第五項 全面戦争

文字数 2,423文字

 「いいか!絶対に人質に手を出すな!傷つけることは許さん!わかったな!?」
怒鳴りつけるように捲し立て、老紳士は受話器を置きました。
「どうしてこんなことに……」
眉間に指を当て、目を閉じてただただ苦悩しています。
 「蓮野久希です。初めまして」
突然鳴った彼の電話。姪のサラさんからの電話と思い、初老の紳士は表情を緩めます。でも、聞こえてきたのは敵の声でした。
 「これから紗良さんとデートなんですが、”東京のお父さん”に、ご挨拶しておいた方がいいかなって思いまして」
とんでもない話です。これから殺そうとしている相手が、これから姪とデートすると電話してきたのです。若い男性が、不自然に優しい猫なで声を出しているのです。
 「宣戦布告か……しかし」
サラさんを人質に取られたことを、彼は瞬時に理解しました。電話の向こうで、サラさんの声がして、蓮野さんに駆け寄っている様子がわかったからです。嬉しそうに、楽しそうに、猫撫で声を出しています。自分が人質であるとも知らずに。
「最悪だ……紗良、無事でいてくれ」
 ”蓮野久希の殺害”を指示したのは彼、森柴学部長ですが、まさかサラさんの交際相手(?)だったとは、ご存じなかったようです。蓮野さんの親しい人間を捕らえ、誘き出すことにしていたのに、アベコベにサラさんを人質にとられてしまったのです。
「いざとなれば、あいつは紗良を傷つける。それだけは……それだけは……」
たった一言の自己紹介、それが森柴学部長を追い詰めます。
 蓮野さんは早くから、森柴学部長の正体を知っていました。だから聖都大学に編入(潜入)したのです。サラさん本人に悟らせず、彼女を人質にとっている手際から、もともとこうするつもりだったのでしょう。
 敢えて脅迫せず、ただ”デート”とだけ告げて、電話を切られたら、みなさんはどう思いますか?恐らく、不安で不安で仕方がなくなちゃうのではないでしょうか。この男は何をたくらんでいるのか、サラさんがどんな状況にいて、どんな目に遭わされるのか、想像するだけで森柴学部長は気がおかしくなりそうでした。
 「あれは警告だ。3人に手を出せば、そのことが……いや、それ以上のことが、紗良の身に降りかかる……」
この歳になって、この地位を得て、こんな思いをすることになるとは思わなかった。これほどの恐怖を味わうなど……
「紗良……神よ……どうかお守りください」

 なにかあったんでしょうか?フロアの雰囲気が変わりました。市民会館の講演会場、並べられた椅子や机も片付けられた大会議室に、私たちは拘束されていました。部屋の奥で、椅子に縛られて猿轡をされて、さっきまで泣いていました。そんな私たちを、30名くらいのテロリストがちが見張っているのです。男性の何名かは、いやらしい視線でこちらを見ながら、ニヤニヤしながら何かを話しています。殺される、いえ、それ以上に酷いことをされそうで、怖くて仕方がありませんでした。
 でも、一本の電話が鳴ってから、彼らの雰囲気は変わりました。命令か何かでしょう、それを受けてから、明らかに不満そうで、ギスギスとした雰囲気になりました。でも、気持ちの悪い視線、私たちの身体を舐めまわすようなそれが無くなり、正直怖さは半減してくれました。
 そんな中、乾いた音が鳴り響きました。”タタタタタタタ!”っていう音が響き、それに続いて悲鳴が聞こえます。にわかに空気が緊張し、見張りの男性たちが臨戦態勢に入ります。ちょうどそのとき扉が蹴破られ
「て、てめぇ!」
テロリストたちが、侵入者に飛び掛ります。が……
「ぎゃあああああ!」
入ってきた人影は、両手のサブマシンガンで左右の敵を射殺します。2丁のマシンガンは、あっという間に10人ぐらい、テロリストを蜂の巣にしていました。UZIという、イスラエルの古いサブマシンガンのようですが、すみません。私は詳しくないので、よかったら調べてみてください。だってこの時代、銃なんて見る機会がないんですもの。
 弾切れになると、彼は両手の銃から手を離します。それが床に落ちるよりも早く、両脇からナイフを抜いて、左の敵に踊りかかります。左右のナイフが、ことごとく敵を切り裂きます。頚動脈が切られるたびに、血飛沫が壁と天井にM字模様を描きます。

 あっという間の出来事でした。彼が、黒いコートの蓮野さんが、たくさんの敵を倒していきました。アマノとメグは、その凄惨な様子に恐怖し、目を閉じてずっと顔を伏せています。
 ナイフが血で切れなくなると、彼は刀に手をかけます。そんな彼を放っておいて、テロリストたちは四方に走ります。逃げ出している訳ではありません。壁際に散って、それぞれがFIGを注射しようとしているのです。蓮野さんは、より近い敵から追撃します。
 「ばらばらに走るか。やるね」
蓮野さんが始めて口を開きました。同じ方向に逃げる敵なら、まとめて背後から攻撃できるでしょう。でも、”一人でも多く変身できればいい”と考えたテロリストたちは、効率的な判断のもと、四散しました。蓮野さんが何人かの味方を、背後から斬りつけている時間、仲間の犠牲を活用して……
 そして数匹の化け物が起動します。今回はガトリングガンを持っていませんが、それぞれが特殊兵装を持っていました。蟹を模した爪や蠍の尻尾など、ビックリするような武器が蓮野さんを襲います。
「セケトに……パピルサクかな?」
黒光りする金属のそれを回避しながら
「武器のバリエーション、随分増えたね」
彼の斬撃が化け物を刻みます。
「プロトタイプが世に出てから、30年以上経ってるもんな」
蟹が振り下ろした重い腕を、付け根でもある肘で切断し
「武器が増えて、操作性も向上して」
返す刀で、蠍の体幹を斬り払います。
「戦争の準備、整ったみたいだね」
そしてそのまま、彼はミノタウロスに躍りかかるのです。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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