第八項 恋人

文字数 2,006文字

 「あの……」
少しして、泣き止んだサキが口を開いた。
「なんだい?」
「その……抱っこが長いかなって」
サキが赤くなりながら、ゴニョゴニョと呟く。
「ご、ごめん」
さすがに俺も照れくさくなって、急いで彼女を開放した。
「う、ううん。あの……一つお願いしていいですか?」
「ああ、もちろん」
「私小さい頃、お父さんの膝の上に座るのが好きだったの。だから……」
上目遣いで照れくさそうに
「座って……いいですか?」
なんて言うもんだから
「あ、ああ……ど、どうぞ」
彼女を女性として意識してしまった。素で振舞う彼女は、やっぱり魅力的だった。
サキは純粋に子供返りしたかっただけなんだと思う。わかっている。わかっていたさ。でも俺は、一度意識しちゃったから、女の子っぽいサキの仕草に触れるうちに、自然に心を奪われていった。
「し、失礼します」
彼女が膝の上に座る。俺は緊張するは興奮するはで忙しかったが、努めて冷静を装った。
サキが嬉しそうに、膝の上で小刻みに揺れている。昔お父さんと歌ったのかな?優しい歌、子守唄のようなそれを歌いながら、子供になっていた。ずっと我慢していたことを、抑え込んでいた心を解き放つことができたのだ。しかし俺の視点では、膝の上で好きな女の子が揺れている。いい匂いの髪をなびかせながら、楽しそうに揺れている。娘のように思って大切にしてきたが、今は一人の女性として愛おしい。理性が効かなくなってきた。
 「あの……サキ……ちゃん」
「なぁに?」
サキちゃんのピュアな笑顔。思わず顔を背けてしまう。
「あ、ごめんなさい!重いですよね?」
なんか勘違いしたみたいだ。膝から降りようと、俺から離れようとする。
「待って!」
思わず後ろから抱きしめた。力強く抱きしめちまった。
「今は……このままで……」

 「寝ちゃった……か」
ブランデーを氷に注ぎ、湧き上がった衝動を、酒で一気に流し込む。
「はぁ~~~~~……」
『兄サン、アマリ無理シナイデクダサイ』
「わかってる……自重するよ。ただ」
どうしてかな?どうしても、この娘を助けたかったんだ……
『ワカッテイマス。仕方アリマセンネ』
 セトに諫められつつ、俺は彼女の寝顔に見とれていた。無防備で可愛らしいその寝顔に、再び”抱きしめたい”という衝動が湧き上がる。
「ふぅぅ~~~~……」
自分を抑えるために、気持ちをため息に乗せて吐き出した。もちろんそれじゃあ収まらないんだけどね。そのまま彼女の前に膝をつく。愛おしいその顔にかかる、前髪を撫でたくて。
「なにが”奇跡“だよ」
彼女のホッペを、左手の人差し指でツンツンしてみる。エクボのあたりを触りながら、俺のハートを簡単に盗んだ、あの笑顔を思い出す。
「どうして……言わなかった?」薄暗い部屋での自問自答。無理しすぎたせいかな?気持ちの抑えが効かないや。
「素直に……」
言葉を……飲み込めない。
「”好きだ”ってさ」
どうしても守りたい。だってこの娘は、あの子と重なるんだ。いや、あの子だけじゃなく……
 「右目がかすむ……」
でも、この娘を救うことが出来た……それなら視力(みぎ)くらい……”安い”もんだよね?

 グラスを置いてすぐに、彼はソファで眠ってしまいました。疲れていたのでしょう。だって何時間も戦って、私の心に飛び込んで……引き上げてくれたんですから。そうしてようやく、私は目を開くことができました。恐る恐る薄目になって、彼が寝ていると確信できるまで、ずっと寝顔を見つめていました。
 20分くらいしてからでしょうか、私はベッドから起き上がりました。だって、とても眠れないんですもの。私はまだ15歳、男の人とお付き合いしたこともないお子様なんですよ?だからナデナデだって、私にとっては大事なんです。”サキの毎日新聞”があったら、明日の朝刊の一面です。いえ、今すぐ号外を発行したいくらいです!なのに彼は、私のエクボを突いたあとに、突いたあとに……
 ”好きだ”って口にして、私の額にそっとキスしました。私はビックリして、あんまりにもビックリして、ちゃんと寝たふりできているか、正直自信がありませんでした。だっていきなり、”好きだ”で”額にチュウ”で!これはつまり……そういうことですよね?

 結局私は一睡もできませんでした。だから、少年のような彼の寝顔が、可愛くもあり、憎らしくもありました。
「ずるくないですか?自分ばっかり」
だから勇気を振り絞って
「えいっ!」
彼の唇を奪ってみました。
「お返しだからね」
優しいヒトに惹かれたこと……ありますか?
 こうして私のファーストキスは、あんまりロマンチックじゃなかったけど、白馬の王子様も、ドレスもなかったけど、魔法使い……みたいなヒトに捧げました。魔法使いと両想いになった記念、思い出に添えてみました。
「大好きだよ。蓮」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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