羽里彩は言った。「羽里学園は完璧な学校であり、幸せは生徒として当然の義務です」③

文字数 4,207文字

「や、いやー!」

 羽里の悲鳴で目が醒めた。

 寮の一階からだ。ドタバタ走り回る足音も聞こえてくる。ただ事じゃない。


 俺は飛び起きたよ。私室の中は真っ暗で、日没後の時刻だとはわかる。

 強盗か何かか? こんなセキュリティーの厳重なところに? 


 とにかく俺はベランダから短めの物干し竿を手にとり、それを構えながら、急いで部屋を出て、階段を下りた。


 走り回る足音は居間からだ。

 俺は意を決して、廊下を走り抜け、居間へと飛び込んだ。

 したらだ。俺の目は、今まさに毒牙にかからんとする、あられもない姿の羽里を捉らえてしまった。ただし――毒牙を剥いているのは、強盗なんかじゃない。

「まてー♪」

 召愛さんでした。

 こうね、ニコニコした召愛さんがね、羽里をね、万歳ポーズをさせて、服を脱がせてたところでね。


「――!」

 こう、羽里の脱がされかけの白い背中に、レースの紐が見えたよ。

 しかし、小学生にすら見られる〝羽里らしい身体的特徴〟のせいで、色んな意味で犯罪くさい光景すぎて、健全な男子高生たる俺ですら、素直に喜べん感じになってしまっていてだな。

「み、見ないでコッペくん!」
   つーか……、なんだこの状況。

「あー……。なんだ、その。なんかすまん。

 そういうプレイだったみたいだな。邪魔した」

 俺は目を逸らして、回れ右、居間から出て行こうとしたよ。
「待って、助けて、助けてください!」
「あぁ?」

 もう一度、居間の中の二人へ顔を向けた。

 したらだ。羽里は、もうすっかり上をスポーンってされちまっててだな。

「だ、ダメ、見ないでって言ってるじゃないですか!」

 なんつってこう、両腕で胸を隠して、後ろを向いちまったわけだ。

 いったいどうしろと……。

「お、おい、召愛。こりゃ、いったい、なんなんだ?」
「そろそろ風呂だと思って、一緒に行こうと誘ってただけだ」

「羽里は恥ずかしいんだろ。やめといてやれよ」

「そんなことない。中学のころまでは、よく一緒に入ってた」
「風呂に二人以上で入ると、警報鳴るって、説明されたろうが」
「体を洗うなら風呂場じゃなくてもいい」
「じゃあ、どこで洗おうってんだ」

 召愛、指さした。

 キッチンのシンクをだ。

「お湯がちゃんと出る」

 自信満々で曰う召愛さん。


 俺は頭を抱えた。

「彩だけでも洗ってやるかと思ってたんだ。

 ほら、彩なら丁度すっぽり収まりそうだろう?」

 それは、ペットですか?

 いいえ、それは、人間です。

 そりゃ、羽里は全力拒否するわけだな……。 

「やめてやっとけ。人間の尊厳的にだ」

「そんな事より。君がこの場に居るということは、女子の入浴を覗こうとしている事になる。即刻出て行くべきだ」

「それ言うなら。キッチンにも防犯カメラあるんだぞ。

 警備員のお兄さんに見られる」

「ハッ、困った。どうしよう……」
「忘れてたのかよ……。良かったなあ、俺が飛び起きて」
「せっかくお泊まりしてるのに、一緒に風呂に入れないなんて!」
「なら、健康ランドにでも行ってきたらどうだ」
「名案だ。よし、彩、明日の放課後はそうしよう」
「わかった、わかったから、服返してよぉ!」

召愛が頭の上に持ち上げていたトレーナーを、羽里は全力でジャンプしてやっと取り返し、あっという間に着込んだ。

「じゃー、風呂は先にもらう」

 召愛は鼻歌交じりのスキップで、廊下を風呂へと行ってしまった。
まったく、大したはしゃぎようだな。召愛の奴は」
 俺は居間の隣のダイニングのテーブルに行って、そこに置かれてた夕飯を食い始めたよ。他の二人の分がないのを見るに、俺が寝てる間に食ってたんだろう。
「お前も大変だなあ、羽里」
 居間の方からじっと俺を見てる羽里へと話しかけたよ。

 羽里は、何か言いたいことがありそうな雰囲気だったんだ。

 それが何かはわからんが、言い出すタイミングを見計らうみたいに、見えたもんでね。

「召愛の監督者になった時から、覚悟はしていました」
「そうは言うけど。召愛だから、監督者を引き受けたんだろ?」

「勘違いです。

 監督者として一番に登録したのが、わたしだったから、最初に申請してきた要被重監督者の担当になっただけです」

「でも、召愛以外なら、一緒に健康ランドに行ったりしないだろ?」
「プライベートな時間に、わたしが何をしようが、自由です」

「そういう事にしといてやる」

「……」

 羽里はまだ何か言いたそうに、俺が飯食ってるのを、じっと見てるよ。

 本題があるなら、さくっと切り出してくれればいいんだが……。


 でもね。羽里が言い出そうとしてる事が、なんとなく良くない事なんだろうって予感はしてる。


 例えばそれは、さっきみたいな、召愛たちが他愛もないキャッキャうふふ的行為を繰り広げるという、平和で平和で仕方ない光景が――過ぎ去ってしまうような、そんな未来への扉が開かれてしまう予感だ。

「30日後から――」
 と、羽里は、やっと切り出した。

 どうしても言わなければならない、というような口調でだ。

「30日後から、生徒会長選挙の立候補受付が始まります」
「なんでそんな事を俺に言う?」

「生徒会は、例えるなら立法府、生徒会長は大統領、役員は国会議員のようなものです。校則の作成や改正、撤廃を行うことができる。

 これは他校のようなお飾りじゃない。効力を発揮します」

 俺の中学校でもそうだったが、生徒会は校則を発議する権限が与えられてた。

 でも実際にその裁可を下すのは、教師たちだった。


 この学校では生徒会が直接、校則を変えることができる、ということなんだろう。

「随分と危ういシステムだな。

 生徒に校則を変える権限なんか与えたら、下手したら校風がガラッと変わる。それでいいのか?

 お前の〝楽園〟が壊されちまうかも知れないな?」

「わたしは信じてる。

 わたしの作ったこの学校を、皆が理解し、愛してくれると。

 だから、わたしも生徒会長候補として立候補するつもりです」

 羽里は今も生徒会長ではあるが、あくまで暫定生徒会長だ。

 生徒から選ばれたわけではない。

 だから、立候補して正式に生徒たちから選ばれれば、皆からこの学校が支持されているということを証明できる――そう考えているのだろう。


 しかし……。

 いささか理想主義的すぎる。

 こいつは優等生だから、わからないんだろう。


〝俺ら〟がどんだけ馬鹿で、どうしようもない生物なのか。


 厳格な規則のもとで、悪が一切ゆるされない安全な学校を作りたい。

 その理想は皆も理解してくれるかも知れないが、こんだけ校則が厳しければ、これを変えたいと願う奴のほうが多くなるに決まってる。

「どうせコッペくんは、こんな事を考えてるんでしょうね。

 雲の上で育ったお嬢様には、世間なんて何もわかってない、と」

「よくわかったな?」

「わたしは、人間の救いがたさの全てを、この身で味わって来た。

 だから、この学校を作った。


 今はまだ、皆、校則に慣れていないから、一日で9割近くが停学になるような事が起こるでしょうが、停学者には校則全書の模写が義務付けられますので、徐々に損耗率は低下して、普通の学校並になるはずです。


 そうなれば、この学校の安全性や快適性をみんな理解してくれる」

「で、俺にこんな話しを、なぜするんだ。

 夕食時の会話としてはヘヴィ過ぎる。健全な男子高生の一意見としては、女子高生が乳繰り合ってるのを眺めながら、美味い飯を食いたい」

「冗談ですね?」

「ただの本音だよ。せっかく召愛と一緒に居られるようにするために、学校まるごと一つ作っちまったんだろうが?


 なのに、なんで、校則なんてもんで喧嘩しなきゃならない?

 俺的には、お前らが小難しい話しで言い合ってるのを見るよりも、服を脱がせ合ってる光景を見ていたい。明日からも、明後日からも、卒業するまで、卒業してからも、ずっとだ。


 九十歳のしわくちゃな婆さんになったお前たちが、老人ホームで乳繰り合って、羽里が召愛にババシャツを脱がされるのを、俺は番茶をすすりながら眺める。

 これが俺のささやかな人生設計なんだ。わかるか?」

「はぁ……」
    肩を竦められちゃったよ。
「そんな呆れることもないだろ。成り行きとはいえ、〝戦友〟になっちまった奴が、元親友と喧嘩して塞ぎ込んでるよりも、仲良くして楽しそうにしていて貰いたい。俺が願ってるのは、それだけの事だ」

「ならばコッペくん。

 わたしたちの利害は一致してる」

「利害?」

「単刀直入に言います。

 召愛が、生徒会長に立候補しようとしたら、止めて欲しい……。


 わたしは召愛とこれ以上、対立したくない。また親友に戻りたい」

「召愛が校則を変えようとして、立候補するかもってことか?

 確かに、このままじゃ十分有り得るが」

「そうです」
「でも……どっちにしろ、校則をこのままにしてたら、あいつと喧嘩することになるだろう?」
「召愛は――さっき二人きりの間、校則の話しは一言もしなかった」
「そりゃ、お前とまた仲良く成れば、話しを聞いてもらえるかもと思ってるからだ。校則のことを忘れようとしてるわけじゃない」

「わかっています……。でも、召愛もこの学校に馴染んでいけば、考えが変わるかも知れない」
「本当にそう思ってるのか? 違うだろ。

 だから、召愛が立候補するかもと考えてるんだよな?」

「……」
「お前が考えを変えない限りは、召愛は必ず立候補する」
「……!

 そうとは限らない。私のことを理解してくれ、同調してくれる!」

「でもまあ、俺としても、できればお前らには穏便に済ませて貰いたい。選挙で対決なんてことをさせずにだ。

 あいつが立候補すると言い出したら、できるだけ説得して止めさせるようにはする。でも、ほんとに、できるだけ……だぞ?

 これくらいしか約束できないが、いいか?」

「は、はい!」
 なんてだ。

 羽里は本当にありがたそうに頷いたわけだ。


 それを見てて、俺は不安しか感じなかった。

 こいつは本当に、召愛が同調してくれるかも知れないと思ってしまってる……。

 

 これから30日間。

 召愛は羽里とできるだけ仲良くなろうと努力するだろうが、それが余計に羽里に幻想を抱かせてしまう事になるかも知れない。


 だが、30日後に待っているのは、たぶん――いや……考えるのは止めておこう。

 本当に30日間で羽里と召愛が理想的な形で親友に戻り、校則がまともになる可能性だって残されている。


 今は、そこに期待を寄せておくべきだろう

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登場人物紹介

通称:コッペ


パンを食いながら走ると、美少女と出会えるという、王道ラブコメ展開の罠にかかった不運の主人公。

ぴちぴち元気な高校一年生の16歳。


コッペパンを食いながら激突してしまった相手が、美少女ではなく、ガチムチ紳士だったという、残念な奴。

そのせいで、あだ名がコッペになってしまう。


超ブラック校則学校、羽里学園に、そうと知らずに入学してしちゃったウッカリさん。

健気に、理不尽な校則と戦うぜ。

がんばれ。

名座玲 召愛 (なざれ めしあ)


コッペと共に、超ブラック校則学園、羽里学園に入学する女子高生。

高校一年生。


ドン引きするほど、良い奴だが、ドン引きするほど、すごく変人。

という、類い希なるドン引き力を兼ね備えた、なんだかんだ超良い奴。

なので、事ある毎に、羽里学園のブラック校則と対決することに。


こんなキラキラネームだが、どうやら、クリスチャンじゃないらしい。

聖書も1ページすら読んだ事もないらしい。

そのくせ、自分をとんでもない人物の生まれ代わりであると自称しだす。

究極の罰当たりちゃん。


座右の銘は。

「自分にして貰いたいことは、他人にもしてあげよう」

いつの頃からか、このシンプルな法則にだけ従って行動してるようだ。

羽里 彩 (はり さい)


超ブラック校則学校、羽里学園を作った張本人。

つまり、理事長、そして、暫定生徒会長。

そう、自分で作った理想の学校に、自分で入学したのです。

他人から小中学生に見られるが、ちゃんと16歳の高校生。


世界有数の超大企業の跡取りであり、ハイパーお嬢様、ポケットマネーは兆円単位。


人格は非の打ち所のない優等生で、真面目で、頭が硬く、そして、真面目で、真面目で、真面目で、頭が硬い。


真面目すぎて千以上もあるブラック校則を、全て違反せずに余裕でこなす。

つまり、ただのスーパーウルトラ優等生。

遊田 イスカ (ゆだ いすか)


コッペたちのクラスメイト。みんなと同じ16歳。

小学生まで子役スターだった経歴を持つ、元芸能人。

物語の中盤から登場して、召愛に並々ならぬ恨みを抱き、暴れ回るトラブルメイカー。

通称:【議員】のリーダー 

本名: 波虚 栄 (はうろ はえる)


【議員】と俗称されるエリート生徒たちのリーダー。

厳格な校則を維持することに執着し、それを改正しようとする召愛と、激しく対立する。

校則の保守に拘ることには何かしら過去に理由があるようだ。

高校一年生だが17歳。

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