第八項 本当の戦い

文字数 2,529文字

 スキュラを撃退した蓮野さんは、弾切れになった拳銃を床に起きました。
「みんな片付けたぜ。出てきなよ!」
誰へともなく、大声を上げました。おそらく、この部屋に結界を張った相手に対してでしょう。そんな彼に応えるように、老紳士が現れました。
 「やあ、あんたの部下は全滅だ。人質も、自力で返してもらった」
笑顔で迎える蓮野さん。それを、いかにも地位のありそうな60代の男性が、苦悶の表情で見つめています。
「そうだな……君の……君たちの勝ちだ」
「ああ。そこで提案なんだが」
「……」
「あんたの印、”風のプラヴァシー”を渡してくれないか?それを封印したいんでね」
どうやら老紳士は、蓮野さんと同じく継承者のようです。彼の額に、微かな白い輝きが点いたり消えたりしています。
「これだけは、渡せんのだ」
「ふぅん……”大切な姪子さんと交換”って言っても?」
そうです。この方は森柴学部長、サラさんの叔父さんです。
 「貴様も継承者ならわかるはずだ。プラヴァシーは叡智の結晶。神が神たるべく必要なものだ」
「あのお嬢さんよりも大切なのかい?あんたにとって」
「くっ……」
「組織を裏切るのって怖いよね。でもこちらには、あんたらを保護する用意がある」
 蓮野さんは不思議です。命懸けで私たちを救い、今度は敵だったヒト、自分を殺そうとした相手を助けようとしています。優しいというか、お人好しです。なのに、その交渉手段として、サラさんを誘拐したようです。なんというか、正義の味方なのか悪人なのか、わからなくなります。子供の理屈では、世界は割り切れないということでしょうか?

 「無理だ……お前はわかっていない」
「わかってるさ」
「いいや、分かっていない。新世会などただの実行部隊に過ぎない。私が所属しているのは」
「教導団(オートポル)だろ?世界最強の諜報組織」
”オートポル”、この名称が表に出たのは2048年、アルビジョワ解放戦争の最中です。各国を経済と技術で援助する名目で、市場化しまくって暴利を貪った組織。国連に専門家として幹部を送り込み、実質的に内部から支配していたそうです。
 「アルビジョワではさ、裏でいろいろやってたよな?あんたらの部下である大統領を守るためにさ。架空の人権団体を創って、反政府運動を援助するフリをして、上手く取り入ってた。最後には裏で操って、内紛で滅ぼすほどにね。まだまだあるぜ。情報操作に虐殺。今は無きCIAやKGBも真っ青だよ」
「そ、そこまで知っているのか?ならばわかるだろう?プラヴァシーを失った私など、簡単に消されてしまう。お前だって」
「勝てる訳ない、ってか?」
「そうだ。この世界でオートポルと戦うことも、逃げることも不可能なんだ。貴様がどんな組織に所属していようとも」
「じゃあどうするってんだ?あの娘を見捨てて、俺と戦うのか?」
「……ああ……それしかないのだ……」
「そう……残念だね」
 蓮野さんはアルヘイムに響き渡るように、思念を発しました。仲間たちへの合図です。
”交渉は決裂した”
 これが意味するところは、あの学部長もおわかりでした。だから彼は祝詞を口ずさみ、究極の神儀に手を染めます。すべてが、蓮野さんの狙い通りです。
「怪力乱神を語らず」
久しぶりだそうです。
「六枚羽と対峙するのは」


 「残念だな……もう少し、クレバーかと思ってたよ」
そう言って彼は前傾姿勢になりました。残念と言いながら、とぉ~っても嬉しそうです。
「貴様だけは許せんのだ。この命に懸けて、八つ裂きにしてくれる。そして、この汚れた世界とともに、貴様を浄化してくれる」
愛する姪を傷つけられ、森柴学部長は自ら触媒となりました。
「例えそれが、あんたの身を滅ぼすとしても?」
「そうだ。貴様を倒すためなら、我が命など厭わん!」
「なるほどね。あんたが相手で良かったよ。真面目で常識があって、正義感まである……だから嵌めやすい」
蓮野さんと森芝学部長、いえ、天使ラグエルが激突します。両者の剣が激突します。蓮野さんは、自分より一回り以上大きな天使と、激しく斬り結んでいました。そして私は目を疑います。
「くっ!不完全なくせに!」
蓮野さんが
「この化け物が!」
劣勢なのです。体格差が腕力差となり、彼の斬撃はことごとく弾かれます。ではスピードは?
 「ずりぃぞ!そんなにデカいのに、どうして俺より速いんだよ!?」
お聞きのとおりです。しかも炎は、風の壁に遮られてしまいます。天使の巻き起こす突風が、常に蓮野さんを風下に置きます。爆炎は届かないどころか、火力を増してこちらに襲いかかってきます。だから、銀色の悪魔も呼び出せません。
 「ったくもう……こっちの手の内、ことごとく封じやがって」
天使の斬撃を受け止めた蓮野さんが、壁に叩きつけられていました。剣を受けた刀ごと吹き飛び、今は床に突っ伏しています。
 「終わりにしよう。我が最愛の娘、サラを汚した罪、その身で存分に償うがいい」
私は動くことができませんでした。声を発することも。だって、蓮野さんはいつも自信満々で、強くて、絶対に負けない。そう思い込んでいました。でも
「ち、ちっきしょう……」
今の彼は、長時間の戦闘で満身創痍でした。さらに炎も刀も封じられ、絶体絶命なのです。
 「こんなところで……くっ?」
立ち上がろうとしても、膝に力が入らないみたいです。四つん這いになり、動けなくなってしまいました。
「貴様だけは……赦してなるものか!」
「うるせぇーな。何様のつもりだよ?」
天使様です……じゃなくって、こんな状況なのに、彼は相手を挑発しました。わざと怒らせるような言葉を浴びせています。負け惜しみ?いえ、そんなことをいうヒトじゃない。
「あんたは、人質にした女の子たちをどうするつもりだったんだ?それと同じことが、今まさに進行中だと思うぜ?」
「き、きっさまぁーーー!」
これに天使が激怒して
「我が聖剣エクスカリバーよ。罪深き悪魔を滅せ!」
大上段に構えた剣を振り下ろします。
「死ねぇええええ!」「やめてぇええええええ!」
私は目を閉じて、ただただ叫びました。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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