人が一人で居るのは良くない。彼のために相応しいメインヒロインを造ろう。
文字数 6,813文字
で。
俺たちが学校に着いた時には、すっかり入学式は終わってて、
各クラスでのホームルームが始まってしまっている有様だった。
二人で教室へ向かったよ。なんと奇遇なことに、同じクラスだったんだ。
教室の扉の前まで来ると、中からクラスメイトたちの声が聞こえてきた。
自己紹介をしてるようだ。入学初日の定番イベントって奴だ。
しかしなんだ……。
入学式すっぽかした上で、みんなが自己紹介してる中に飛び込んで、自分も自己紹介せにゃならんわけか。
これ、すげえ難易度高くね?
俺は正直、怖じ気づいて、扉を開けて中に入る勇気が、湧いてくれなかった
けど、大変人の彼女はまったく違った。
物怖じゼロ。扉に手をかけるや、ガラガラと開き、中に入った。
俺も……続いたよ。
教室にいる全ての人間が一斉に視線を向けてきた。
男子の一人が自己紹介の途中だったのだが、その彼は何事かと中断してしまった。
が、彼女は――
と無言で訴え、彼へと軽く手をかざした。
威風堂々たる振る舞い。大物政治家みたいだったよ。
そこで俺は気づいたんだ。
商店街でもそうだったが、こいつが大勢の人の前に立つと、どういうわけか、存在感とでも言うべきものが、半端なく高まってしまう。
スポットライトを一身に浴びるような雰囲気が出てしまうんだ。
なぜそんな事が起こるのか……たぶん、可憐な容姿でありながらも、威厳たっぷりな仕草。子供っぽい無邪気な表情でありながらも、大人びた迷いの無い目つき。
そういったギャップが、計り知れない奥深さを、感じさせてしまうのかも知れない。
自己紹介の途中だった男子は、彼女が突然に〝舞台〟に上がってきたせいで、自分が何を言おうとしてたのか、忘れてしまったようで。
とだけ言って着席してしまった。
教室が静まりかえった。
教師ですら、大変人な彼女の無言の存在感に圧倒されてるようだった。
担任の教師は、もうじき定年なんじゃないかという歳の、ちょっと濃い顔のダンディーなじいさんだ。
と、彼女は頷いて、黒板の前へと歩いて行き、そこへ立った。
俺もなんとなく、そうしなきゃいけない気がして、横に並んだよ。
ただし、俺の方は内心オドオドしながらだ。
こいつ、またなんか言い出したぞ……。
長年の教師生活でも、こんなおかしな生徒は見たことない――みたいな眼差しで彼女を見ている。
いきなり言われても、クラスメイトは戸惑うばかりで、お互いに顔を見合わせてる。
そんな様子が、居たたまれなくて、俺は拍手してやったよ。
するとだ。
それに釣られたみたいに、クラスメイトもパラパラと拍手しだし、だんだんとクラス中に広まっていき、最後には全員が拍手してた。
なぜなら、私と先生は、同じことを考えているのだから。
心で手を取り合う事に、場所や時間など関係ない。
だって、先生、あなたが今、厳しいことを仰りながらも、心の手を差し伸べてくださっているのが、私には見えます」
担任、頷いちゃった。
なんかこう、感動しちゃってる感じの目でね。
キラキラした瞳でぺこりとお辞儀した彼女。
それを見詰める担任は、『ああ、教師やってて良かった』みたいな満足げな表情で、何度も何度も頷いてた。
す、すげえ。
だって、今の一連の流れって、あれだよな。
遅刻して、入学式すっぽかした開き直りを、なんとなく壮大っぽくした詭弁じゃん?
それをなんかもう、普通に美談っぽくしちゃいやがった。
いや……違うのか?
こいつは、たぶん言い訳をしたわけじゃない。
本心からの言葉を、正直に話しただけだ。
それが自然に美談になってしまうのならば、もはや言い訳じゃない。
ただの、本当の、美談だ。
こいつ、やっぱ、ただ者じゃない。
彼女は一歩だけ前へ出た。
教室はもう、完全に彼女のための舞台と化してしまっているようで、全員が物音一つたてず、自己紹介の第一声を待ちわびているように見える。
でも彼女はすぐには喋り出さず、クラスメイトの一人ひとりと、順番に目を合わせて、微笑みかけていった。
そうして時間が過ぎるごとに、彼女の自己紹介への期待が、膨らんでいっていたのだと思う。
そして、ついに、彼女は口を開いた。
……?
今、こいつ、なんて言った。
彼女はもう一度言ったよ。
大事なことなので二度言いましたというよりも、教室中がポカーンとしちゃってて、ノーリアクションだったからだと思う。
うん、名前はまあいい。そこは理解できる。
名座玲は、この辺の町名だし、地元民なら有り触れた名字。
メシアってのも、かなりキラキラしちゃってるネームではあるが、愛を招くという意味を持たされてるんだろうし、良い名前ではある。
だが、問題はそこじゃない。
言いやがった。
冗談でもなんでもなく、真顔でだ。
おい、召愛、ちょっと見ろ。みんなの顔、見てみろ。
すんげえ複雑な顔しちゃってるぞ……。
お前、さっきまで、なんかすごい奴だと一目置かれてたのに、今は、みんなからどう思われてるか、わかるか。
わからないんだろうな、お前は……!
よし、じゃあ、俺が教える。評価を下してやる。
お前言ってたもんな。
『何をするかで、何者であるかが決まる』と。
うん、俺もそう思うぞ。
でだ。今の行動によって決定してしまった。お前が何者なのかがだ。
これだ。どうだ。すごいだろ。
パワーアップしちゃったぞ。喜べ。いや、喜ぶなよ。
俺は、お前の事を心配してやってるんだからな?
商店街の演説でもそうだったが、お前は途中までは、すごく格好良く決めてるのに、なんでこう、クライマックスの決め台詞で、斜め上をブッコいて台無しにしちまうんだ。
残念すぎる。ほんとーに残念すぎる!
すまんけどな、俺、今回は徹底して、他人の振りさせてもらうからな。
お前と俺は一切関係ない。怨むなよ?
What?
弟子? ワット、イズ、デシ?
それはなんだ。これはペンですか?
いいえ、ジョンです。ジョンはリンゴですか?
メアリーがリンゴで、ボブがチェアーで――
まずい、激しく混乱している。落ち着け、俺。
深呼吸しろ。だが、このとてつもない嫌な予感はなんだ?
弟子なんて初耳だぞ。お前に居たのかそんなもんが?
ん?
こっち見てらっしゃるうぅ……!
しかも、キラキラの澄んだ瞳でぇ……!
なんだ、なんで、弟子を紹介しようと言って、俺を見る?
そこにいるのか弟子が? いないぞ。俺の隣には何もいない。
てことは、なんだ。
俺の悪い予感がバッチリ当たっちゃうんじゃないのか……。
待て、待ってくれ、それだけは止めてくれ。
お前のような大変人に弟子認定されたら、俺も大変人扱いされて、高校生活が初日から終わる、つーか、青春が終わる!
お願いだ。神様、仏様。
今まで神社やお寺でお賽銭とかしたことないし、教会でお祈りとかもしたことない無神論者だけど、都合良く助けてくださいお願いします。
この罰当たりな超絶変人に天罰をば、覿面を!
無慈悲ぃー!
こんな血も涙もない横暴が許されるのか?
やっぱこの世に神も仏もあったもんじゃねえ。
ていうかだな。
そこか?
つっこむべきはそこなのか俺?
落ち着け。もっと根本的な部分を否定しなきゃダメだろ
私は商店街で、君を災難から身をもって救った。
その後の、つかの間の休息では、君がなけなしの小遣いで、買ってくれたペットボトルを、分け合って飲んだ。
そして、行くべき道を見失った困難に際しては、逆に君が私の手を取り、導き、窮地を脱した。
最後には、桜舞い散る桃源郷のような川辺を、身を寄せ合い、語らいながら歩いたではないか」
こいつのこの、無限の詭弁力はいったい、どこから来るんだ?
担任が指さした先を見てみて、俺はちょっくら戦慄ってもんを味わってしまった。
俺と召愛の席が前後で並んでいた。
俺が前で、召愛が後ろだ。
席へ歩きながら、俺は考えちゃったよ。
なんだこのラブコメ時空は? とだ。
運命で繋がっている?
そんなん信じるつもりはないが、もし運命すら司る神様が、本当に居るとしたら、きっとそいつは学園ラブコメ王道展開が大好きなんだろうよ。
さすがは、エデンの園で、アダムがボッチ過ぎて寂しそうだからと、わざわざイブを作り出した奴と言ったところか。
ああ、そうかい、お前の趣味はよーくわかった、神様野郎。
しかしな、俺と召愛を、全力で、くっつけにきやがってるなら、頼むからやめてくれないか……。
あのな、こりゃあ、どう考えても、メインヒロインの著しい配役ミスだ。
まずは、アメリカ大統領と面会して、全ての戦争行為を止めさせる説得をする。
次に中国へ行き、人権弾圧を行わないよう確約させる。
あとはロシアに健全な民主化を約束させる。
ついでに北朝鮮で説教して核開発を停止させる。
その後に、国連で10時間ほど演説したい。
それらの事務作業が弟子の仕事になる。
トランプと、習近平と、プーチンと、金正恩にアポを取っておいてもらえないか」
ほら神様よ。わかったか。
ラブコメのヒロインとは、こんな事を言い出す奴ではいけない。
こういうのが許されるのは、メインヒロインではなく、脇役の色物キャラだけだ。
もちろん、冗談のつもりだ。
でも召愛といえば。
なんて、スマホで何かを検索し始めちゃうわけだ。
真剣な顔の、キラキラした澄んだ瞳でだ。
真面目に全人類を救おうと考えちゃってるんだろう。
こういう時に、常識人たる俺が取るべき態度は、本人に見えないよう、苦笑いでもすることだ。
だから、召愛から顔を逸らして、窓の外へ目を向けたよ。
四月の青空に向かって苦笑いをしようとした。
でもだった。
俺の苦笑いは、苦笑いというより、微笑みに近くなってしまったような気がした。
どういうわけか、俺には、こいつを憎めそうにないらしい。
そして、思ってしまったわけだ。
『誰でもいいから教えてくれ』とだ。
運命の神様的なものが、どんな悪戯なのか知らないが、大変人と俺とを、全力でくっつけに掛かってきたら、どうすればいいのか?
全力で逃げるべきか?
それとも、運命に身を委ねてしまってもいいのか?
がらにもなく、そんなファンタジックな事を一瞬考えてしまったわけでな。
もし、何か間違いで、こいつと付き合うことになったりしたら、どんだけ壮絶な生活が待ってんだろうと、ろくでもない妄想すら、しそうになった。
だが、それだけは絶対にありえない。
なんせ、俺のこいつに対する恋愛ゲージは、マイナス値のままなんだから。
召愛は不満そうにゴチャゴチャ文句を言い出したぜ。
しかしだな……。
俺の場合は、式の欠席に合わせて、商店街での危険行為の罰も加算されるわけだ。
式欠席だけで、半年停学させられるってことは、危険行為の罰も、相応に厳しいものなんだろうし……。
あれ……なんか、俺、すげえやばんじゃないか、これ?
いきなり1年間くらい停学になったりしないよな?
むしろ、初日に退学……とか、さすがにない、よな?
いやあ、ないだろ。
退学はないって。うん
常識的に、そんなんあるわけがない。
あるわけがない!