第三項 昼寝の前に

文字数 2,526文字

 「蓮野さぁ~ん。こっちこっち~」
お昼休みになりました。いつもは教室でお弁当を食べる子がほとんどなのですが、今日はみんなで学食にいます。女子中等部の学食は広く、一学年200人がまるまる入るくらいです。そこに蓮野さんを呼んで、みんなでランチとなりました。
 さて、もう皆様おわかりですね?そう、座席の争奪戦が始まったのです。蓮野さんの両隣と、向かい合った3席。これを獲得すべく、少女達の争いが始まったのです。他のクラスからも、若い男性を見たくて生徒たちが集まっています。なんというか、みなさんが女子学生に対して持っている(憧れの)イメージを砕くのに、十分なくらいの面倒さがそこに広がっていました。だって、見た目は若いのに、やってることはバーゲンで奪い合いをしているおばちゃん状態なんですもの。
 当の蓮野さんもずっと苦笑いで、困惑しているのがよくわかりました。彼がどんな方かは存じませんが、さすがにこれほどモテたことはないでしょうし、女子校がおばちゃんの巣窟みたいなもんだって、知らなかったと思います……
 「先輩、あのヒトが噂の……あれ?朝の」
盛り上がってる女の子達から距離を置いて、端っこのテーブルにいた私の横に、いつの間にかメグが座っていました。
「う、うん。やっぱ噂になってるんだ?」
「そりゃそうですよ!大学生ですよ男子大学生!若い男が来たんですから。でも、まさか蓮野さんだったなんて……フグムッ!」
「メグ、興奮しすぎ」
いつも以上にメグの声が大きくて、またまたアマノがメグの口を塞ぎます。でも、時既に遅し!周りの視線で私たちは串刺しです。私たちが、”蓮野さんと知り合いだ”って聞こえれば、そうなりますよね。
「間に合わなかったね……」
苦笑いしながら、私はお弁当をつつき始めました。だって、顔を上げるの怖かったんですもの。みんなの視線が蓮野さんの方に戻るのを待った方が得策です。
 だけど、いつまで経ってもみんな、私達のテーブルを見ています。それどころか、ヒソヒソ話まで。若干ザワつきが激しくなったので、”どうしたのかな”って、顔を上げてしまいました。すると
「隣、いいかな?」
ミニそば+舞茸ご飯に蓮野さんをトッピング……じゃなかった、ミニそばと舞茸ご飯セットのお盆を持って、蓮野さんがやってきたのです。なんというか、私にとってはノーサンキューセットです……

 「そうなんですよ~。私、サキ先輩とアマノ先輩に遊んでもらってて」
メグが楽しそうに蓮野さんと話しています。周囲の刺すような視線をものともせずに。この娘、やっぱりさすがです!
「そうなんだ。お、ここのおソバおいしいね。大学の食堂より、こっちの方がいいなぁ」
と、あんまり評判のよくない、学食のおそばを美味しそうに召し上がっています。
「へぇ~、同じ学園の食堂で、違うもんなんですか?」
「ああ、入ってる給食会社が違うからね。まったく別のお店だよ」
蓮野さんも、慣れないハーレム状態より、メグとのおしゃべりの方が楽みたいです。さっきから2人で楽しそうにお話中です。
「あ、ごめん」
そんなとき、彼の左肘が、”また”私の右肘にぶつかりました。彼は左利きで、左隣に右利きの私が座っていると、肘がぶつかってしまうのです。
「ごめんね。痛かった?」
「あ、大丈夫です……でも」
「でも?」
「みんなの視線が……痛いです」
さっきから、私が彼とつつき合っている様に見えているらしく、今私には虫眼鏡で光を集めているかのように、みんなの視線が集中しています。なんなら視線で日焼けできるんじゃないかってくらいの火力です。
 私がそんな風に困っているのに、空気を読まないこのヒトは笑いだして
「うん?おいしそうなお弁当だね。自分で作ったの?」
と、卵焼きを略奪していきました。
「あ、はい。自分でって……え?」
油断した!そんな私を尻目に
「お、卵焼きおいしい!君たちもどう?」
と、アマノとメグを共犯に引き込みます。
「もーらい!」
予想通り、メグが便乗します。
「あ、おいしい!」
「すごいね。可愛いし料理もできるなんて。君、モテるでしょう?」
お弁当をつまみ食いされ、今度は褒め殺しが始まりました。もう、周りが怖くて顔を上げられません。そんな私に、メグが追い打ちを仕掛けてきます。
「そうなんですよ~。サキ先輩ってすっごいモテるんですよ。この間なんて」
と勝手に話します。そんなメグに蓮野さんは
「ふ~ん、分かる気がするよ」
普通に合わせて会話を続けていました。
「華奢な感じでちょっと童顔……パステルカラーが似合う、可愛いらしいお姫様って感じだもんね?」
落ち着いたトーンで平然と言ってのけました。どう考えてもおかしいです。初対面なのに、何でいきなりこのヒトはこんなことを言うんでしょうか。とんでもない、とんでもないヒトです。やっぱり変人、変人確定です!
 でも、すぐに私は彼の目的を理解します。私にちょっかいを出してきた真意を。今朝の出会いが偶然でないことも。
「お姫様抱っことか……されたことある?」
彼はこれを聞きたかったのです。”覚えているか”って聞きたかったのです。
 傍目には、大学生のお兄さんが女子生徒を口説いているように見えたでしょう。歯の浮くようなセリフを散々浴びせてくれました。思わずぼーっと彼を見つめる私も、目がハートになっているように見えたかもしれません。でも、もうそんなことはどうでもよかったのです。だってこの質問の答えは、私しか知らないはずのことだったから。それを彼が、知っていたのですから……
 私の表情を読み取って、私が昨晩のことを覚えていることを理解して、彼は優しく微笑みました。それが一層、私を不安にするのです。優しい笑顔なのですが、なんだか邪悪に感じました……
 あれは夢だったはずですよね?夢……じゃなかったの?もしも、もしもだけど、夢じゃなかったとしたら? 頭の中を、たくさんの小さい私が大騒ぎ。「ワー、ワー!」って叫びながらグルグルグルグル走り回っていました。
 どうやら私は、とんでもないスゴロクの盤上に、立たされているのかもしれません。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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