遊田イスカは言った。「本当の愛って……束縛?」
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んで。
強制連行された先は――
野毛山動物園、だった。
桜木町駅から、ほど近い丘の上にあるこの動物園は、なんと無料である。
もう16時を過ぎているが、まだまだ夕暮れにならない、さすが7月だ。
丁度、良い具合に、低くなった日差しは暑くなくて良い。
海から吹いてくる風も心地良い。
にしても……だ。
という、なんか打撃音っぽい痛々しい音が、足下から聞こえたと思ったらですね。
こう、脛の辺りに鋭い痛みを感じてですね!
なんか、遊田が俺の脛にローキックしててですね!
このお馬鹿な質問にどう答えていいか迷うところだ。
実際、ネタとして人間の檻が設置されてる動物園はいくつか知ってる。
が、これがボケであるなら、んなマジレスしても意味がなくて、面白おかしく、つっこんでやれば正解なんだろうが。
こいつの場合は、97%の可能性で素でこういう事を言いそうだ。
すごく平凡な答えを言ってしまった。
「職員として雇うのよ。
飼育員の同じくらいの給料でね。
檻の中に居る間は、現代人が家の中ですることなら、出来る設備があって、その代わり、人からジロジロ見られるの。
もちろん、食事も全部出るし、掃除とかも飼育員がしてくれる。
至れりつくせりよ。
休憩時間もあって、閉園時間になったら、自宅に帰ってもいい。
週休二日も保証。これならどう?」
んな台詞を、『森の賢人、オラウータン』と書かれた看板を見ながら、遊田は言ったわけだ。
看板にはこうも書かれてる。
『人間にもっとも近い霊長類の一つです』
「だから、あたしは動物園に来るのが好き。こんな酷い事を、公然としていても、人間は平気で居られるんだって確信できて、勇気づけられるもの。
この世界はきっと何をしてもいいんだってね。
何をしても良いなら、あたしの両親がどーしようもないゴミでも、召愛が、むっかつく奴でも、まあ、しょうがないかと思えてくる。
少し歩いてから、遊田は一つの記念碑の前で立ち止まった。
それはかつて野毛山動物園に居たゾウのための記念碑だった。
『はま子』と言う名のゾウが53年間もこの動物園で生活していて、それが死亡したときに、市民の寄付によって記念碑が作られたのだ。レリーフにはこう書かれている。
『野毛山動物園の開園時から53年間もの長い間、この場所で多くの市民に愛され続けました』
ここでのゾウの暮らしが幸福なものであったかは、俺は知らない。
が、少なくとも遊田には、一方的な愛情で、束縛されていたように、思えるのだろう。それは、両親から自分の人生に干渉されすぎた遊田自身に重なってしまうのだと思う。
「だいたい、あたしは愛してくれなんて、一言も頼んでない。
むしろ、愛さないでくれ、自由にさせてくれって思ってた。
あいつらね。芸能事務所から違約金を背負わされたとき、車とか株式とか宝石とか、投げ売りしたくせに、あたしが子役で稼いだお金だけは、一円たりとも使わなかったのよね。
でも事ある毎に、恩着せがましく言うわけよ。『お前を愛しているからだよ』ってね。そもそも、両親のせいでそうなったのに、アホ臭いにもほどがあると思わない?」
「まあな、あれだろ。
ジャイアンがのび太に、
『俺の素晴らしいリサイタルを聴かせてやるぜ、心の友よ。なんせ、愛するお前のために徹夜で練習してきたんだからなあ』
とか言って、恩義背かましく、音痴な歌を聴かせるようなもんって言いたいんだろ」
「まさにそれよ。リサイタルを断れば殴られるの。
ジャイアニズムここに極まれりってね。
でもね、それが世の中なの。
はま子は53年間、監禁されて、処女のまま死に。
のび太は、ボエ~っとされて悶絶し。
子役スターは人間のクズに落ちぶれるの。
ジャイアンは悪くないのよ。
ジャイアンじゃない奴が悪いの」
こいつが本当に望んでいることは、愛してもらいたくない、なんて事じゃない。
むしろ、逆、で――自分を尊重してくれるくらい愛して欲しい!
という事だったんじゃないのか?
だから遊田が本当に求めているのは、ジャイアンになることでもない。
それも逆だ。
ジャイアンがのび太を思いやり、本物の心の友として愛し、体を張って守る。
劇場版のドラえもんみたいな世界、本当はそれを望んでいるのではないか?
つまり、遊田が言うところの「本当の愛」
こいつが望んでいるのは、それだ。
本当は、愛してもらいたくて、もらいたくて……仕方がない。
遊田は、そういう奴なんじゃないのか?
なんで急に俺がそんな事を言い出したのか、まったく理解できないみたいだった。
と、ちょっぴり照れながら言った。
高校生が、『ドラえもんが好き』とカミングアウトするのは、それなりに勇気がいることだ。これがもし、三十歳やそこらだったら、子供心を忘れない人、なんて評価で済むかも知れないが、高校生だと、ただのガキっぽい奴、になってしまう。
素直に告白したことを、遊田は後悔したみたいに、恥ずかしそうに顔を逸らしたよ。
あえて見に行くほど好きでもないが、見る機会があれば、楽しんで見てしまう。
意外にお茶目なとこもあるんだな……。