第一項 浮世がたり

文字数 2,344文字

 「ったく……女難の相でも出てんのかね?」
今日も俺は、ソファに倒れ込んで天井を仰ぐ。
 こんばんは。蓮野久希です。よく来てくれたね。普段なら、紅茶とお菓子でお出迎え、って感じなんだけど、正直今日は無理!疲れっちゃってさ。え?何に疲れてるかって?昨日徹夜した上に、さっきまでこんな電話をしてたんだよ。

 「だ・か・ら!いつになったら帰ってくるのよ!」
「まあまあ、正月にはちゃんと帰るからさ」
「正月!?今まだ9月よ!夏休みも帰ってこなかったくせに!」
「ははは、仕事が忙しくって。それにレポートも溜まってるんだよ。このままじゃ俺、留年し」
「そんなこと聞いてないわよ!」
受話器の向こうから響く、小娘のヒステリー。
「お義兄ちゃんがちゃんと食べてるか、お義母さんも心配してるんだよ!?」
なんだそりゃ?
「なんなら今から私、今からお義兄ちゃんの部屋に行くからね!」
興奮しすぎ。今からって、無駄に2回言ってるよ。
「それは困る」
「なんでよ?」
「俺、部屋を空けること多いし。それに」
「それに?」
「いつ彼女が遊びに来てるか、わからないだろ?いくらなんでも、義妹の前で彼女とイチャつく訳にもいかないし」
これは相当効いたらしい。ブチギレた義妹が、一通り俺を罵ってた。当然俺は、受話器から耳を話して、適当に相槌を打つんだけどね。
 お!左手の握力が戻ってきた。ここのところ、毎晩のように戦い続けてたから、朝から左手がだるかったんだ。講義のノートもまともにとれないくらいにね。戦うってのは、体にスゲー負担がかかる。毎晩刀を振り回してたら、筋肉痛にもなるし、力も入らなくなっちゃうよ。え?”銀色の何かを召喚できるんだろ”だって?よく覚えてるね。俺が発動したのが何か、それはちょっと言えないな。企業秘密だから。
 おっと、義妹(でんわ)を放置し過ぎたかも。そろそろ終わる頃かな?
「わかったら返事!」
どうやら、ちょうどお説教もクライマックスみたいだ。
「……ごめん……」
”ハイ”ではなく、わざと小さな声で謝ってみる。いかに申し訳なさそうに見せるかが、あたかも泣いているかのように見せるかが、腕の見せどころだ。
「ま、まぁ……わかればいいのよ!」
そしていつものように、高校一年生の義妹は引っかかって怒りを収める。ホント、いつもどおりだ。
 「ふぅ~……」
また一つ幸せを逃がして、ってため息を吐いただけなんだけど
「男が女の説教を、聞いてる訳ないだろ?」
受話器を置いて、悪い義兄は微笑むのだった。

 「よっと……んじゃ、調査結果を聞かせてよ。セト」
軽くひと伸びをして、俺はブレスレットのmyアルドナイ、”セト”に話しかけた。
『感染源ハ、確率82%デ新世会デス』
「やっぱりね」
”新世会”、それは今最も勢力のある新興宗教団体だ。もともとは塾経営から始まった教育系機関。それがお受験業界で成功して、奥様方の絶大な支持を得ていった。同時に、塾長さんが某仏教系のお寺の次男坊で、”教育”を前面に出しつつも宗教色を強めていった。 「まったく、どんなからくりでアルドナイの目を誤魔化してるんだか」
『信者ニ医師ト、アルドナイ制御プログラムノエンジニアガ多数在籍シテイマス』
「なるほどね。ブレスレットの定期メンテや修理のタイミングで、都合のいい不良品に摩り替えていくわけだ」
『ハイ。デモソレ以上に危険ナノハ』
「沙希ちゃんのことか」
『ハイ。彼ラハ長年、イレギュラー・アルドナイノ開発ヲ目論ンデイマシタ。ソンナ折、彼女ガ降臨シマシタ。最高ノイレギュラーガ』
「それじゃあやっぱり……」
『”閉ジタ輪廻”ガ、再ビ回リ始メタノデショウ』
「了解。で、俺はどうすればいい?」
『コチラノ方ヲ、調査シテクダサイ。彼女ハ新世会ト繋ガッテイマス』
そう言ってセトは、最近テレビで引っ張りだこの、占い師のオバサンを表示した。
「なるほどね……占い、流行ってるもんね」

 断っておくけど、俺は宗教嫌いじゃない。むしろ必要だと思ってるくらいだ。なんでって?それは、宗教は教育みたいなもんだと思うから。自分を律して尊厳をもつ。それにはモラルだとか、社会のルールが必要だ。大昔、法や教育の整備が不十分だった時代……そこでは、物語をとおして教育がなされていた。どんな物語かって?それは、聖書とか聖典によくある、神様とか天使が出てくるお話だよ。”このお話から、こういうことを学び取ってね。悪いことしちゃダメだよ“って感じでね。
 それともう一つ、祈る相手がいるってのは悪くない。それが神様なのか仏様なのかは知らないけど、感謝の気持ちを示して、謙虚な心を養うのは悪いことじゃない。あと、他人に言えない悩みを、”ヒトではない何か”に告白、懺悔して”聞いてもらう”ってのも、精神衛生上必要かもしれないしね。
 問題は、”宗教を悪用する人間”なんだよ。戦争の口実にしたり、悩み苦しんでいる他人の財産を狙って、陥れたり利用するような連中がね。

 さて、話が長くなったけど、ひととおり”イケナイ情報”を確認したし、そろそろお休みしようかな。お目々がシパシパ、お眠の時間だしね。
「ふぅ……そーいえば、あのヒトも悪い宗教(カルト)にハマッてたな」
瞼を閉じると、8歳くらいの少年が泣いている。”狂信者”と呼べるであろう、盲目の母親が一日中仏壇に向かっている。位牌のない、教祖様用の本尊を拝んでいる。そんな彼女が夫と上手くいくはずもない。崩壊した家庭で、少年は親の愛情を知らずに育ってしまう。両親は溜め込んだフラストレーションを、少年への虐待、暴力という形で発散する。
「痛いな……」
思い出すと、胸が痛く……冷たくなる……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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