遊田イスカは言った。「本当の愛って……ただの本能?」

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 そんなわけで、漫画喫茶へ行き、遊田お勧めの劇場版ドラえもんトップ3+最新作のDVDを持って来て、ペアシートで見始めたわけだ。


 晩飯代わりに、ジャンクフードを注文しながらね。

 遊田はチーズハムサンドイッチが大好きらしく、そればっか食ってたな。


 遊田はドラえもんを見てる間ずっと――。

「危ない、ドラえもん。後ろから敵が来てる!」
 とか、小さな子供みたいに、騒いじゃってですね。
「あちゃー、これだから、のび太はのび太って言われるのよぉ……」
 とか。
「それ、今がチャンスよ。みんなでドラえもんを助けるの!」
 なんて風に、物語への入りこみ方が半端ない。
「リルルぅうー!

 消えちゃダメー!

 あ……。あっー!


 う……ヒック、ヒック。

 うん、大丈夫、大丈夫だからね。

 あんたが生まれ変わったら……。

 あたしが、あたしが、友だちになってあげるからね!」

 なんて泣きだしたと思えば――最後には。
「…………はあ」
 笑顔になって、しばらく、余韻にひたってらっしゃるご様子でした。

 そんなにまで真剣になって、ドラえもんを見ている遊田を眺めてて、俺は確信したよ。


ジャイアンがのび太を思いやって、手を差し伸べる世界


 遊田が心の奥底で望んでいるのは、やはり、そういう事なんだろう、と。





「あー、最高だったわね」

 漫画喫茶を出た直後に、遊田は大きく背伸びをした。


 桜木町の街はすっかり夜更け。

 人通りも多くなく、走っている車はタクシーばかり。

 俺は遊田の後について、海側へと歩いていった。駅とは反対側だ。 

「満足したか?

 そろそろお開きにしようぜ」

 目がチカチカしてたよ。文化祭で映写技師をやったあとで、

 さらに6時間くらいぶっ続けで、あれだからね。

「なに言ってるのよ。

 まだデートらしいこと何もしてないじゃない」

「動物園行ったじゃないか。

 乙女ゲーだったら、安定して相手の好感度が+2になるくらい、定番のデートコースだろう?」

「あれはデートじゃなくて、動物園浴。

 あたしの精神的な健康法よ」

「ペアシートで映画も見ただろう?

 あれ一応、カップルルームっていう、

 こそばゆいネーミングだったんだぞ」

「劇場版ドラえもんは礼拝行為だもん」

「宗教なのか、あれは……」

「ええ、そうよ。ドラえもんこそが神だわ。

 あんたも信者よね。じゃ、あたしが教祖でいいわね。

 言わずもがな、教祖の言うことには絶対服従よ」

「はいはい。

 んで、教祖様は、次はどこ行きたいんだ」

「やっぱ、最後くらいはちゃんとデートらしい事したいわよね?」

「強制連行されてる俺に、それを聞くのか?」

「なんだかんだ、自分の意思で来たんじゃない。

 ほんとは、あたしとデートしたかったんじゃないの?」

 もし、そういう分かり易い動機なら、最初の時点で、ラブホに直行してたろうよ。

 けどだ。

 実際、なんで、俺はこいつに付き合って、こんな時間まで、ここに居るのかと問われると、答えに困る。


 一つ言えることは、動物園で、本当の遊田を知ってしまったことだ。

 クズクズしい女子高生ではなく、元子役スターでもなく――。

 ただ、誰かから本当の愛を向けてもらいたいと願う、そういう女の子としての遊田だ。

「どうせ、俺が何を言ったところで、聞きゃあしないだろ。

 お前に付き合ってる理由については、好きなように解釈しとけ」

「じゃ、決まり。コッペはあたしとデートがしたかった」

「ああ、勝手にそうしとけ。で、行き先は?」

 俺たちは日本郵船博物館の近くの、万国橋の手前まで来ていた。

 この先にあるのは、『みなとみらい』と呼ばれる一角で、赤煉瓦倉庫や、ミニ遊園地コスモワールドなんかがある。

「やっぱ、横浜の夜のデートと言ったら、あれでしょ」

 遊田が指さしたのは、夜の横浜にそびえ立つ、光の大時計。

『大観覧車コスモクロック21』だった。



「スーパーロマンチックなムードで、あんたをメロメロにして、召愛をぎゃふんと言わせてやるわ」

「はいはい。せいぜい、がんばれ」
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登場人物紹介

通称:コッペ


パンを食いながら走ると、美少女と出会えるという、王道ラブコメ展開の罠にかかった不運の主人公。

ぴちぴち元気な高校一年生の16歳。


コッペパンを食いながら激突してしまった相手が、美少女ではなく、ガチムチ紳士だったという、残念な奴。

そのせいで、あだ名がコッペになってしまう。


超ブラック校則学校、羽里学園に、そうと知らずに入学してしちゃったウッカリさん。

健気に、理不尽な校則と戦うぜ。

がんばれ。

名座玲 召愛 (なざれ めしあ)


コッペと共に、超ブラック校則学園、羽里学園に入学する女子高生。

高校一年生。


ドン引きするほど、良い奴だが、ドン引きするほど、すごく変人。

という、類い希なるドン引き力を兼ね備えた、なんだかんだ超良い奴。

なので、事ある毎に、羽里学園のブラック校則と対決することに。


こんなキラキラネームだが、どうやら、クリスチャンじゃないらしい。

聖書も1ページすら読んだ事もないらしい。

そのくせ、自分をとんでもない人物の生まれ代わりであると自称しだす。

究極の罰当たりちゃん。


座右の銘は。

「自分にして貰いたいことは、他人にもしてあげよう」

いつの頃からか、このシンプルな法則にだけ従って行動してるようだ。

羽里 彩 (はり さい)


超ブラック校則学校、羽里学園を作った張本人。

つまり、理事長、そして、暫定生徒会長。

そう、自分で作った理想の学校に、自分で入学したのです。

他人から小中学生に見られるが、ちゃんと16歳の高校生。


世界有数の超大企業の跡取りであり、ハイパーお嬢様、ポケットマネーは兆円単位。


人格は非の打ち所のない優等生で、真面目で、頭が硬く、そして、真面目で、真面目で、真面目で、頭が硬い。


真面目すぎて千以上もあるブラック校則を、全て違反せずに余裕でこなす。

つまり、ただのスーパーウルトラ優等生。

遊田 イスカ (ゆだ いすか)


コッペたちのクラスメイト。みんなと同じ16歳。

小学生まで子役スターだった経歴を持つ、元芸能人。

物語の中盤から登場して、召愛に並々ならぬ恨みを抱き、暴れ回るトラブルメイカー。

通称:【議員】のリーダー 

本名: 波虚 栄 (はうろ はえる)


【議員】と俗称されるエリート生徒たちのリーダー。

厳格な校則を維持することに執着し、それを改正しようとする召愛と、激しく対立する。

校則の保守に拘ることには何かしら過去に理由があるようだ。

高校一年生だが17歳。

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