遊田イスカは言った。「本当の愛……見つけた、気がする」
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で、いざ、観覧車乗り場に行ってみたらだ。
この夜更けの時間だと、並んでる客が見事にカップルしかいねえ、ときたもんだ。
みんなゴンドラに乗る前から、遠慮なく――
――こんな感じでだな。
すんげえ、並び心地悪いぜ……。
ようやく、俺たちがゴンドラに乗る番になって、ほっとしたよ。
やっと超チュッチュワールドから開放されるんだと思ってね。
が、甘かった。
ゴンドラに乗り込んですぐの事だ――
遊田が俺の側の席に乗り出してきて、後ろの窓の外を指さした。
何かと思って、振り向いてみたらだ。
一つ隣のゴンドラの中で、カップルが燃え上がってしまってだな。
座席の男の上に、女が跨がる形で生殖行為に勤しんでいらっしゃったわけだ。
本能全開で。
こう、ゴンドラが、ゆっさゆっさ揺れてたね。
良く見れば、他のゴンドラもそんな風に揺れてるのあるじゃねえか。
いやあ、敬服しちゃったね。これでこそ、人類は繁栄したわけだ。
産めよ、増やせよで、地に満ちちゃったわけだ。
良かったな人類の製造責任者よ。超よろこんどけ。
なんて考えながら、俺は昂ぶりそうな精神を鎮めるためにペットボトルのお茶を飲んでたね。
遊田は隣の揺れてるゴンドラを指さしながら、真顔で訊いてきた。
お茶吹きそうになった――!
慌てて口を手で塞いだぜ。
あわや遊田の顔面がびしょ濡れになるところだった。
ストレートすぎる。
とか、改めて言われるとだな。
ただでも狭いゴンドラ内、座席に隣合う形で膝立て合って、窓の外を見てるわけで、距離は十数センチあるかないか。
夏ゆえに、これだけ近いと、はっきりと遊田の汗の匂いも感じ取れてしまう。
思わずじっと、遊田の顔を見詰めてしまっていて、その唇と夏服の胸元に本能的に目がいってしまって、ごくりと、生唾を飲み込んでしまったよ。
そんな、俺の生唾ごっくんを、遊田は見やってから、座席の上で膝立ちしてた脚をおろし、普通に正面を向いて座った。
そして。
俺に目を向けず、座席の隣から、夜景を眺めながら、そんな事を訊いてきた。
なるほど。
魔窟と呼ばれるヤフー質問箱に列挙されてるような、
何をどう考えたらこんな質問をできるんだろうっていう恥ずかしい投稿の数々は、こういう奴によってされてたのか。
相変わらず、こっちを向かずに、そんな事を言うわけだ。
「あたしにとっては、同じよ。
下心も何もなしで、なんで、あんた、ここに、こうして居るの。
なんも、得する事なんてないじゃない……。
今だって、詰まらなそうにしてるし。
ぜんぜんメロメロにならないし。なのになんで……」
俺自身にもどう答えていいか、わからない質問をされても困る。
ただ、一つだけ、返答可能な解答がある気がした。
俺はな。
お前があのとき、かわいそうだと思ってしまっただけなんだと思う。
だけど、あの状況で自分に出来る事なんて、何も思いつかなかった。
せめて、憂さ晴らしに付き合ってやるくらいしか、ないと思ったんだ。
そして、今日、俺は、本当のお前を見つけてしまった。
だから、今なら言える。
遊田、お前があの時――俺の袖を引っ張って止めた時、本当に求めていたものは、絶対に召愛への復讐なんかじゃない。
一緒にオラウータンと睨めっこしたり、
一緒にゾウについてお馬鹿な考察をしたり、
一緒に6時間ぶっつけでドラえもん見たり、
一緒にホモサピエンスの繁殖行動を観察して、鼻息を荒くするような、
そういう――
――心の友、
お前が求めてたのは、それだったんじゃないか。
俺は、勝手に、そう思ってる。
やはり遊田は何も答えなかった。
無言のまま、俺たちのゴンドラは地上へと戻った。
終電が近かった。
遊田を、家まで送ることにした。