羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」③
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羽里の悲鳴で目が醒めた。
寮の一階からだ。ドタバタ走り回る足音も聞こえてくる。ただ事じゃない。
俺は飛び起きたよ。私室の中は真っ暗で、日没後の時刻だとはわかる。
強盗か何かか? こんなセキュリティーの厳重なところに?
とにかく俺はベランダから短めの物干し竿を手にとり、それを構えながら、急いで部屋を出て、階段を下りた。
走り回る足音は居間からだ。
俺は意を決して、廊下を走り抜け、居間へと飛び込んだ。
したらだ。俺の目は、今まさに毒牙にかからんとする、あられもない姿の羽里を捉らえてしまった。ただし――毒牙を剥いているのは、強盗なんかじゃない。
召愛さんでした。
こうね、ニコニコした召愛さんがね、羽里をね、万歳ポーズをさせて、服を脱がせてたところでね。
こう、羽里の脱がされかけの白い背中に、レースの紐が見えたよ。
しかし、小学生にすら見られる〝羽里らしい身体的特徴〟のせいで、色んな意味で犯罪くさい光景すぎて、健全な男子高生たる俺ですら、素直に喜べん感じになってしまっていてだな。
もう一度、居間の中の二人へ顔を向けた。
したらだ。羽里は、もうすっかり上をスポーンってされちまっててだな。
なんつってこう、両腕で胸を隠して、後ろを向いちまったわけだ。
いったいどうしろと……。
召愛、指さした。
キッチンのシンクをだ。
自信満々で曰う召愛さん。
俺は頭を抱えた。
それは、ペットですか?
いいえ、それは、人間です。
そりゃ、羽里は全力拒否するわけだな……。
召愛が頭の上に持ち上げていたトレーナーを、羽里は全力でジャンプしてやっと取り返し、あっという間に着込んだ。
羽里は、何か言いたいことがありそうな雰囲気だったんだ。
それが何かはわからんが、言い出すタイミングを見計らうみたいに、見えたもんでね。
羽里はまだ何か言いたそうに、俺が飯食ってるのを、じっと見てるよ。
本題があるなら、さくっと切り出してくれればいいんだが……。
でもね。羽里が言い出そうとしてる事が、なんとなく良くない事なんだろうって予感はしてる。
例えばそれは、さっきみたいな、召愛たちが他愛もないキャッキャうふふ的行為を繰り広げるという、平和で平和で仕方ない光景が――過ぎ去ってしまうような、そんな未来への扉が開かれてしまう予感だ。
どうしても言わなければならない、というような口調でだ。
俺の中学校でもそうだったが、生徒会は校則を発議する権限が与えられてた。
でも実際にその裁可を下すのは、教師たちだった。
この学校では生徒会が直接、校則を変えることができる、ということなんだろう。
生徒から選ばれたわけではない。
だから、立候補して正式に生徒たちから選ばれれば、皆からこの学校が支持されているということを証明できる――そう考えているのだろう。
しかし……。
いささか理想主義的すぎる。
こいつは優等生だから、わからないんだろう。
〝俺ら〟がどんだけ馬鹿で、どうしようもない生物なのか。
厳格な規則のもとで、悪が一切ゆるされない安全な学校を作りたい。
その理想は皆も理解してくれるかも知れないが、こんだけ校則が厳しければ、これを変えたいと願う奴のほうが多くなるに決まってる。
「わたしは、人間の救いがたさの全てを、この身で味わって来た。
だから、この学校を作った。
今はまだ、皆、校則に慣れていないから、一日で9割近くが停学になるような事が起こるでしょうが、停学者には校則全書の模写が義務付けられますので、徐々に損耗率は低下して、普通の学校並になるはずです。
そうなれば、この学校の安全性や快適性をみんな理解してくれる」
「ただの本音だよ。せっかく召愛と一緒に居られるようにするために、学校まるごと一つ作っちまったんだろうが?
なのに、なんで、校則なんてもんで喧嘩しなきゃならない?
俺的には、お前らが小難しい話しで言い合ってるのを見るよりも、服を脱がせ合ってる光景を見ていたい。明日からも、明後日からも、卒業するまで、卒業してからも、ずっとだ。
九十歳のしわくちゃな婆さんになったお前たちが、老人ホームで乳繰り合って、羽里が召愛にババシャツを脱がされるのを、俺は番茶をすすりながら眺める。
これが俺のささやかな人生設計なんだ。わかるか?」
あいつが立候補すると言い出したら、できるだけ説得して止めさせるようにはする。でも、ほんとに、できるだけ……だぞ?
これくらいしか約束できないが、いいか?」
羽里は本当にありがたそうに頷いたわけだ。
それを見てて、俺は不安しか感じなかった。
こいつは本当に、召愛が同調してくれるかも知れないと思ってしまってる……。
これから30日間。
召愛は羽里とできるだけ仲良くなろうと努力するだろうが、それが余計に羽里に幻想を抱かせてしまう事になるかも知れない。
だが、30日後に待っているのは、たぶん――いや……考えるのは止めておこう。
本当に30日間で羽里と召愛が理想的な形で親友に戻り、校則がまともになる可能性だって残されている。
今は、そこに期待を寄せておくべきだろう