第十項 天賜光輪

文字数 3,067文字

 「ふぅ~っ……終わった終わった」
さすがに疲れがピークになって、蓮野さんは倒れるように座り込みました。ギリギリの戦い、そして信じられない、矛盾だらけの壮絶な過去、私はただただ圧倒されていました。でも
「マジか?」
蓮野さんの表情が、再び戦闘モードです。
「貴様が……そうだったのだな」
燃え盛る炎の中に、人影が浮かび上がります。
「炎を”選んだ”と言ったな。それが”炎のプラヴァシー”でないことはわかっていた。貴様は異能を選べるというのだな……」
「そんなとこかな」
「アルビジョワ解放戦争に現れた英雄。扇動を妨害し、派兵された各国軍隊を撤退に追い込んだ男。炎ではなく、重力(やみ)を操る鬼神」
炎を風で吹き飛ばし、それは姿を現しました。光り輝く黄金の翼、森柴学部長の意識と感情が消えた存在。人の世の理の外にある、厳かな神格者です。そんな天使が
「シーブック・エル・ダートか」
蓮野さんをそう呼びました。

 一方的な斬撃でラグエルのやつを打ちのめす。しかし、人知を超えたその身体に、致命傷を与えるのは容易じゃない。あべこべに刀が折れちまった。
「ちぃっ!」
そういや、ラミエルのときもそうだったな。銃器も刃物も通用しなかった。切り札はやっぱり、俺のカインって訳だ。でも
「堅い!」
目の前のそれは、小憎たらしい天使様は、悠然と構えている。森柴のじいさんと違い、感情が見えないから性質が悪い。ペースを乱して付け入ろうにも、隙がない。
 「気は済んだか?」
何故かラグエルは剣を納めた。余裕のつもりか?そしたらこの野郎
「ならばもう時間がない。終わりにしよう」
額のプラヴァシーに光を凝縮させやがる。
「吾は割れ、誘うは消滅への祭壇」
おいおい正気か?そいつは破滅を意味する
「咎に染まりし汝ら子羊」
とんでもない呪いだぜ?
「降り注ぐ災厄」
まあ、克服しちまえば、”過去(おもいで)”だ。
「逃れることあたわず」
逃れて見せるさ。
「赦されず!」
”試練”っていう名のお遊びを!さて、これからどうしてくれようか。

 「ひ、飛行機?」
突然景色が変わりました。どう見ても空の上で
「え、え?なんですか?これ」
私たちは、この時代には空を飛ばない、ジャンボジェットの上に立っていました。びっくりです。本当に”上”に立っていたんですもの。
 あ、説明もなくすいません。またまた、ナレータは早苗沙希に代わりました。今私たちは、合成写真な感じの世界にいます。すごい速さで雲が流れる空の上、そんな映像を背景に天使と対峙しております。ここで違和感をひとつ。それは、空の上なのに寒くないし、吹き飛ばされもしないことです。なんと言うか、本当に背景が映像になっているだけみたいなんです。
 「ほう、我がプラヴァシーの邪魔立てするか」
そんな疑問に、ラグエルさんが答えをくれました。愉しそうに笑って、蓮野さんを見つめているのです。
 蓮野さんはただ黙って、輝く左手を天に掲げています。おそらく彼が何かをしているのでしょう。突然空の上にいるのは、ラグエルさんの仕業のようです。では、蓮野さんは何をしているのでしょうか?あとでわかることですが、ラグエルさんの邪魔をしているそうです。ラグエルさんが風のプラヴァシーで引き起こした奇跡、プラヴァシーから大量発生するグラマトン粒子を部屋中に広げ、そこにご自身のイメージを投影しているのです。プラヴァシーに残る残留思念、過去の空とそこを飛ぶ飛行機を、周囲の空間に投影したのです。記憶の中のジェット機の上に現れ、これを墜落させようというのです。風のプラヴァシーというだけあって、突風が吹き荒れる空から飛行機を落とし、爆風を巻き起こそうとでもいうのでしょうか?
 これに対して蓮野さんが引き起こした奇跡、それはリンクの妨害です。映像面だけはリンクしてしまいましたが、ラグエルさんのイメージを現実化することだけは、なんとか抑えているようです。確かに、私たちが高速で飛ぶジェット機の上に立ち続けているのは異常です。すぐに振り落とされるでしょうし、何より凍えているか、気圧の低さで体が膨張しているはずです。それが起きていないとうことは、ここがまだ現実になっていないからなのです。
 「こんな真似して、どうするつもりだ?」
蓮野さんの声色が、明らかに低いものになっています。
「いい眺めだろう?私たちの最期に相応しい」
「この飛行機を街に落として、すべてを消し去るつもりか?」
「あれだよ。あそこに見えるだろう?核廃棄物リサイクル施設が」
 ラグエルさんの指差す先に、関東地方最大の核廃棄物処理施設、”臨海リサイクル集中センター”がありました。1日200トンもの産業廃棄物処理能力があり、処理待ちの核廃棄物が、今も大量に地下に保管されています。
「あんなところに落とすつもりか?使用済み核燃料を爆発させるのは、原爆を使うのと同じことなんだぜ?」
「たとえ一部の思惑であったとしても、我を目覚めさせたという事実は、汝ら人間(にんぎょう)どもの総意なのだ」
「おいおい。もっとマシな願いが多かっただろう?七夕様の短冊、見てくれてないのか?」
「神話の時代からこれだけは変わらん。この星を苦しめるために、人間どもは我らを求める。原初の勤めを果たすため」
「あっそ……もうこの星は……十分に苦しんだと思うぜ?人間に貪られて」
蓮野さんは2本のナイフを構えなおしました。
「やっぱり俺は、あんたを消さなきゃダメっぽいな」
「愚かな……だが、眠りにつくまでの余興としては悪くない。今しばらく遊んでやろう」
そう言ってラグエルさんも、剣を真っ直ぐに構えました。

 「あ、あの……蓮野さん」
「うん?大丈夫だよ。俺が負ける訳ないだろ?」
「で、でも……」
不安と恐怖で、私はどうしていいかわかりません。自分にできることはない。でも、何かしないといけない。でも怖い……どうしていいのかわからない。そんな私の気持ちを察したのか
「そうだな」
彼は優しく微笑んで
「じゃあ、ひとつお願いしてもいい?」
「は、はい!なんですか?私にできることなら」
せっかくのシリアスな雰囲気なのに
「”蓮、負けないで”って、”私のもとに、必ず帰ってきて”って、御伽噺のお姫様みたいな感じでさ、お願いしてくれる?」
いつもの悪ふざけです。
「え?あの、意図がよく……」
「可愛い女の子が、自分の身を案じてくれる」
「はぁ……」
「恋人の無事を祈ってくれる」
「こ、恋人!?」
「そしたらさ、俺にも起こせると思うんだ」
そのまま真顔に戻って、ラグエルさんと向き合います。
「”奇跡”っていう名の、筋書きにないハプニングをね」
 私は呆れてしまいました。呆れて、恐怖どころか緊張感まで無くなって、噴出してしまいました。どうしてこのヒトは”普通に”出来ないのでしょうか?
「いい笑顔だ。元気になれる」
ずるいですよね?こんな大変な場面で、ユニークだったり、真面目だったり……何より、優しくしてくれたり……これじゃあ私だって、私だって……
「お願い……負けないで蓮。必ず帰ってきて」
心を込めて、このヒトへの恋心(おもい)を
「私……待ってるから。蓮と一緒じゃなきゃ、一緒じゃなきゃ……イヤだよ」
打ち明けるしかないじゃないですか。
「いいね。いけそうな気がしがしてきた」
両手を組んで祈る私に、彼が振り向くことはありませんでした。静かに呟いて、真直ぐに駆けていきました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み