第十七項 健やかに

文字数 3,290文字

 「こ、ここが……ブリッジ……ですか?」
私たちは、駅近くの歩道橋にいました。
「そう。ここがブリッジ!粋でしょ!?」
ヤスさんがとても楽しそうです。
「ここからホームの方を見てごらん。たまにカップルがチューしてるのが見えるから」
ほろ酔い気分の蓮野さんが、一緒になってふざけています。
 えっと、どういう状況なのかご説明しますね。ただいま午後9時21分です。蓮野さんのおごりで焼肉屋さんに行って、私たちは食べ放題にチャレンジしました。そのあと遂に、念願のブリッジに辿りついたのです。
 あの戦いが終わったあと、彼に送ってもらいました。私を送り届けるとすぐ、彼はいなくなってしまいました。でも、翌日の夕方になって戻ってきたのです。ヤスさんとメグ、アマノを連れて。我が家の呼び鈴を、何度も何度も鳴らすのです。
「ニク!」
インターホン越しに、その二文字が響きました。
「に、にく?」
「肉食いに行こう!女性3名以上のグループは、特別割引なんだ!」
そう言って、焼肉屋さんのクーポン券を取り出します。インターホンの画面には、クーポンしか映っていません。そして私たちは、”ダイエットって何だっけ?”的な、焼肉パーティーに臨んだのです。

 蓮野さんとヤスさんはお酒を飲んでいて、絵に描いたような酔っ払いでした。ああ、”酔っ払うと明るくなる”ってこういうことなんだ、ってくらいです。わかりやすく楽しそうでした。
 「お前、どんな女と付き合ってたんだよ!?」
途中からヤスさんの元カノ話になり
「不思議ちゃん、ヤンデレ、メンヘルって……兄貴、そんなに好きなの?修羅の道が……」
メグが涙ぐんで、お兄さんを哀れんでます。
「仕方ないじゃないすか。いざ付き合ってみたら、中二病だって判明するんだから」
「残念だな」「残念ね」
そしてグラスを空けた蓮野さんが
「なあヤス、残念のスタンプが5個集まるとどうなると思う?」
「え?どうなるんすか」
「”無念”になるんだよ」
「はぁ」
「そして無念のクーポンが3個集まると」
「集まると?」
「”邪念”を帯びるんだ」
「それがなんだっていうんです?」
「今、お前の写真を撮ったら」
「写真を撮ったら?」
「心霊写真が撮れるだろう……」
「そ、そんなぁ~」
そして動揺するヤスさんに
「どうぞ、安らかにお眠りください」「兄貴、成仏してね」
蓮野さんとメグが、両手を合わせてお祈りしていました。

 そんな感じで、男性陣とメグは終始ふざけあっていました。そしていつの間にか、8時を過ぎてしまいました。宴もたけなわですが、そろそろお開きです。
「そうだ蓮さん。今日こそ行きましょうよ。ブリッジ!」
またまた出ました、”ブリッジ”です。こんなにヤスさんが行きたがる、ブリッジって一体どんなところなのでしょう?
 「ねぇ兄貴、ブリッジってどういうのお店なの?いい加減、教えてよ」
「いやぁ~、言葉じゃうまく説明できないよ。実際行かないと、あそこの良さはわからないからなぁ~」
「う~~~……なんかムカつく。ねえ蓮さん、私たちも連れて行ってくださいよ」
「そうだなぁ~、どうしよっかなぁ~」
カードで支払いを済ませる蓮野さん。気のない返事が見え見えです。
「わかりましたよ!どうせ男だけの秘密なんでしょ?エッチなお店かなんかでしょ?」
「え?いや、そうじゃないけど」
「いいですよ!ね、サキ先輩!」
「な、なんで私に振るの?」
「だって、先輩を口説いてた蓮さんが、実はキャバクラ通いとか、もしかしたらもっと」
「お、おいおい!なんか話が変な方向に」
蓮野さんが慌て始めました。ちょっと面白いので、メグに乗ってみましょう。
「仕方ないよメグ……最初から、蓮野さんはそういうヒトだったんだよ。私のことも、きっとそういう目で見てたんだよ」
と目を伏せてみます。
「ちょ!?」
お酒が入っているからでしょうか?からかわれて動揺する蓮野さん。ちょっと新鮮です。
「もぅ~、仕方ないなぁ」
「え?」
「特別だからね?秘密にできるなら、ついといで」

 そして案内されたのが、メグの家の最寄り駅でした。改札を出てすぐの歩道橋。そこは、駅のホームを見下ろせる、橋になっているのです。
そう……”橋(ブリッジ)”です……
「あ、あの……」
私たちの手には、キヨスクで買ってもらった飲み物が握られています。あったかい缶コーヒーを手に、私は駅のホームを眺めています。ただ、眺めているだけなんです。
 「どう?ここで缶ビール飲みながらさ、ホームをボーっと見下ろすんだ。カップルだったり酔っ払いだったり、いろいろ見えて面白いよ」
なんというか、今の蓮野さんは本格的に酔っ払いです。蓮野さんとヤスさん、二人とも額にネクタイを巻いたら似合いそうです。
「そうそう!それと、チーカマ食べながら眺める満員電車も、かなりオツですよね?」
「ああ、アレはヤミツキになるね!」
何故、満員電車を眺めるのがヤミツキになるのでしょうか?
「そうだ蓮さん。あそこのお肉屋さん知ってます?」
「ん?あの、アーケード入ってすぐの?行ったことないなぁ~。だいたい、夜はしまってるじゃん」
「実はですね、夜7時まで営業時間が延びたらしいんですよ」
「ふ~ん、それで?」
「この間、帰りに寄ってみたらコロッケが揚げたてで、思わず買っちゃったんですよ」
「うんうん」
「そしたらコロッケがメチャ旨ですよ!ソースかけ放題のコロッケつまみにブリッジしちゃいました!」
「うわ!たまんねぇ~……どうして俺を呼んでくれないんだよ!」
「え~?だって蓮さん、その日はお嬢をまいて、昼前に逃げちゃったじゃないですか」
「ああ……あの日か……」
楽しそうだったり、ガッカリしたりと、本当に忙しそうですね。蓮野さん。

 そんな彼を呆れ顔で眺めていると
「でもヤス、ブリッジもほどほどにな」
急に真顔になりました。
「え?なんでですか?」
「この近くに、学生部の澄谷さんが住んでる」
「就職課の?やべっ!あのお局様にこんな姿見られたら」
「洒落じゃ済まない大事になる」
洒落じゃすまない大事って、就職活動に支障をきたすとか?それはそうですよね。
「たぶん彼女も参加する」「ですよね……」
「はい?」
思わず声が出てしまいました。会話に参加するつもりなんてなかったのに。。
「あのヒト、45歳で独身だろ?ここに引っ越したのだって、そこのマンション買ったかららしい。しかも現金(キャッシュ)で」
「すげぇ!じゃあ、毎晩ブリッジできちゃうじゃないですか?」
「そうだ。だから気をつけろ。こんな姿をフライデーされてみろ。すぐさま指導室で取り調べだ。んでもって」
「んでもって?」
「ブリッジの良さを知られたが最後……お前は毎晩、”ブリッジのちマンション”だ」
「そ、そんなぁ~」
”ブリッジのちマンション”って、”晴れのち雨”みたいな言い方です。
「しかも酔った彼女は相当面倒らしい。コロッケ片手に2人っきりで、彼女をなだめることができるかな?」
「ム、ムリっすよ!20歳そこらの若造が、お独り様の愚痴に耐えられる訳ないですよ!」
「どうだヤス?ここはひとつ腹括って、お前の元カノリストに加えてみようぜ。不思議ちゃん、ヤンデレ、メンヘルに、”怖くて有名なお独り様”だ!」
「付き合う前から元カノですか?不幸が待ってるの見え見えじゃないですか!」
「大丈夫だ!就活が終わるまで我慢すれば、いいところを優先的に紹介してもらえるぞ」
 ”だめだこのヒト”
思いっきり吹き出しちゃいました。
「ど、どうしたの?サキ」
お腹をかかえて笑う私に、アマノがビックリしたみたいです。
「だって蓮野さん、変なことばっか言うんだもん」
「あははは。まあ、好きに生きてるからね」
「自由すぎますよ?」
「自重した方が……いいかな?」
「そんなつもり、無いくせに」
ちょっと複雑な気分でしたが、私はただ笑い続けました。
どうしよう……このヒトに惹かれて、いいのかな……?
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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