羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」①

文字数 4,184文字

 放課後。


 午後のホームルームが終わった時、クラスメイトは俺たちを含めて4名しか残っていなかった。

 損耗率87%

 これは、太平洋戦争におけるガタルカナル島で壊滅した、一木支隊第一梯団と同等の損害である。


 生き残った俺たち4人は、すぐには立ち上がれず、全員が生気の抜けた顔で、しばらく席から立てないでいた。


 その中の一人の女子は突然、笑いながら立ち上がり――

「うふふ、あはは……。

 みんな……みんな、どこに行ったの?

 ねえ、誰か答えてよ!

 あははは、あはははははは!」

 明らかに正気を失った様子で、廊下へ出て行った。

 だが、そんな他人を気遣ってやれるほど、俺たちも余力があるわけではない。

 もう一人の男子といえば――

「よお、加藤、一緒に帰ろうぜ。どっか寄ってかね?」
 一見、爽やかに友だちを誘っているように見えるが、彼が見ている席には誰も座っていない。すでに停学になっている友人に話しかけているのだ。

 彼には〝見えている〟のだろう。

「え、吉野屋? ああ、今日って半額の日だっけ、いいぜ」

 そう言って彼は、見えないお友達と喋りながら、教室を出て行った。 


 二人、残された俺と召愛は全ての気力が燃え尽き、真っ白な灰になった気分だった。

 これで一日、乗り越えたという、虚しい達成感と。

 これが、三年間続くのかという、確かな絶望。

 その狭間で、俺たちの心は、ポキリと折れにそうになっていたのだ。

「あー……、召愛。そろそろ帰るか」
「うー……、そうしよう」

 俺たちは昇降口を出て、グランド脇の遊歩道を、校門へ向けて歩いた。

 ゾンビのようにだ。

 本来なら、この下校の時間なら、大勢の生徒で賑わってるんだろうが、極めて閑散としている。たぶん、他のクラスの損耗率も似たようなものだったのだろう。


 召愛は校則による消耗とは別に、相変わらず浮かないままだった。

 羽里から昼食をキャンセルされたことで、ずっと落ち込んでるのだ。


 そん時だった。

 後ろから誰かが走ってくる足音が近づいて来た。

 その誰かは、俺たちの真後ろで立ち止まり。

 遠慮がちで、緊張したような声で、こう言った。

「ちょっと待って、あなたたち。

 帰る前に……お茶でも、どうでしょうか」

 俺たちは振り向いたよ。

 羽里が息を切らしてた。


 大きな書類袋を持っていて、よく見れば大手銀行の店名がプリントされている。つまり、羽里は銀行の用事とやらから帰ったばかりで、俺たちの姿が見えたから駆けつけてきた、といったとこなんだろう。


 昼食をキャンセルしたことを、よっぽど気にしてたのかも知れない。

「う、う……うん!」
 召愛さん、なんとまあ、泣きそうになって、頷いちゃったよ。
「良かったな、召愛」
 俺は二人に手を振り、一人で帰ろうとした。
「コッペくんにも話しがあります。一緒に来てください」
「なんでだ」
「あなたたち、午前の授業中、とんでもない事してましたね」

「心あたりが多すぎて、どれだかわからん」

「防犯カメラの映像を、あとから見せられて、頭を抱えました」

「そこは、笑ってくれた方が、当事者にとっては救いになる。

 ぜひ、笑ってくれ」

「嫌です。心底、嫌。

 首を紐で繋ぐのを禁止する条項を、加えるべきだったと後悔しました。あれは人間のするべき事ではない」

「なんで予めそういう校則を作らなかった?」

「この世に、あんな事をしでかす生物が、二匹以上存在するという想像力が、わたしに無かったからです。

 とにかく、一緒に来て。いいですね?」

 というわけで連行された。


 お茶というくらいだから、お嬢様的な物価の喫茶店に連れて行かれるのかと思って、財布の中身的にヒヤヒヤしていた。


 が、そんな事はなかった。


 学園の応接室に連れて行かれたのだ。

 給湯室も整ってるし、冷蔵庫などもある。来客が使ってない空き時間には、生徒たちも申請すれば使うことができるのだそうだ。


 俺たちはそこのソファーセットに羽里と向かい合って座った。

 英国式アフタヌーンティーという奴で、それを出してくれたのはメイド。歴戦の風格があるおばちゃんメイドだ。ファンタジーにしか存在しないと思ってたそれが、目の前でお茶を注いでくれた姿に、俺は感動してしまった。


 ケーキも出してくれたのだが、これまた格別で、俺が今まで食ってきたケーキと呼ばれる物体は、食器洗いスポンジに、白い泡を乗せただけの物だったんじゃないのか? と真剣に考えてしまうくらいだ。

 召愛も目をキラキラさせて貪り食ってるよ。

「なあ、羽里。こういうお菓子って、お嬢様的には、贔屓の店とかやっぱあるのか?」

「いいえ、先ほど自宅のパティシエに作らせて、空輸させたものです」

「……」



(桁が違いすぎて、どんなリアクションすればいいかわからねえレベルだぜ。輸送費だけで、どんだけ掛かってるのか想像したくない)

「馬鹿げた贅沢をしていると思われるでしょうが、そうではありません。健全な経済を維持するためには、マクロでの通貨の流動性を保つ必要がある。


 日本経済の一翼を担うこの身であれば、私財はため込まずに、人々に還元するべきです。これが、『贅沢は我が敵なれど世の味方』当家の家訓です」

「そりゃ、ご立派なことだ。

 でも、普通に寄付をすりゃいいんじゃないのか」

「毎年、所得の10%を寄付もしていますが、乗数効果を計算したところ、寄付よりも、浪費のほうが社会へ好影響をもたらすと、シンクタンクが結論を出しています。

 なのでさらに+で10%を、浪費するのが、羽里家の方針です」

「慈善活動としての、浪費ってのもあるんだな……。

 それはそうとして、話しってのはなんだ」

「そうだぞ、彩。

 私たちは、たった一つと言えども、校則違反はしてない。

 むしろ、私は君に言いたいことが山ほど――」

 俺は咄嗟に、召愛の口を手で塞いで止めさせたよ。

 ここでまた、ドンパチやらかしても、事態は改善しない。

「やめとけ召愛。

 お前がしなきゃならないのは、羽里と喧嘩することじゃない。

 逆だろ?」

「わかっている……。ここでやりあうつもりはない」
「言いたいこと――だいたい予想がついています。

 今日、停学になった生徒の数について、でしょう?」

「そうだ。このままでは、生徒が一人も居なくなってしまうぞ。

 私のクラスなど4人しか生き残れなかった」

「4人ならば、優秀な方です」
「――!?」
「それは……どういう意味だ?」
「停学にならずに下校できた者のクラス平均は3.7名です。

 なお、1組と6組は全滅……0人になりました」

「これが……君の作りたかった楽園、なのか?」
「そうです。校則が決まっているのだから、守れば良いだけです。

 守らないから停学になる。守らない方が悪い。単純じゃないですか。

 みんなちゃんと守れば、平和になるんですから」

「っ――!!」
 召愛は何かを強い調子で言おうとしたが、ぐっと堪えて言葉を飲み込んだ。
「それに、この学校は営利が目的ではない。

 生徒数が一桁になろうが、まったく構いません。

 校則を守る事ができない者には出て行ってもらう。それだけです」

「彩……今は、何も言わないでおくが。私がこの状況に対して、厳しい反対意見を持っていることは理解してくれ」
「わかっています。いつかあなたも理解してくれると信じてもいる。

 

 しかし、あなたたちは退学・留年リーチになっていながら、なぜ要被重監督者制度の申請をしないのですか?」

「よう、ひ、じゅう、かんとくしゃ……?」

「なんだ、そりゃ……?」
「あなたたち、まさか、この制度……知らないのですか?」
「……」
「知らん……」

「学校説明会でも話しがあったはずですし、

 校則全書の最初にも書いてあるでしょう?」

 学校の説明会なんざ、学生にとっちゃ、せいぜい校舎を見に行くのが目的だ。

 まともに説明会を聞いてる学生が居ると思ってんのか?

 あー、こういう優等生には、そーいう感覚がわからんのだろうなあ……。


 けど、高校全書の最初の方に書かれてたってなら、召愛の担当のはずだが。

 いったい、どうなってるんだ?

「……」

「……………」

「…………………」

「校則とは関係ない文章だと思って、読み飛ばしてしまってた!」

「おい、召愛、チョップしてもいいか」

「止めておきなさい、コッペくん。退学になりますよ」

「はぁ……


 仕方がないですね……。説明します。

 要被重監督者制度、というのは、今、コッペくんのチョップを止めさせたみたいな物です」

      いまいちピンと来ない。

「重度の執行猶予を背負ってしまった生徒が、うっかりミスで、長期停学や、退学をしなくて済むように、校則の知識が豊富な職員を側に付けて、生活する権利が保証されている。

 これが、要被重監督者制度です」

「なんだそりゃ、至れり尽くせりじゃねえか!」

「校則を守ろうとする意思がある限りは、

 全力でサポートするのが我が校の方針です」

「おお、それは素晴らしい。

 もう、スースーしなくて済むんだな!」

「スースー、とはなんのこと?」
「気にするな。我々の業界用語だ」

 しかし、この制度、もしかしないでも、毎朝、パンツの色まで、監督者職員のおっさんや、おばさんにチェックされんのか……。

 さすがに嫌だが……背に腹は代えられん。

 今日みたいな激戦を、これから3年、ノーミスで続けるなんて、絶対無理だ。

「よし、コッペ、申請しよう」
「むろんだ。卒業するには、どう考えてもこれしかねえぜ」

 羽里が書類をテーブルの上に置いたよ。

「では、二人とも、その申請書の詳細に、よーく目を通した上で、サインをして貰えば、申請は完了します。

 わたしは席を外して、電話をしてこないといけないので、質問がある場合は、あとでお願いします」

 そう言って羽里は応接室を出て行った。

 俺たちは速攻でサインしたね。


 詳細事項には、小さな文字で何十行も小難しい法律用語なんかが並べてあって、読む気がしなかったしな。

 羽里が戻って来た時には、俺たちはお菓子食いまくってたぜ。

「質問は、無いようですね。

 わたしは手続きを終わらせてきます。

 グループホーム寮は、30分後には用意が出来てるはずなので、少しゆっくりしてから、行ってください」

 それだけ言うと、羽里は再び応接室を出て行ってしまった。


 ていうか。

 今、なんて言った……。

「……?」
(グループホーム……寮、だと?)
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登場人物紹介

通称:コッペ


パンを食いながら走ると、美少女と出会えるという、王道ラブコメ展開の罠にかかった不運の主人公。

ぴちぴち元気な高校一年生の16歳。


コッペパンを食いながら激突してしまった相手が、美少女ではなく、ガチムチ紳士だったという、残念な奴。

そのせいで、あだ名がコッペになってしまう。


超ブラック校則学校、羽里学園に、そうと知らずに入学してしちゃったウッカリさん。

健気に、理不尽な校則と戦うぜ。

がんばれ。

名座玲 召愛 (なざれ めしあ)


コッペと共に、超ブラック校則学園、羽里学園に入学する女子高生。

高校一年生。


ドン引きするほど、良い奴だが、ドン引きするほど、すごく変人。

という、類い希なるドン引き力を兼ね備えた、なんだかんだ超良い奴。

なので、事ある毎に、羽里学園のブラック校則と対決することに。


こんなキラキラネームだが、どうやら、クリスチャンじゃないらしい。

聖書も1ページすら読んだ事もないらしい。

そのくせ、自分をとんでもない人物の生まれ代わりであると自称しだす。

究極の罰当たりちゃん。


座右の銘は。

「自分にして貰いたいことは、他人にもしてあげよう」

いつの頃からか、このシンプルな法則にだけ従って行動してるようだ。

羽里 彩 (はり さい)


超ブラック校則学校、羽里学園を作った張本人。

つまり、理事長、そして、暫定生徒会長。

そう、自分で作った理想の学校に、自分で入学したのです。

他人から小中学生に見られるが、ちゃんと16歳の高校生。


世界有数の超大企業の跡取りであり、ハイパーお嬢様、ポケットマネーは兆円単位。


人格は非の打ち所のない優等生で、真面目で、頭が硬く、そして、真面目で、真面目で、真面目で、頭が硬い。


真面目すぎて千以上もあるブラック校則を、全て違反せずに余裕でこなす。

つまり、ただのスーパーウルトラ優等生。

遊田 イスカ (ゆだ いすか)


コッペたちのクラスメイト。みんなと同じ16歳。

小学生まで子役スターだった経歴を持つ、元芸能人。

物語の中盤から登場して、召愛に並々ならぬ恨みを抱き、暴れ回るトラブルメイカー。

通称:【議員】のリーダー 

本名: 波虚 栄 (はうろ はえる)


【議員】と俗称されるエリート生徒たちのリーダー。

厳格な校則を維持することに執着し、それを改正しようとする召愛と、激しく対立する。

校則の保守に拘ることには何かしら過去に理由があるようだ。

高校一年生だが17歳。

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