第七項 悪夢へGO

文字数 2,302文字

 さて、場面は変わります。私たちは今、ちょっとお洒落なレストランにいます。周りは仕事帰りの若いサラリーマンとOLさんです。本当は早く帰りたい……というか、このヒトから逃げたかったのですが、蓮野さんと4人でテーブルを囲んでいます。
 「せっかくのお誕生日だし、お祝いさせてよ。この間のお礼も兼ねて、みんなにご馳走するよ」
という彼に
「わーーー!ありがとうございます」
と、メグが即答してしまったのです。
 私たちは家に電話し、学校の先生とご飯を食べるということにしました。
「また、つまらぬ嘘を吐いてしまった……」
メグが一人でふざけています。すると蓮野さんが
「何食べたい?」
と、誕生日である私の希望を聞きます。
「えっと……私は、その」
「なんでも好きなもの言ってよ」
そんなこと言われても、正直乗り気じゃないし、図々しいって思われるのも嫌だし。
「その、私なんでもいいです」
と、ついつい曖昧な返答をしてしまいました。
「ふぅ~~~ん」
それを聞いて蓮野さんは、明らかに作り笑いになりました。しまった!何か食べたいことにすればよかった!後悔先に立たず……こういうときは、食べたいものをはっきり言った方が、相手に対して失礼じゃないんですよね。でも、子供の私はつい……
「あ、あの」
「じゃあ俺、食べたいものがあるんだけど、それでいいかな?」
あれ?予想外の反応です。お勧めのお店があるのでしょうか?まあ、こちらとしては大助かりですが。
「あ、はい。何にするんですか?」
でも、それは大きな間違いでした。
「うん。それはね」
彼は邪悪な笑顔に豹変し
「あそこの店の」
「あそこのお店の?」
「蠍の佃煮」
って仰っしゃいました。
”サソリ”……って聞こえました……

 あのあと私たちは、必死に彼を説得しました。生まれて初めての命乞いです。彼はサソリの栄養価の高さと、それを食べる国について、うんちくを語ってくれました。とぉ~っても楽しそうでした。だから私たちは確信しました。
”このヒト本気だ!サソリがお皿でやってくる!”
だから怖くて仕方がなくって、”やらせてなるものか、そうはいくか!”って、普段眠る潜在能力を引き出して頑張りました。女子学生3人、私とメグなんか涙ぐんで、必死に懇願したんです。そんな光景、みなさん見たことありますか?
 で、このレストランに至る訳です。
「こういうお店、初めて来ました!」
メグのキョロキョロが止まりません。
「あははは。気に入ってもらえて嬉しいよ」
どうやら蓮野さんはこのお店の常連さんみたいです。でもまだ学生なのに、なんでだろ?そんな私の表情を読み取ったのか
「嶋田研に宮代さんていう博士課程のお姉さんがいてね。彼女が大学発のベンチャー企業を立ち上げたんだ」
 宮代皇子(みやしろこうこ)(25)、通称スメラギさん。皇子の”皇”の字を、スメラギと読むそうです。
「えっと……それはつまり?」
「宮代社長と愉快な仲間たち。俺もそこで社員やっててね。大学に進学すると同時に、高卒扱いで就職したんだ。んでもってさ、最近まですぐ近くの金融機関でシステム開発をやってた」
「へぇ~~~、すごいですね~!」
 ここでアマノが食いつきました。大人っぽい彼女は、そういった大人の世界に興味があるようです。
「うん。詳しいことは言えないんだけど、証券の売買をするシステムでね」
しばらく2人は盛り上がっています。要約すると、蓮野さんのお客さんである金融機関は、色々な投資をしているそうです。それは金融ビッグバン以来普通のことで、証券会社を利用して有価証券(株とか債券のことだそうです)を売り買いして、その有価証券やお金を信託銀行に作った口座で管理しているそうです。で、そのためのデータのやりとりとか、いくら儲かったか、損したかを計算するシステムを、株式会社スメラギ総合研究所が提供しているようです。
 「面白そうですねぇ~」
関心する以上に、アマノが興味を持っているのがわかります。
「君は卒業したら進学するの?それとも就職?」
「一応、アルドナイも進学を進めてくれてます。でも」
「もし、興味があるなら口聞くよ。俺みたいに、学生しながら社会人ってのも、悪くないからね。ただ」
「ただ?」
「理系とに進学したら、難しいだろうけど」
「どうしてですか?」
「出席が厳しいんだよ。仕事する時間が取れないんじゃないかな。実験があるところだと、週3日の午後丸々、実験が必須になったりするからね」
「へぇ~」
「だから、学業と社会に出ること、どっちを優先するか、一応、アルドナイと相談しておくといいんじゃないかな」
「はい!」
 蓮野さんとアマノが、意気投合しています。なんというか、年の差はあるけれど、二人は仲のいいカップルみたいです。
「プロジェクト中にさ、よくここのランチに連れてきてもらったんだ」
蓮野さんのお話が続きます。
「で、お給料が出たら、自分たちもディナーとかに来るようになってさ。おすすめはボンゴレビアンコのパスタと……スズキの白ワインソテー」
だから店員さんとも顔見知りだそうです。制服姿の女子学生を連れていても
「あら蓮君、可愛いお連れさんね」
くらいで済んでしまったようです。
 お仕事の話を聞いて、美味しい料理に舌鼓を打って、ちょっとだけ大人の世界を覗いた気分になりました。そんな私たちに蓮野さんは
「肉料理には赤ワイン、お魚には白ワインが」
調子に乗り始めました。
「未成年に、お酒勧めないでください!」
これがなければ、いいヒトなのかもしれないのですが。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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