羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」①
文字数 4,184文字
放課後。
午後のホームルームが終わった時、クラスメイトは俺たちを含めて4名しか残っていなかった。
損耗率87%
これは、太平洋戦争におけるガタルカナル島で壊滅した、一木支隊第一梯団と同等の損害である。
生き残った俺たち4人は、すぐには立ち上がれず、全員が生気の抜けた顔で、しばらく席から立てないでいた。
その中の一人の女子は突然、笑いながら立ち上がり――
だが、そんな他人を気遣ってやれるほど、俺たちも余力があるわけではない。
もう一人の男子といえば――
彼には〝見えている〟のだろう。
そう言って彼は、見えないお友達と喋りながら、教室を出て行った。
二人、残された俺と召愛は全ての気力が燃え尽き、真っ白な灰になった気分だった。
これで一日、乗り越えたという、虚しい達成感と。
これが、三年間続くのかという、確かな絶望。
その狭間で、俺たちの心は、ポキリと折れにそうになっていたのだ。
俺たちは昇降口を出て、グランド脇の遊歩道を、校門へ向けて歩いた。
ゾンビのようにだ。
本来なら、この下校の時間なら、大勢の生徒で賑わってるんだろうが、極めて閑散としている。たぶん、他のクラスの損耗率も似たようなものだったのだろう。
召愛は校則による消耗とは別に、相変わらず浮かないままだった。
羽里から昼食をキャンセルされたことで、ずっと落ち込んでるのだ。
そん時だった。
後ろから誰かが走ってくる足音が近づいて来た。
その誰かは、俺たちの真後ろで立ち止まり。
遠慮がちで、緊張したような声で、こう言った。
俺たちは振り向いたよ。
羽里が息を切らしてた。
大きな書類袋を持っていて、よく見れば大手銀行の店名がプリントされている。つまり、羽里は銀行の用事とやらから帰ったばかりで、俺たちの姿が見えたから駆けつけてきた、といったとこなんだろう。
昼食をキャンセルしたことを、よっぽど気にしてたのかも知れない。
というわけで連行された。
お茶というくらいだから、お嬢様的な物価の喫茶店に連れて行かれるのかと思って、財布の中身的にヒヤヒヤしていた。
が、そんな事はなかった。
学園の応接室に連れて行かれたのだ。
給湯室も整ってるし、冷蔵庫などもある。来客が使ってない空き時間には、生徒たちも申請すれば使うことができるのだそうだ。
俺たちはそこのソファーセットに羽里と向かい合って座った。
英国式アフタヌーンティーという奴で、それを出してくれたのはメイド。歴戦の風格があるおばちゃんメイドだ。ファンタジーにしか存在しないと思ってたそれが、目の前でお茶を注いでくれた姿に、俺は感動してしまった。
ケーキも出してくれたのだが、これまた格別で、俺が今まで食ってきたケーキと呼ばれる物体は、食器洗いスポンジに、白い泡を乗せただけの物だったんじゃないのか? と真剣に考えてしまうくらいだ。
召愛も目をキラキラさせて貪り食ってるよ。
「馬鹿げた贅沢をしていると思われるでしょうが、そうではありません。健全な経済を維持するためには、マクロでの通貨の流動性を保つ必要がある。
日本経済の一翼を担うこの身であれば、私財はため込まずに、人々に還元するべきです。これが、『贅沢は我が敵なれど世の味方』当家の家訓です」
「毎年、所得の10%を寄付もしていますが、乗数効果を計算したところ、寄付よりも、浪費のほうが社会へ好影響をもたらすと、シンクタンクが結論を出しています。
なのでさらに+で10%を、浪費するのが、羽里家の方針です」
ここでまた、ドンパチやらかしても、事態は改善しない。
学校の説明会なんざ、学生にとっちゃ、せいぜい校舎を見に行くのが目的だ。
まともに説明会を聞いてる学生が居ると思ってんのか?
あー、こういう優等生には、そーいう感覚がわからんのだろうなあ……。
けど、高校全書の最初の方に書かれてたってなら、召愛の担当のはずだが。
いったい、どうなってるんだ?
しかし、この制度、もしかしないでも、毎朝、パンツの色まで、監督者職員のおっさんや、おばさんにチェックされんのか……。
さすがに嫌だが……背に腹は代えられん。
今日みたいな激戦を、これから3年、ノーミスで続けるなんて、絶対無理だ。
羽里が書類をテーブルの上に置いたよ。
そう言って羽里は応接室を出て行った。
俺たちは速攻でサインしたね。
詳細事項には、小さな文字で何十行も小難しい法律用語なんかが並べてあって、読む気がしなかったしな。
羽里が戻って来た時には、俺たちはお菓子食いまくってたぜ。
それだけ言うと、羽里は再び応接室を出て行ってしまった。
ていうか。
今、なんて言った……。