第四項 セミナー

文字数 1,591文字

 「あなたがもしテロリストだったら、どうやって暴動を引き起こしますか?」
それは奇妙な光景でした。
「そうですね。警官による過剰な鎮圧事件を利用します。こちらのパネルをご覧ください。二十一世紀初頭、カリフォルニア大学で起きた、警官が学生たちを鎮圧している様子です。座り込み抗議をする学生たちに、催涙スプレーが浴びせられます。高齢の教授が、警棒で殴り倒されています」
 薄暗い公演会場、市民会館で開かれた、”反テロリズムと市民の備え”セミナーの席に、私たちはいました。
「ちょっと、どうするのメグ?」
メグが自宅に電話したところ、ヤスさんはアルバイトでこの会場のイベント整理の最中でした。とりあえず現地で会おうとしたところ「こちらへどうぞ」と、参加者に間違われてしまいました。そして3人で、最後列に座っているのです。
 でも、そういった状況以前に、このセミナーの雰囲気は異常です。だってさっきから
「あなたがテロリストだったら、その暴動の情報を、どのように利用しますか?」
「あなたがテロリストだったら、警官や軍隊と市民の衝突を、どうやって大きくしますか?」
「非致死性兵器の中で、どれが市民に使われると、メディアは騒ぎやすいのですか?催涙スプレーに催涙弾……LRAD(長距離音響発生装置)以外にもありますか?」
 こんな質問を、主婦だったり学生だったり、真面目そうなサラリーマンがしているのです。聞いているうちに、どんどん怖くなってきました。だって彼らは、演壇にいる防衛大学の教授に対して、”どうやって暴動を起こして”、”どうやって警官と衝突させて”、”パニックを引き起こすか”を聞いているのです。そう、この会場の人たちは、たぶん全員がテロリストです。
 静かに席を立って出ようと思ったのですが、ドアの前は全て、怖そうな男性たちが塞いでいます。鋭い視線でこちらを睨みつけ、ドアの前に立ちはだかっています。
「どうしよう……」
困ってしまって涙ぐむ私たち。そのまま公演は終わり、とり囲まれてしまいました。

 「蓮さん!」
泣きながら研究室に飛び込んできたヤスに、さすがの俺も驚いた。
「お願いです!助けてください!」
ヤスは必死に訴えた。髪はボサボサ、殴られた頬を腫らし、衣服は汚れ一部破けていた。おそらくリンチにあったのだろう。
「何があった?」
俺はヤスを教授の部屋に連れて行って、話を聞くことにした。
 「メグが、メグが……」
ヤスが1日バイトで働いたイベント会場で、妹たちが捕らえられた。椅子に縛られる3人を助けようとしたが、返り討ちにあって袋叩きにされてしまったのだ。
「あいつら、俺にこう言いました。”蓮野久希に伝えろ。人質を無事に返して欲しければ、一人で来い”って」
ヤスは大きな声を上げて泣いていた。痛みなんかより、大事な妹を助けられなかったのが悔しいのだろう。肩を震わせて泣いていた。
「任せろ」
「お、おい蓮!ちょっと待て。これは明らかに罠だ」
 憤りを抑えられない俺を、嶋田教授が静止する。だが、もうやる気になっちまったんだ。仕方ないよな?
「んなことはわかってる。それよりヤス、助けてやってもいいが、ひとつだけ条件がある」
「な、なんですか?俺にできることならなんだって」
「お前は知りすぎることになる。だから選べ。俺たちの仲間になるか、自殺するか」
「な、仲間?自殺?」「お、おい蓮!本気か!?」
「仕方ないだろ?こんな事態だ。仲間にするか、口を封じるか」
 俺の言葉に、ヤスは驚いていた。それはそうだろう。仲間になるか死ぬか、それを選べって言われてるんだから。だけどすぐに
「なります!仲間でもなんでもなります!だからメグを助けてください!」
「わかった。嶋田、スメラギに連絡しろ。俺は奴らを始末する。それと」
「それと?」
「森柴紗良を呼び出してくれ」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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