プロローグ

文字数 1,484文字

 「早くしないと遅れるよ?」
 2LDKの小奇麗なマンション、フルリフォームされてキラキラした玄関から、彼が急かす声がします。
「ちょっと待ってよ!ボクの方が準備大変なんだよ?」
急いでジーパンのジッパーを上げ、少し大きめの上着を羽織ります。おっといけない。ヘッドフォンを忘れるところでした。
 結わえた髪、栗毛色のポニーテールを垂らして鏡を見ると
「よし、今日も大丈夫」
鏡には少し幼い少年、男装した私が映っています。今朝の変装も100点満点!完璧です。
 慌ててスニーカーを引っ掛けて、私は彼、蓮野久季(はすのひさき)(21)のもとに駆け寄りました。
「待ちくたびれたよ」
という彼に
「ボクの方が準備大変なのに、朝ごはんまで作ってるんだよ?」
と返してそっぽを向いてみます。すると
「ごめんごめん。そんなに怒らないで」
とっても優しい笑顔になります。娘とじゃれる父親のような、穏やかで暖かい笑みを浮かべて、私の頭をナデナデするんです。
「まったくもう。まったくもうったら、まったくもうだよ……ほんとに」
私はこれが嫌いではありません。というより、嬉しかったりするんです。子供っぽくいじけてみせると、彼が嬉しそうに機嫌を取る。普段見せる、仮面の作り笑いじゃなくて、私だけが知っている、彼の一面。
 おっと、ごめんなさい。これじゃあ、何が起きてるのかわかりませんよね。この物語がどんなものなのか、全然伝わりませんよね。それでは改めて、自己紹介をさせていただきます。
 みなさん初めまして、桜苗沙希(さなえさき)(16)と申します。私立聖都大学附属女子高等部の1年生です。訳あって今は、聖都大学経済学部の一年生です。一年生の男子学生として、こちらの男性、蓮野さんの従兄弟ということになっています。
 余計混乱させてしまいましたか?すみません。そうだと思います。私だってまだ、色々と混乱しているのですから……
小さい頃読んだ少女漫画に、”好きな男子を追っかけて男子校に潜入!(男子生徒に変装して)”とかあったのですが、まさか自分がそんなことをするなんて。しかも、ラブコメのドタバタ劇ではなく、スパイの助手になるだなんて。どっちかって言うと、男の子向けの物語ですよね。
 状況を整理しますと、去年の夏、私は蓮野さんと出会いました。彼に命を助けてもらったのですが、秘密を知ってしまったため、彼の助手になっちゃいました。なっちゃったんです。16歳の女子高生が18歳の男子大学生として、“彼と同棲”するという、バリューセットになっちゃったんです。
 惚れた弱みと言いますか、そのまま彼の、身の回りのお世話までしています。いえ、最初に告白したのは彼の方なんだし、惚れた弱みってのはおかしいのかも。でも、そもそもあれって告白にカウントされるのかなぁ?
”鶏が先か、卵が先か”、そんな感じで頭がぐるぐるしちゃいます。
 「今日は3限の講義が終わったらすぐ、15時に北門集合ね。嶋田教授と一緒に、次期国防アンドロイド用AIの応募説明会に参加するよ」
あれ?私がみなさんに説明中なのに、彼は今日の予定を話し出しちゃった。
「表向きは、防衛庁さんの説明会だけで、うちも含めて、独自開発したメカニズムの売り込みなんだけどね。今回は防衛庁だけでなく、警視庁との懇親会もあるから、みんなやる気満々だろうね。負けてられないや」
「う、うん……わかった」
仕方ありません。私は彼と大学に向かいます。ですからみなさんごめんなさい。特別に私の日記をお見せします。特別ですよ?その日記の物語をご覧下さい。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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