第三項 悲哀

文字数 939文字

 一通り遊んだあと、私は父と向き合いました。
「パパ、ごめんなさい。本当にごめんなさい……サキ、サキは……」
「大丈夫だよ」
「でも……ウチがあんなこと言ったから……”パパなんかいらない”って言ったから」
「大丈夫だよ。気にしないで」
「でも……ウチ、パパに”捨てられた”って思ってて。酷いこと言っちゃって……」
「パパはそんな弱虫じゃないよ?パパはサキの、自慢のお父さんになりたくて、頑張ってたんだから」
「パパ……」
「不幸な事故でこうなっちゃったけど、サキがお嫁に行くまで、生きられなかったけど……ごめんね」
「そんなこと」
「天国でいつも見守ってる。だから……」
あのときの、最期になる前の、遊んでくれた時の笑顔になる。
「幸せになってくれ」
私は泣きました。一生分くらい泣きました。お父さんが亡くなった時、お母さんの顔色を窺って、私は泣けなかったのです。ううん……泣かなかったのです。
 あのとき泣いておけばよかった。お父さんの死を、悼んであげればよかった。
「ごめんなさい……パパ……ごめんなさい……」
お母さんは、”パパが私たちを捨てた”と、ひどい男だと罵っていました。でも、パパが亡くなった時、私は真実を知ったのです。本当のことを……お母さんの嘘を……
「いいんだよ……サキが今も、優しい女の子でいてくれた。パパはそれだけで」
嬉しそうに微笑みました。そして私を抱きしめて
「生まれてきてくれて……ありがとう」
眩い光の中に、溶けて逝いったのです……

 半分夢の世界に浸りながら、彼女は子供のまま目を開いた。
「パパ……大好きだよ……」
泣きじゃくる彼女を、俺は力一杯抱きしめていた。自分が蓮であるということを忘れて。ただ、彼女の父親として……だけど
「きゃぁっ!」
目を覚ました彼女は、俺より先に正気に戻り
「は、蓮野さん!?何してるんですか!」
すごい勢いで、腕の中から逃げ出した。
 彼女の心に長居しすぎた俺は、アイデンティティーを他人の記憶で上書かれつつあった。だから
「しまった!」
先に現実に戻って、対処することができなかった。正直まだ、頭がボーっとしてる。”良かれと思ってしたことが、裏目に出る。このままだと、取り返しがつかないことになりそうだ。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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