第六項 覚寤(かくご)

文字数 1,462文字

 「違う!」
「どうして?自分でも“憎まれてる”って言ってたじゃない?」
「違う!違うもん……違うよ……パパはそんなヒトじゃない!ヒトを憎んだりするようなヒトじゃなかった。それに」
胸元の銀細工、手作りのネックレスを握り締め
「ウチのこと、とっても大事にしてくれてた!愛してくれてた」
精一杯叫びました。
「そんなの、五歳の君にどうしてわかる?そう思いたいだけだろ?」
そう……あのときの私は、わかっていなかった……でも
「わかる!わかるもん……」
今ならわかる。
「だってパパ、離婚したあとも会いに来てくれた。お母さんにどんな態度をされても、どんな酷いこと言われても……」
辛いことを我慢して、フラフラになるまで遊んでくれた。
「仕事が忙しくても、徹夜明けでも、新幹線に乗って会いに来てくれた」
ボウリングとかバドミントンとか卓球とか……あ!ローラースケートで転んでたっけ。
「一緒に遊んで、いろんなこと教えてくれた」
いっぱいいっぱい走り回って、私を抱きしめてグルグル回って……思い出すだけで暖かくなる。心も、目頭も……
「お父さん……お手紙いっぱいくれた」
お父さんからだって気づかれると、お母さんに捨てられちゃう。だから、私に届けるために、いろんな工夫してた。誕生日は大好きなアニメキャラからバースデーカード。クリスマスは”サンタさんからのお手紙”……びっくりしたなぁ……
「だから?」
「だからウチ、知ってるもん」
そう、今の私は知っている。真直ぐに顔を上げて、断言できる。
「パパはウチを愛してくれてた。最期の日も……最期の……」
お父さん……大好きだよ!
「“愛してる”って、抱きしめてくれた!」

 私は顔を上げることができました。もう私は大丈夫。だって、私が幸せにならなかったら、天国のパパが泣いちゃうもの。パパの分まで、一生懸命生きてみせる。
 そんな私の視界に入ったのは……優しく微笑む彼でした。
「んだよぉ~……わかってんじゃん」
額をゴッツンコして
「えっ?」
「酷いこと言って、ごめんね」
擦れた声を絞り出しました。
 私は気づいていませんでしたが、途中から彼はもとに戻っていたのです。
「それが、答えなんだよ」
私の痛みに共感した彼は
「お父さんの」
私を導いてくれたのです。
「想いなんだよ」
敢えて悪者になって、傷つけるようなことを言って反論させて
「だから」
自力の口で答えを言えるように、自力で、たどり着けるように
「これ以上、苦しまないで」
私を導いてくれたのです。

 「なんで泣くんだい?」
彼は私を抱きしめました。彼を見つめたまま、涙の止まらない私を……まるで本当の父親のように。
「真面目すぎる……優等生君だね」
違う!私は苦しくって泣いてるんじゃない。
「辛いことを背負って、生きてく方法なんて」
あなたを傷つけた。酷いこと言った。
「学校じゃ教えてくんないもんな?」
なのにどうして
「人間、生きてればいろんなことがある。いろんな……辛いことが」
どうしてそんなに優しくしてくれるの?私を守るように、微笑みかけてくれるの?
「でもね、大丈夫だ」
どうして?
「奇跡ってのが、起きたんだよ」
「キセ……キ?」
そういえば、さっきも……
「うん……君はお父さんが大好きで、お父さんも君を愛していた。だから」
私の胸元、お父さんがくれたコインのネックレスを指差して
「奇跡っていう」
彼は私を
「ハプニングが起きたんだ」
抱きしめました。
「神様にだって邪魔できなかったんだね」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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