第五項 離苦

文字数 1,496文字

 「生きていく資格なんてない……パパを殺したウチなんか……」
一通り騒いだ私は、今度はどうしようもなく沈んでいました。幼少期の訛と、あの頃の後悔が戻るだけでなく、耐え難い寂しさと悲しさまで溢れてきて、もう生きることが嫌になってしまいました。
「パパだって……本当はウチのこと憎んで」
死にたい、消えてしまいたい……
「憎くて……仕方がないんよ」
そんな私に、最初は悲しみの視線を向けていたのに、彼は途中から目を伏せ、じっと黙っていました。黙って聞いていました。そして
「お父さんは君のこと、憎んでなんかないさ」
そんな励ましが似合うであろう、この場面で
「そうだね」
それを起こりました。
「お父さんは、君を憎んでいただろうね?」
そう言って、クスクスと笑いだしたのです。

それは異常な状況でした。悲しみに溺れて泣いている少女に
「お父さんは……君を憎んでいただろうね」
先程までとは違う、異様な雰囲気を纏った彼は、抑揚の無い声でそう言いました。まるでヒトを小馬鹿にするかのように笑っているのです。
「早苗沙希さん」
突然フルネームで呼びました。初めて苗字を入れて呼びました。
「言い難いことだけど、お父さんも人間だ。だったらさ」
さっきまでとはまるで別人でした。何が起きているのかわからず、私は激しく動揺しました。怖くなって、後ずさりするほどに。そして
「君を憎んで、亡くなったのかもね?」
信じられないことを、平然と口にしました。
 彼はおもむろに立ち上がり、部屋をゆっくりと歩き回りました。オドオドしながら視線で追うと、彼は静かに振り返り
「神様は……アイツは意地悪だからね」
私に向かって微笑みました。一切の体温が感じられない、表情だけが明るいゾッとするような笑顔でした。
「あ……っあ……」
さっきまでの勢いは消えてなくなり、私は何も言葉を発することができませんでした。ただただ涙を流して泣くと、そのうち過呼吸気味になって座り込んでしまいました。悲しみを上回る凄まじい恐怖が、体を蝕んでいくのがわかります。
 怖い……怖いよ……どうしよう、誰か助けて……
 怯える私に
「君は頭がいい。だから……わかるよね?」
覗き込んでくるその瞳は、まるで爬虫類のそれのようでした。
「世界には、子供を傷つける親がいるってことを」
そう言って私の目の前に屈み込み
「虐待したり、他人に売ったり……ね?」
聞きたくないようなことを延々と続けました。
「貧しい国では」
彼の言葉を聞くうちに
「子供を金に替えるために」
私はどんどん
「計画妊娠する親だっているんだよ」
具合が悪くなっていきました。
「だったらさ、親が子供を憎むことだって、それほど不思議なことじゃない。難しいことでもないんだよ」
そして
「だからさ、君のお父さんだって」
私の心を抉る一言を
「 “本気で君を嫌う”……くらい、できるよね?」
浴びせてきたのです。

 「そ……そんな……」
私はただ辛くて、辛すぎて、想いを止められなかっただけでした。本当はわかっていました。彼が私を助けてくれたんだって。そんな彼に、彼の優しさに甘えて、暴走してしまったんです。でも
「お父さんはさ、君を守るために精一杯耐えていたんだ。お母さんに裏切られ、理不尽な仕打ちに苦しんでいた。でも、君の幸せを願って、いつか君と暮らせる日を夢見て、歯を食いしばって生きていたんだ。一日中働いて、誰もいない家に帰って、孤独に耐えていた。そんなお父さんに君は言ったんだ。絶望させるようなことをね。だから」
私を見下し、鼻で笑う。
「お父さんは自殺したんだ」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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