第三項 あらためて

文字数 2,479文字

 「はぁ~……」
「サキ、ため息増えたね」
「あ、ごめん!私ったら」
「ううん……気を遣わないでいいよ」
 帰り道、いつもの道を、いつもの3人で歩いていました。
「あのさ」「あのね」
アマノと二人、同時に話しかけてしまいました。こういうときってありますよね?お互いに譲りあって、ちょっと困っちゃう時。
「じゃあ、私からね」
結局、アマノが譲ってくれたので
「どこかでちょっと、話したいな」
私は打ち明けることにしました。だって、アマノたちも知ってしまったのだから。蓮野さんが”普通でない”ことを。いくら焼肉とブリッジで大笑いしたとしても、心の中ではずっと引っ掛っているのですから。
「それじゃあ、家に来ない?」
珍しくアマノが
「うち、共働きだから」
家に誘ってくれました。”共働きだから”、つまり、誰にも聞かれないからって。
「うん。じゃあ、お言葉に甘えるね」

 「どうぞ」
アマノが紅茶を淹れてくれました。暖かいダージリンティー。
「お砂糖とミルクは、好きにね」
几帳面なアマノらしく、綺麗なソーサーにカップが揃っていて、上品な感じです。
 「えっと……」
紅茶をすすってひと呼吸おいて、私は話し始めました。
「あの日、蓮野さんが助けてくれた。でも、本当はもっと前にも」
アマノとメグは、真剣に耳を傾けていました。
「だから、彼が戦うところを見たの、初めてじゃないんだ。ごめんね。いままで内緒にしてて」
「ううん、サキのせいじゃないよ。それに、教えてもらっても、信じられなかったと思う」
確かに信じられないと思います。彼が刀を振り回して、化け物と戦うなんて。まして、あの銀色の悪魔がなんなのか、私にも良くわからないし。
 「でもね、あんな格好で車の上を飛び回ったり、その……」
そう、服装ひとつをとっても異常なんです。蓮野さんの服装は、まだ9月なのに”いつもの戦闘服”、黒地で薄めのトレンチコートだったのです。それは、刀とか懐の武器を隠すためなのでしょうが、ちょっとした変質者だったと思います。しかも、インナーの首元を伸ばして口元を隠していたのですから。怪しさ満点だったでしょう。
 「彼が何かを投げつけたら、爆発が起きて」
駅前の交差点でのお話です。交差点の中央に大型トレーラーが斜めに停車し、交通の妨げになったそうです。クラクションが鳴り響く中、トレーラーのコンテナが開き、中から大きな化け物(オンコット)が、金属の棍棒を持って起き上がったのです。
 それを見ていた運転手さんたちは、さぞ驚いたことでしょう。他の車も歩行者も、みな思考が止まって、ただそれを眺めていたそうです。
 そのとき突如爆音が響き、コンテナが爆発したそうです。オンコットは前のめりに倒れ、起き上がる前に背中を爆破されたそうです。背中が陥没し、全身を焼かれている鬼の向こう側に、アマノは彼を見つけたのです。交差点の反対側、古いビルの屋上から炎を投げつける、蓮野さんを。
 「なんでか私、彼が蓮野さんだってわかったの」
そう、アマノは蓮野さんに助けを求めているのです。顔の下半分を隠し、車の上を飛び回っていた、そんな彼に。
「あのヒト、一体何者なの?」
「私も蓮野さんのこと、そんなに知ってる訳じゃないんだけど」
アマノの不安を取り除きたい。誤解させたくない。だからちゃんと話そう。
「犯罪者とかじゃないと思う。どちらかというと、正義の味方……?」
「正義の味方?」
「うん……彼、怖い人たちと戦ってる」
「怖い人たちって、テロリストとか?でもこの間の化け物は……」
「私にもよくわからないけど、化け物とか、とにかく怖い人たちと戦ってる」
「化け物……」
やっぱりここに引っかかりました。当然だと思います。
「前に不自然な殺人事件があったでしょ?橘先生とか、ユキさんとか。あれ、蓮野さんが解決したんだよ」
「どういうこと?」
私は説明しました。美津井先生のことも、覚えている限りのことを丁寧に、誠意を込めて。
「そんなこと言われても……それに蓮野さん、どちらかっていうと弱そうじゃない?話し方も穏やかで、暴力とは無縁なヒトに見えるのに……」
 いくら親しくっても、私が嘘をついていないと思っても、常識人のアマノは理解ができないという顔をしていました。”受け入れられない”というた方が適切かもしれません。
「ごめんね……」
こんなとき、私はつい謝ってしまいます。嘘もついてないし、何も悪いことをしていないけど、”理解しがたい”ことを説明して、相手を困惑させてしまうと、申し訳なくなってしまうのです。
「でも……蓮野さんは助けてくれた……」
「そうなんだよね……信じられないけど、蓮野さんは戦ってるんだよね」
「見たんでしょ?あのとき」
彼が奇妙な格好で、刀を携えて飛び回っていた姿を。
「うん……別人みたいな、怖い眼つきだった……あのヒト、多重人格なのかなって思うくらい」
「多重人格だなんて!そんなんじゃないよ!ただ、命懸けで戦うなんて私たちにはわからない世界でしょ?だからギャップがあるだけ。普段の彼は、きっと優しい」
そこまで喋って、私は驚きました。自分が蓮野さんのことを、そんな風に考えていたなんて。こんな風に、庇ってしまうなんて……
 自分の気持ちに驚いて困惑する私。そんな私をよそに、すぐ近くで奇跡が起きました。
「すごい!蓮さんに会いたい!」
それまで黙っていたメグが
「漫画みたい!」
大喜びではしゃぎだしたのです。
「えっと……メ、メグ?」
私たちが困惑していると
「やっぱ蓮さんって、只者じゃなかったんですね!」
メグの暴走が始まります。
「みんなに秘密で悪と戦う謎の男性。相手はテロリストだったりモンスターだったり。もしかして、諜報機関の特殊工作員とかだったりして!」
なんというか、枠に囚われない、メグらしい発想です。というか、中二病なんでしょうか?
「あ、あのね、メグ……」
「兄貴に電話します!家か大学にいるはずです。早く蓮さんに会いに行きましょうよ!」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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