第四項　身を知る雨

　「そうかぁ～。じゃあやっぱり、アルドナイの言うとおり、就職した方がいいっすかね？」
「そりゃそうだよ。せっかく大学に入れてもらったんだろ？親御さんが許すなら、家業を継ぐ前に社会人経験をした方がいい」
「う～ん……でも俺、自分がサラリーマンになるイメージが湧かないんすよ。家は自営業だし」
「ヤスの家って、老舗の旅館だっけ？いろんなお客さんが来てただろ？」
「それが、お客さんはみんな私服だから、スーツにネクタイってのがあんまり」
「普段は板前さんと、和服の仲居さんぐらいしか働く大人を知らないわけだ」
「はい。それ以外って言ったら、学校の先生くらいですよ」
「なるほどね」
「ちなみに、蓮さんが俺だったらどうします？」
「そうだな」
俺の質問に、蓮さんは顎に手を当てて
「銀行員か、公務員にチャレンジするかな」
と答えました。
「なんでです？」
「銀行員とか公務員って、手続きメインのお仕事だろ？届出とか法律……条例や制度に詳しくなれる。これはヤスの家業に大きなプラスだ。毎年どんな届出が必要かとか、どうやったら資金を融資してもらえるか、とかさ」
「はぁ」
「毎日働きながら、少しずつそういったものに詳しくなれる。いざとなった時、”何を調べればいいのか、どこに相談に行けばいいのか”、そういう勘所が分かるようになる」
「はぁ……」
「まあ、どんな仕事でも学べるものがあるからね。いろんな人と出会えるし」
「なんか大変そうですね？俺に向いてるかな」
「始めてみれば、大概のことはできるさ。とにかく、学生を卒業したら、座学じゃなくて、実体験で学ぶようになる。それは必ず、家業を継いだときの助けになるさ」
「なるほど。そういうことですか」
「押し付けるつもりはないんだ。軽く聞き流してくれ」
「いえいえ！俺が相談したんですから。蓮さんが謝ることじゃないです」
「ははは。まあ、何かあったら相談してくれ。愚痴を聞くくらいならできるから」
そう言って蓮さんは、お酒を飲むジェスチャーをして、微笑みました。

　みなさんこんにちは。渡部康緒（わたべやすお）（１９）です。聖都大学の北門から、蓮さんと入ってきた大学２年生です。ゼミの最初の課題で蓮さんと組んでから、蓮さんの遊び相手をやっています。何故か俺のことを気に入ってくれてて、今も将来の相談に乗ってくれてます。アルドナイが進路の候補を絞るんですが、その中のどれを選ぶかは、最後は自分なんですよね。
　「にしても蓮さんって、なんでいろんなこと知ってるんです？俺と１歳しか違わないのに」
「まあ、俺は変わってるからね」
そう言って蓮さんは苦笑いしていました。
「蓮さんはどうするんすか？」
「なにが？」
「就職ですよ。就職」
「ああ、今は宮代さんの会社をやりながら、大学院に進学するつもり。アルドナイも同意してくれてる」
「へぇ～」
「で、ひととおり働いたらさ、どこかの企業に中途採用で入れてもらうよ」
「中途で？いっそのこと、起業したらどうですか？」
「起業とか経営って、そんなに簡単じゃないよ」
「蓮さんだったらいけるんじゃないですか？」
「個人の能力次第で成功できるって訳じゃないし、成功してるからって有能なヒトって訳でもない。社会ってのは難しいんだよ」
「う～ん。ますます蓮さんがおじさんに見えてきた……」
「”ますます”ってなんだよ？俺のことどんな風に見てたんだ？」
「いや……蓮さん、アイドルとかに興味ないし。妙に親父くさいときあるし」
「まあ、授業に出席するより、働いてる時間の方が長いからね」
　そんなことを話しながら、俺たちはキャンパスを歩いていました。あの群集を見つけるまで、真面目だったり、馬鹿話しながら笑ったりして。
「あの、蓮さん……あれ」
「うん？どうした……なんだ？何事だ。あれ？」
蓮さんが思わず苦笑い。突如出現した女子中学生に、構内の大通りが盛り上がっているのです。男女を問わずにちやほやして、人だかりができています。そして聞き覚えのある声。
「もう！お兄はどこにいるの！？」
俺は人ごみを掻き分けて、妹の真後ろに行きました。
「そのまま振り返ってみ」