第九項 夢騒がし

文字数 2,154文字

 それからは、目を疑うような光景のオンパレードです。夢の中なら、ハリウッド映画のような爆発や、中国雑技団のようなアクションができるかもしれません。でも、これは現実です。なのに
「ならぁあああ!」
蓮野さんは高速で動き回って、ヘカトンケイルを切り刻んでいきました。あまりにもリアルで生々しい、それでいて非常識な”戦闘”でした。
 腕、腿、ふくらはぎに浅く裂傷を受けたヘカトンケイルは、少しずつ弱っていきました。
「どうだい?」
刀を一度
「ちょっと刻まれるだけで」
鞘に納め
「うまく動けないだろ?」
いきなり、高速で抜刀し
「怪我をすると、格闘なんて出来ないのさ」
ヘカトンケイルの胸元を横薙ぎにしました。
 「力が入らないし、スピードもでないだろ?せっかくの化け物だけど、人体に模して設計したのが失敗だったね」
よくわからないのですが、この化け物は人間が操っているようです。

 ヘカトンケイルはあっけなく崩れ落ちました。切り裂かれた胸元から、見覚えのある顔を覗かせて。
「美津井先生!」
壊れたヘカトンケイルから、ヌルリと先生が降ちてきました。
「ぐ……貴様」
「やぁ、美津井セ~ンセ。会いたかったよ」
彼はいつもどおりのマイペースで
「仮装パーティーにしては、ちぃ~っとばかし悪趣味だね。俺のせいで、コスプレに目覚めちゃったのかな?」
軽口を叩いていました。”俺のせい”の件(くだり)は……想像するのが怖いので、聞き流してしまいましょう。
 「あ、あんた一体!?」
「お待ちしてました。愛しの麗子さん」
「待ってただと?……まさか!」
「そ!他の女の子に目移りしたら、怒り狂うんじゃないかと思ってね。罠を張っちゃったのさ」
そして彼は、美津井先生の怪我、左手の人差し指と中指を指さして
「その指の傷、ユッキーが残してくれた大切な形見だからね」
暗いトーンと、言葉遣いも変わります。
「見落としたりしねぇよ」
そういえば、ユキさんが殺された翌朝から、先生は指に絆創膏を貼ってましたっけ。
 あれ?ユッキーってもしかして、ユキさんのことでしょうか?あだ名で呼ぶなんて、どういう関係なのでしょう?
「あんたらの正体はわかってた。ユッキーが突き止めてくれたからね。だが、橘に殺されちまった……貴女がやらせたんだろ?」
ユキさんが橘先生に殺されて、それを裏で操っていたのが美津井先生?
「あの日、特別なアルドナイを引いたその子を、橘に誘拐させようとしてたろ?」
「そこまで知っているのか?貴様は一体!?」
「貴女の尻尾をつかむために、口説いた年下の男ですよ。どうだった?この娘とのデートを見せつけられた気分?自分に言い寄ってきた男が他の女に近づくと、嫉妬心を抑えられないだろ?その日の夜に、尻尾を出しちゃうくらいにさ」
 彼の言ってることはよくわかりませんが、どうやら私にちょっかいを出していたのは、利用するためだったようです。それだけはわかりました。
「全部演技だったっていうの!?全部……全部……」
美津井先生は、怒りながら泣き崩れました。
「ああ。簡単にのめり込んでくれたね」
またもや、すごいことを平然と仰っしゃいました。彼が先生を弄んだことが、子供の私でもわかります。大人の世界って……いえ、蓮野さんって怖い!
「き、貴様……貴様ぁーーー!」
涙ぐみながら怒り狂う美津井先生。でも
「まあ落ち着きなよ。ここからが本題なんだからさ」
彼は鼻で笑って、彼女を問い質すのです。左手の甲を、微かに輝かせながら……

 彼はヘカトンケイルの肉塊を指差して
「そんな異能(もの)、どこで手に入れたんだい?」
先生は応えませんでした。
「応えたくないの?それとも、応えられないの?」
知ってて質問したのでしょうか、先生が黙っていても、彼は”やっぱりね”って感じです。
むしろ
「考えてごらんよ。あんな化け物の体躯、簡単には具現化できないよ。グラマトン粒子が濃厚だからってね。お薬の力が必要だろ?」
え?お薬……?またまたとんでもないことを、平然と言ってのけます。
「だから、貴女がどこかの組織の構成員(にんげん)だってこと、バレバレなんだよ」
そして今度は悪ふざけ。
「迷子の迷子の美津井さん~」
犬のお巡りさんの調べにのせて
「あなたの願いはなんですか?」
誂う(からかう)のです。
「動機(どうき~)を聞いても答えない。組織(そしきぃ~)を聞いても答えない~っと」
悪質なお巡りさんです。
 「その様子じゃ、口を滑らせたらお仕置きなのかな?例えば……”神智学の博士”様に」
神智学の博士(ジンチガクノハカセ)?はたまたなんのことでしょう。ただ、それを聞いた途端、先生の表情が蒼白になりました。
「あいつがこの街にいるって、調べはついてるんだ。だから俺は、ここに来た」
「貴様は……そういうことか……」
先程まで憎悪で満ちていた先生は、そこまで言って静かになりました。言葉を飲み込んでしまうのです。そして何かを決意し、徐に注射器を取り出しました。
「なるほど、薬(もう一個)も使っちゃうんだ。命がけだね」
もちろん、彼の言葉なんか無視して、先生は首筋に注射器を突き立てました。どうやらこの二人、相性最悪みたいです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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