第五項 残念な方々

文字数 1,865文字

 「いやぁ~、まさか蓮さんとメグが知り合いだったなんて」
ヤスさんが笑いながら、キャンパス内を案内してくれます。語り部は、早苗沙希に交代です。蓮野さんは先に研究室に向かったので、自ずと話題は蓮野さんのことになっちゃいます。
「兄貴こそ、あんな面白いヒトと友達なら、紹介してくれれば良かったのに」
「ははは。でも蓮さんって女の子が苦手でさ」
「へ?」
私たちは耳を疑いました。というか、皆さんもそうですよね?
「あのヒト、女性は一律、苗字に”さん”付け、みんなに同じ距離感なんだよねぇ」
「へ、へぇ~……」
とりあえず、ツッコミを堪えて、最後まで聞いてみましょう。アマノとメグも同意見のようです。
「女性関係の揉め事が苦手らしくってさ。”俺は人畜無害だから”とか言いながら、彼女を作ろうとしないんだよね」
 まさかのお話に、私たちはビックリです。メグが思わず
「ちょっと兄貴、冗談はやめてよね!」
と反応してしまいました。
「ん?冗談って?」
「蓮さん、ずっとサキ先輩を口説いてたんだから」
それを聞いたヤスさんは、数秒止まっていました。表情は笑顔のまま、ただ時間が止まっていました。誰か、彼の一時停止ボタンを押したのでしょうか?
「マジ……で?」
探るような目で、私に問いかけます。どうも、本気で驚いているみたいです。
「たぶん私、からかわれてたんだと……」
「それ面白い!」
「お、面白い!?」
困惑する私を尻目に、ヤスさんが満面の笑みで大声を上げます。メグ同様、好奇心の籠った熱視線を、私に浴びせかけてきます。
「もっと聞きたい!くぅ~っ!どうしても知りたい!」
本当に楽しそう。これからどんな質問攻めが始まるのか、正直不安です。
「……けど」
「けど?」
「今はちょっとやめとこう」
そう言ってヤスさんは、研究室に入ろうとしている女子大生に目を向けます。
「蓮さんの……”自称彼女”のお出ましだ」
そんな彼女は、年不相応な高級衣装の、気の強そうなお嬢様でした。

 「心の準備は」
真剣な蓮野さんが
「いいか?」
ドアノブに手をかけます。
「大丈夫っす!お願いします」
ヤスさんも真顔です。2人の張り詰めたこの雰囲気、ただ事ではありません。
 急に場面が変わって驚きましたか?実は研究室に案内されたとき、蓮野さんの姿が見当たらなかったのです。ヤスさん曰く、”自称彼女から逃げている”とのことです。事実、蓮野さんは隣の研究室、文学部に身を潜めていました。自称彼女の目を盗んで私たちが合流すると、指導教官である嶋田教授の部屋に避難……いえ、連れて行ってくれました。くれたのですが……
 一体何があるというのでしょう?私たちはといえば、ただただ見守ることしかできません。固唾を飲むとはこのことです。
「いくぞ。3・2・1……それっ!」
扉の先の小さな部屋、目の前に広がる”大学教授一人用の執務室”に、私たちは目を疑いました。だって、私がイメージしていたのは、小奇麗なお部屋に大きな本棚、それいっぱいの専門書なのですから。なのに……
「あ~~~ぁ」
蓮野さんが呆れて溜息です。それもそうでしょう。だって、最初に視界に飛び込んできたのは……
「なりきり制服エンジェル……?」
”えっちなポスター”だったから。

 「おお!よくきたな蓮。あれ?どうした。変な顔して」
奥から50代のおじさん。嶋田教授がお出ましで、呆れ顔の私たちを出迎えます。
「教授……これなんすか?」
さすがの蓮野さんも笑顔が引きつっています。
「お、おお!それか。それはあれだよ。あれ!」
「あれじゃわかんないすよ」
「だからあれだ。オオクラ生命保険の児玉課長っていたろ?あのヒトがくれたんだ。もらったもんを捨てる訳にゃいかねぇし、仕方なく飾ってるんだよ。ほんと、仕方なく飾ってるんだ」
”仕方なく”を強調してらっしゃいます……
「はいはい。でも、女性がいる職場にこういうの飾ると、環境型セクハラになりますよ」
「ああ、わかってるって。そのうち処分するから」
”そのうち”なんだ……そういえば、研究室の学生さんたちが言ってましたっけ。教授のこと、”エロじじい”って。噂通りの人物のようです。
 さて、エロじじいこと嶋田教授は胸を撫で下ろしていました。なんとも苦しい言い訳をしつつも、ポスターを死守したのです。没収されなかったので、とっても安心したのでしょう。しかしそれも一瞬のこと、すぐさま真剣な眼差しを蓮野さんに向けるのです。
「やらねぇぞ?」
「いらねぇよ!」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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