第四項 再現か再開か

文字数 2,306文字

 「はぁ~あ~……今日は疲れたよぉ~」
あれからみんなの質問攻めにあいました。演習が終わって、蓮野さんが大学へ戻ってしまうと、クラスの興味はお昼のアレに集中する訳です。散々褒め殺しを見舞われた私の、戦後処理は荒れたものでした。
 「パステルカラー……か」
確かに私は、薄いピンクとか水色とか、黄色とかの柔らかい色が好だけど。でもでも、”パステル”ってあだ名はどうでしょう……
「あ、パステルが来たよ」とか「私もパステルさんみたいに、可愛くなりたいなぁ~」とか言われて辛かったです。一刻も早く学校から逃げ出したいって、ちょっと泣きそうになりました。まあ、”お姫様抱っこ”ってあだ名されるよりはましですけど……
 「明日からどうなるんだろ?」
そんな不安というかなんというか、暗い気持ちを抱えながら、私は床に着きました。イヤフォンを耳に付け、朝聴きたかった音楽を流しながら。
「おやすみなさい。ラス」
枕元のぬいぐるみ、小さなアライグマさんに声をかけ
「あ!そうだ。アルドナイさんの名前がまだ決まってなかった」
今更ながらに気づいたのです。そして
「アルドナイさん、アルドナイさん、起きてますか?」
声をかけてみましたが、お返事はありませんでした。仕方がないので私は眠りに落ちていきます。スゴロクでいうと、今日の私は”残念な出会い。一回休み”って感じでした。明日はいい日でありますように……
 
 「ふぅっ」
ため息を一つばかし、んでもって俺はソファに身を沈めた。
「偶然にしちゃ、出来すぎじゃないかな?ねぇ、セト」
部屋に一人でそう声を掛けると
『ソウデスネ、兄サン』
いつもの機械音声が、ヘッドフォンから流れてくる。
「まさかさ、アレを追ってたらあの娘、いや、あのアルドナイに会えるなんてね。ちょっと出来すぎだよ。運命の赤い糸かな……つーか、神様の悪戯だったりして?」
 こんばんは。蓮野久季です。周りからは、”レン”って呼ばれてます。蓮野の蓮の字を、音読みしただけ。誰が言い出したのか、もう忘れちゃったけどね。俺自身気に入ってるんで、みなさんも”蓮(レン)”って呼んでくれていいよ。ま、偽名なんだけどね。
 え?そんなことはどうでもいい?確かにみなさん、俺に聞きたいことがあることでしょう。「今誰と話してんだ?」とか、「セトって誰だ?」とかね。あれ?同じことか。いやいや、「そもそもお前は何者だ?」「あの化け物は何なんだ?」の方が気になるかな?
 すべてを話すと、三日三晩ノンアルコールで語り続けないとなので、それはご遠慮いただくことにしようかな。だってお口が渇いちゃうもん。
 おっと、話を戻さなくっちゃ。この街で化け物を追っていた俺は、真夜中にあの娘と出会った。薄いピンクのパジャマが”いかにも女の子”って感じの、可愛らしい少女だ。あんな娘がいたら、お父さんはメロメロだろうね。”将来パパのお嫁さんになる~”とか甘えられたら、さすがの俺も落ちてるね。
 あれ?褒めるポイントが変かな?え、違う?”そもそも、あの化け物って何?悪魔なの?”だって?なんだ、そっちの話か。
 みなさんは、悪魔とかって信じてる?契約を結んで魂を差し出せば、魔法の力を授けてくれるとか?残念ながら、俺は信じてないんだ。だってさ、人体の構造上とても出せないような怪力とか、物理法則を無視したような炎の魔法、つまりプラズマ現象とか、正直ありえないよね。説明がつかない。あと、辞書で調べるとわかるんだけど、悪魔ってのは仏教の魔羅とか、キリスト教のサタンを指している。おそらくこのイメージが強くって、化け物だったり魔法だったりを連想させるんだろうね。でも実際は、酷いことをする人間を例える言葉なんだ。
 ここまで聞けばわかるよね?先日の化け物も、悪魔とかって類じゃない。ただ、グラマトン粒子が濃厚になる状態で、”ある薬”を服用したおバカちゃんが、一時的に化物人変身しただけのこと。
 近頃この街で不自然な事件が続いている。猟奇的な変死体が数多く見つかってる。街中なのに、まるで野犬の群れに襲われたかのような、全身に噛み傷がるもの。とんでもない怪力で絞め殺されたり、撲殺されたようなもの。他にも、ありえないような焼死体だ。まるで全身に灯油とガソリンを被って、焼身自殺したみたいなやつ。街中で、火事が起きてないのにだよ?明らかに、化け物になれる困ったちゃん達がオイタをしているって訳。
 事実上、AIが情報を管理している日本。違法行為を目論めば、装着を義務付けられたブレスレットのアルドナイに通報される。そんな監視・管理社会において、”謎の事件”なんておき得ない。常識的にはね。にも関わらず、ここ最近の東京で、不自然な連続死が続いている。化け物の目撃情報と併せてね。それを追っていたら”美女と野獣”な現場に遭遇したんだ。
 昨晩、俺が始末したのは、橘とかいう男性教諭。女好きで女生徒にまで手を出しちゃうイケナイ大人なんだけど、それ以前に”巨大な化け物になれる”という、もっとアブナイなにかに手を出したヒト。恐らく組織に命じられて、あの子を誘拐しようとしたのだろう。それを保護するために向かわせたユッキーたち、2人の仲間が殺されちまった。
 話がいろいろ飛んだけど、動物占いでペガサスなのかもしれないけれど、俺はあの娘のことが気になって仕方がない。
「可愛らしい女の子だった。もしかして、”彼女”の生まれ変わりだったりして」
グラスに放り込んだ氷の上に、静かにブランデーを注ぐ。今この瞬間にも、悪魔と契約しちゃってる、困ったちゃんがいるんだけね。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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