【一日目】それぞれの結末へ『イスカの場合』
文字数 2,490文字
動物園から出るために歩いていて、鳥類コーナーの前に差し掛かった時だった。
不意に『イスカ』という文字が目に入った――
それは小鳥だった。
高い天井の檻に入れられて展示されていたのだ。
この鳥がもしかして、遊田の『イスカ』という名前の由来なのだろうか?
奇妙なクチバシだ。まるで、噛み合わせが壊れてしまったピンセット。
なんで遊田の両親は、こんな奇妙な鳥の名を、娘に付けたのだろう?
生態を解説してあるプレートには、こんな事が書いてあった。
『イスカの特長あるクチバシは、針葉樹の種をついばむために、進化したと考えられています。
なお、次のような伝承もあります。
イエス・キリストが張り付けになった時に、これを悲しんだイスカが、手に打ち込まれた釘を、どうにか抜いて助けようとして無理をしたため、クチバシが歪んでしまった、というものです。
このため、キリスト教文化圏においてのイスカは、正義を行う者、というイメージを持たれている小鳥です』
居たよ。いつの間にか、隣に居た。
笑顔で言ってみた。
そしたら、俺のケツが遊田に回し蹴りを食らって、どん! っとだな、やられたぜ。
こいつも変わったもんだ。
以前だったら、たぶんこうリアクションが返ってきた。
とか、清々しいクズ発言がだ。
なんか家に用があったんだろうか?
しかし、あれだな。
格好付けて〝真犯人〟になったは良いが、これからどうすりゃいいか絶望してた、なんて正直に言うのは、決まりが悪すぎるぜ……。
そりゃあ、あれだ。進路を決めにゃならんわけだし、オラウータン先輩に仕事を紹介してもらおうと思ってたんだ。時給バナナ3本くらいで、檻の中でボーッとしてればいいだけの、簡単なお仕事、そういうのを探してる」
「でね、お父さんはこう言ったわ。
『勘違いしていて済まなかった。お前がそんなボーイフレンドを選んで付き合っているとは思わなかったんだ。自分から正しい道を進むことが出来るようになったんだね』
とかニコニコしちゃってさあ。気持ち悪いったらありゃしないわ」
でも、そうするには、俺は内心で凹み過ぎてたらしい。
何も言い返せなかった。
それが妙に悔しかったんだ。
自分の行き詰まった現状を、認めたくなかったのかも知れない。
だから、苦し紛れに――。
むしろ、そんな気力などなかった。
冷たいじゃないか、なんて身勝手を思ってしまうと同時に、仕方ないのだろうとも思う。こいつは今や女優に返り咲いたのだ。そりゃあ、予定も多かろう。
良かったな遊田。お前の本来の人生に戻れたんだ。
でもその人生はたぶん――俺みたいな一般人なんかとは、かけ離れた物になるんだろうよ。なんせ、本物の天才って奴だ。
来年の今頃あたりには、また売れっ子になって、年に何回も映画に出てたりするかも知れないな。
でも、その時、俺は――
俺は、どうなっているのだろう?
昨日まで、同じ立場の親友だと思ってた奴が、今や俺では絶対に行けない場所へと、離れていってしまう、そんな気がしてしまってた。
俺も――自分の行き先を決めなければならない。
だけど、その行き先は――良い場所へたどり着ける予想は、まったく出来ない。
予感できていたのは、薄暗い……灰色の未来だけだ。