息を吐いた。
生徒たちと握手をしている召愛を見やって、遊田は言ったよ。
たぶん遊田が言いたいのは、人を惹きけるための身振りや、表情、発声のテクニックとか、そういう事だろう。
召愛は遊田に握手を求めたが、遊田はプイッと、そっぽ向いて――
一昨日はエロDVDで打ち解けてたようにも見えたが、まだまだ、わだかまりは残ってるって事なんだろう。
切なそうに召愛は呟いた。
この先、自分と羽里にとってだけは、救いがない事を、理解してしまっているからだ。
永遠の対立、それだけが待っている。
だが、召愛はすぐに気を取り直した。
だが、召愛はそれでも、笑おうとするわけだ。
ならば、俺ができることは――
それしか、今の俺には、出来る気がしない……。
召愛と羽里。
二人のために、俺にもできることがあれば……。
遊田が俺の脇腹を肘で突いてきたよ。
余計なこと言うな、とだ。
と、召愛は嬉しそうに、ちょっぴり強引に遊田をハグしちゃったわけだ。
などと、天下の往来で、キャッキャうふふとやっている二人を眺めながら、俺は思った。このまま、遊田がデレてくれれば、平和なんだが、とだ。
俺はガッツポーズして言ったよ。
というわけでだ。
俺たち三人は、選挙事務所室へと、校舎の中を歩いて向かった。
その途中で、気づいた。
俺たちの後ろを、【議員】たちが付いて来てることにだ。
さっき召愛に食って掛かってきて、返り討ちにされた奴らを筆頭にして、ゾロゾロと来ている。
すんごい敵意剥き出しの眼差しを向けて来ちゃってるぜ。
でも、絡んでくる様子はない。
意図がわからない。
不気味である。