第十一項　この空で

　「そろそろ決着、着けようじゃないか」
一通りやりあったあとで
「あんたが司ってるの、”風”だったよな……」
二人が言葉を交わします。
「そうだが？」
「それってさ、”第二のラッパ”？」
「そのとおりだ。爆発による被害だけではない。死の灰が爆風で巻き上げられ、風に乗って各地に降り注ぐ。この時期の日本で撒き散らされたら、それは東南アジアとユーラシア広域に広がるだろう。汚染物質が水源を汚し、多くの生命を滅ぼすことだろう」
「海の三分の一が血で染まり、その生命も三分の一が滅びる……ってことか」
「そうだ。もうこの星に、この大地に、実りが戻ることはないだろう」
「なるほどね。休憩してる場合じゃなさそうだ」
「では、世界の行く末を決めようじゃないか。この空で」
「ああ……名残惜しいけど、あんたには堕ちてもらうよ。この空に」

ジェット機の上、そこが再び戦場になります。両手に逆手にナイフを構え、ボクシングスタイルの蓮と、剣技で応じるラグエルさん。それはさながら、鋭い爪で殴りかかる魔獣と、それを制さんとする天使の戦いでした。かつての物語、ミルトンの失楽園に出てきそうなワンシーンです。気になるところと言えば……私が祈るように案じている相手が、魔獣の方だということです。
「ぐぅぁあああああ！」
蓮の悲鳴が響き渡り、右腕がだらりと下がります。上腕を切り裂かれ、ナイフを握ることすらできなくなっていました。
「蓮！」
「かすり傷だ！」
強がる蓮、それを狙うラグエルさん。
「っぶね！」
危なかったです。間一髪、蓮は斬撃を回避しました。後ろに飛んで、頭蓋骨を砕かれるのだけは免れました。でも
「蓮！？右目が」
額を切られ、右目が血で塞がってしまいました。
「くっそ！」
それでも彼は戦います。カインの炎が防がれても、一気に間合いを詰めて、左のナイフで切りつけます。ラグエルさんの翼が刻まれて、黄金色の羽が舞い上がります。
　「がぁっ！？」
突風、いえ、もはや衝撃波と言っていいでしょう。それが蓮を吹き飛ばし
「ここまでだ」
神の奥義が炸裂します。”魔剣エクスカリバー”。見えない刃、というより、無数の光線が蓮の頭上に降り注ぎます。なんでそれがわかるのかって？それは、さっきまでの戦いで舞い上がった天使の羽と、映像だけの雲が縦の直線で切り裂かれるのが見えるからです。
　「あがががががが！」
カインを頭上に召喚し、蓮は身を守ります。銀色の悪魔がズタボロに刻まれて
「くっそ……」
消えてしまいます。蓮は仰向けに、無防備な姿で倒れ込みました。ワンワンの降参です。
　「ラミエルは光速の雷で……てめぇは見えない風かよ？」
右目が見えず、右手が使えない彼は、遂に力尽きました。
「どうしてこう厄介なんだ……六枚羽ってやつは」
　左手の輝きが衰え、周囲に変化が訪れます。風が吹き始め、ジェット機の飛行音が響くのです。映像と現実がリンクし始めてしまいました。
「ここまでだな。人の子よ」

　「これ以上、苦しむ必要もあるまい。今楽にしてやる」
「やめて！」
私は泣きながら走りました。動けない彼の上に、覆いかぶさって命乞いをしました。
「少女よ。その男はもう助からん。プラヴァシーが尽きれば、醜く苦しみ、灰となって果てるであろう。それならば苦しまぬよう、首を刎ねてやるのが、せめてもの情けだと思わぬか？」
「そんなの酷いです！あなたが本当に天使様なら、蓮を助けて！」
　私は必死に訴えました。訴え続けました。でも、天使の歩みは止まりません。止まってくれません。私はこのまま、串刺しにされてしまうのでしょうか。
「サ……キ……」
「蓮？どうしよう？私……私……」
溢れる涙を抑えられません。そんな私を見て、彼は左手で抱き寄せました。彼の胸の中で、私は声を殺して泣きました。ああ、これで私たち……死んじゃうんだ。
　そんなとき、蓮が耳元で囁きます。擦れた声で、絶え絶えの声で……
「サキ……約束……なんだけどさ……」
約束した。負けないって約束した……なのに
「守ったよ」
次の瞬間、ラグエルさんが二つに割れました。