心の友以上、恋人未満。
文字数 2,928文字
そのまま俺は、遊田に手を引かれて、校舎まで行ったよ。
最初に向かったのは警備室だ。
そこで落とし物として鍵が届けられてないか確認した。
が、無かった……。
他の高校の奴らからは、うちの学校はこう言われてるらしいぞ。
『羽里学園には運動部はないが、校内が広すぎて、歩き回るだけでも、半端な部活よりも消費カロリーが多くなる』だそうだぞ」
そんなわけで。
ほぼ無人になった放課後の校内を、探し回る事になった。
なんで遊田がこんな事を手伝ってくれてるのか、納得しかねていたのだが――
あいつはサボってる様子はなく、こまめにスマホのチャットアプリで、探索済みの場所の写真を送ってきてる。
どうやら本気で、俺のために、こんな途方も無い作業をしてくれてるらしい。
あとで、美味い物でも奢ってやらないとな。
それと、両手で俺の手にしがみ付くくらいは、許してやっても良いかもしれん。
なぜ、あいつがそんな事を、俺相手にやりたがるのかは、謎すぎるが。
しっかし――探せど探せど、鍵が見つかる気配は無かった。
校舎の窓から入ってくる日の光は、だんだん低くなり、やがて夕焼けになっていた。
薄暗くなった無人の廊下には、自分の足音がやけに大きく響いたよ。
そろそろ、下校時間だ。あと少しで、校舎から出なきゃならない。
今日のところは諦めざるを得なそうだ。
俺は引き上げの連絡をして、中央廊下にある自販機の前で、遊田と合流した。
くたくただった。
マジで、並の運動部よりも、この学校を歩き回るのはキツイ。
とりあえず遊田に、飲み物を奢ったよ。
俺たちは紙パックのジュースを、壁にもたれ掛かってチューチュー飲んだ。
向かい側の窓の外には、夕暮れの横浜が見える。
真っ赤な夕日が、逆光ぎみに差し込んで来てて、遊田の横顔を濃いシルエットにしていた。
遊田は、ジュースのパックを指さして、すんごい不満そうだった。
空になった紙パックを投げつけられてしまったぜ。
遊田は、指さしたんだ。
俺を、だ。
俺の鼻の頭を、つつきそうなくらい、腕を伸ばして、真っ直ぐとだ。
今だって、俺が一番、本音でバカ話しできる相手は、お前だ。
羽里や召愛みたいな良い子ちゃん相手じゃ、言えないようなことも、ぶっちゃけられる。
なんだかんだ、気が合う奴だと思ってる。
遠慮なく、憎まれ口を叩けるくらいに――」
ああ。
なんてこった……。
俺の気持ちが、〝誰に向いてるか〟なんて、『だーれだ♪』とやってた時点で、遊田にだって、ハッキリわかってたじゃないか……!
ならば、遊田から、こうされれば、
俺がNOと答えるに決まってるのは、わかってただろ……?
それでも、お前の気持ちは、これを言わなければ、ならなかったのか……?
けど、NOと答えたら、どうなる?
俺は、友人、と呼べる奴を、一人、失ってしまう事になるかも知れない。
しかも、ただの友人じゃない。
一番、本音でバカ話しできて。
なんでも、ぶっちゃけられ。
遠慮なく、憎まれ口を叩けるくらい、気が合う奴。
なあ、遊田。
それって、親友、だよな……?
俺たちは……心の友、なんだよな?
教えてくれよ。
どう答えれば、俺はその大切なものを失わずにすむ?
暢気で、楽しくて、気取らなくて、いざという時には助け合えるような、そういう関係をだ。
ああ、くそ。
馬鹿言うな。現実を見ろ。
俺が今、しなきゃなんない事はなんだ?
親友が、玉砕前提で勇気を振り絞って告白して、失恋したのを、せめて、慰めてやること。
それを、考えろ。
そして、実行しろ。
そうするしかないんだ。
俺は、そう言って、遊田の肩に手を置いて、それから、いきなり、一方的に肩を組んだよ。
それは恋人がするような、ロマンチックな仕草じゃない。
男の親友同士でするような、やんちゃで、気楽で、何気ないけれど、親愛の情が伝わるようなもの、だったと思いたい。
俺は、遊田は表情を見るのが怖かった。
だから、窓ガラスの外を見てたよ。
ランドマークタワーと、みなとみらいの大観覧車、『コスモクロック21』が遠くに見えてた。
そん時、校舎の中に蛍光灯がつき始めた。
俺が見てた横浜の町並みも、一斉に灯りが点き始めて、ランドマークタワーがライトアップされ、コスモクロックにも照明が点き、光の輪に変わった。
蛍光灯のせいで、俺たちの正面の窓ガラスに、遊田の姿が反射して映ったんだ。
顔はハッキリとは見えない。
けど、泣いてるようだった。
肩を組んだ親友が、泣き声を我慢してるのが、聞こえてしまってた。
窓ガラスに映った遊田は、一度だけ、頷いた。
それから、遊田は背を向けた。
そして、去って行った。
俺は、遊田の姿が見えなくなったあと、壁に背を預けたまま、その場に座り込んでしまった。
チャイムが鳴った。
下校時間を知らせるための音楽、シューマンの『トロイメライ』が流れ出した。
【下校時間となりました】
アナウンスがスピーカーから中央廊下に鳴り響く。