第十六項 強さ
文字数 2,285文字
両膝を砕かれて、カーリーは地面に這いつくばりました。頭部の硬い皮膚がパラパラに崩れ、中から占い師の顔が現れました。そんな彼女に、彼が優しく声をかけます。
「貴女は戦闘のプロじゃない。だから、その腕を使いこなせていない」
まだ、カーリーには五本の武器が残っていました。にも関わらず、彼は警戒する様子も無く、占い師の前に片膝をついたのです。
「格闘技の経験も無いんだろ?そんなヒトが、でたらめに腕を振り回してもダメだ。力なんて入りゃしない。まして、プロを追い詰めるようなコンビネーションなんか、即興で組み立てられやしないさ」
そして彼女の肩に左手を置き
「だからあえて、腕だけ残したんだよ」
そう、最初から結果は決まっていたのです。戦闘のプロであり、異能も備えるであろう彼に、彼女が勝てる道理などないのです。
「そう……ね……私が戦うなんて、おかしいわよね。何のために、兵士を洗脳したんだか」
非戦闘員であるがゆえ、元軍人のプレリュードを操って、手駒にしていたのに。怒りに駆られて薬に頼ってしまいました。この時点で、彼女の敗北は確定したのです。
すべてを悟り
「ようやく……あの子のところに逝けるのね……」
彼女は最期を覚悟したようです。ですから……ここからは……
「怪力乱神を語らず」
彼女の視点で聞いてください。
「怪力乱神を語らず」
そう言って彼は、私の額に手を当てた。そして、あの子の思い出を呼び覚ましてくれた。産まれてくれたとき、嬉しかった。本当に嬉しかった。14時間もの陣痛のあと、へその緒が足に絡み付いちゃって。出てくるまで、本当に大変だった。家に帰ってからは、母乳は出ないし、オムツ替えで夜中に起こされるし……睡眠不足で辛かったけど、一生懸命育ててきた。あら?これはあのときの失敗ね。ベビーバスで手を滑らせて、湯船に娘をおとしちゃった。お湯を被って大泣きしちゃったのよね。こっちは三歳児検診、緊張したなぁ。どう見ても健康だけど、検査に引っかかると、”やれ成長が遅れてる”とか、”虐待してるんじゃないか”とか。そんなこと、子供が無事ならどう思われたっていいのに、あのときはちょっと、育児ノイローゼになっていて。
あははは!ティッシュを全部箱から出したり、寝てる私にお水をかけたり……いたずら好きだったわね。
幼稚園に送り迎えして、体操教室でいっぱい遊んで……いっぱい笑ってくれてたな。おてんばで、本当に元気いっぱいだった。あの子の笑顔があったから、私は頑張れた。あの子のおかげで、私は大人に、母親(しあわせ)になれた……
”ごめんね。お母さん、こんなんなっちゃった。ごめんね”
「もう、大丈夫だね」
私の憎悪が溶けるのと同時に、それは流れ込んできた。とっても可愛らしい女の子。1歳くらいの幼女が、お父さんに甘えている。ティッシュ箱を積み木のように積み上げて、両手をパチパチ。お父さんのお口に、ミニトマトを押し込んでる。オママゴト、とっても楽しそう。30代のサラリーマン男性、眼鏡をかけたそのヒトが、幸せそうに微笑んでいる。その子のことが本当に大切で、一生懸命生きていた。でも……
「ころ……され……?」
彼が少し悲しそうな、複雑な微笑みを浮かべる。
「見えちまったか」
流れ込んできた記憶は、やはり彼のものだった。自分の心を切り売りして、彼は私の記憶を、心を呼び戻してくれたのだ。でも、だからこそ私は知ることができた。
「あ……なたには……」
今とは別の
「ある……のね?」
前世と……その記憶が……
「あのとき俺は決めたんだ」
大切にしてきた妻に裏切られ、娘と引き離され、そして最後に……命まで……
「何度生まれ変わっても、一生懸命生きてやる!」
”いつかあの子の助けになりたい!あの子に誇れるように生きてみせる!”
そう決意した彼は、今生でもそれを貫いている。
「それが、”あの子を愛する”ってことなんだって」
心(じぶん)を取り戻して、このヒトの悲しみに触れて、ようやく私は
「ごめ……なさい」
素直になれた。
「捨てることが……できたんだね」
一緒になって泣いてくれた彼が
「お母さんの顔に、戻ってるよ」
微笑みながら、頭を撫でてくれました。
あの子を失った悲しみに、私は耐えられなかった。向き合うことができなかった。自暴自棄になって、復讐鬼になってしまった。人殺しになった私なんて、あの子は望んでいない。あの子には見せられない。でも
「あり……がと……」
最後に私はヒトに戻れた。生きて償うことはできないけれど、悪鬼のまま滅されずに済んだ。
「送ってやろうか?」
頭を撫でる彼の左手が、私の顔にかざされる。
「……お……が……い……」
”お願い”、そんな言葉すら口に出来ないほど衰弱した私は、ただ朽ちていくのを待つだけの存在。でも、そんな私に彼は、最期のチャンスを与えてくれた。崩れ落ちるまでの僅かな時間で、私の心を救ってくれた。
「さよなら」
左手の指を弾くと、悪魔の放つプラヴァシーの炎が、私を浄化してくれた。
エメラルドグリーンの炎に包まれ、全ての感覚を失う中で、私はただ謝り続けた。教団で私の帰りを待っているタカくんと、別れた夫。
”ごめんなさい……本当にごめんなさい……”
焼滅する最後の瞬間、私は娘と再開しました。黒煙の立ち込める大通り、そこに差し込んだ光の中で、笑顔のあの子と手をつなぎ、天に召される夢を見ました。でも、私は燃えていなくて
「ご主人が……待ってるよ」
生きていくことを、許されました……
「貴女は戦闘のプロじゃない。だから、その腕を使いこなせていない」
まだ、カーリーには五本の武器が残っていました。にも関わらず、彼は警戒する様子も無く、占い師の前に片膝をついたのです。
「格闘技の経験も無いんだろ?そんなヒトが、でたらめに腕を振り回してもダメだ。力なんて入りゃしない。まして、プロを追い詰めるようなコンビネーションなんか、即興で組み立てられやしないさ」
そして彼女の肩に左手を置き
「だからあえて、腕だけ残したんだよ」
そう、最初から結果は決まっていたのです。戦闘のプロであり、異能も備えるであろう彼に、彼女が勝てる道理などないのです。
「そう……ね……私が戦うなんて、おかしいわよね。何のために、兵士を洗脳したんだか」
非戦闘員であるがゆえ、元軍人のプレリュードを操って、手駒にしていたのに。怒りに駆られて薬に頼ってしまいました。この時点で、彼女の敗北は確定したのです。
すべてを悟り
「ようやく……あの子のところに逝けるのね……」
彼女は最期を覚悟したようです。ですから……ここからは……
「怪力乱神を語らず」
彼女の視点で聞いてください。
「怪力乱神を語らず」
そう言って彼は、私の額に手を当てた。そして、あの子の思い出を呼び覚ましてくれた。産まれてくれたとき、嬉しかった。本当に嬉しかった。14時間もの陣痛のあと、へその緒が足に絡み付いちゃって。出てくるまで、本当に大変だった。家に帰ってからは、母乳は出ないし、オムツ替えで夜中に起こされるし……睡眠不足で辛かったけど、一生懸命育ててきた。あら?これはあのときの失敗ね。ベビーバスで手を滑らせて、湯船に娘をおとしちゃった。お湯を被って大泣きしちゃったのよね。こっちは三歳児検診、緊張したなぁ。どう見ても健康だけど、検査に引っかかると、”やれ成長が遅れてる”とか、”虐待してるんじゃないか”とか。そんなこと、子供が無事ならどう思われたっていいのに、あのときはちょっと、育児ノイローゼになっていて。
あははは!ティッシュを全部箱から出したり、寝てる私にお水をかけたり……いたずら好きだったわね。
幼稚園に送り迎えして、体操教室でいっぱい遊んで……いっぱい笑ってくれてたな。おてんばで、本当に元気いっぱいだった。あの子の笑顔があったから、私は頑張れた。あの子のおかげで、私は大人に、母親(しあわせ)になれた……
”ごめんね。お母さん、こんなんなっちゃった。ごめんね”
「もう、大丈夫だね」
私の憎悪が溶けるのと同時に、それは流れ込んできた。とっても可愛らしい女の子。1歳くらいの幼女が、お父さんに甘えている。ティッシュ箱を積み木のように積み上げて、両手をパチパチ。お父さんのお口に、ミニトマトを押し込んでる。オママゴト、とっても楽しそう。30代のサラリーマン男性、眼鏡をかけたそのヒトが、幸せそうに微笑んでいる。その子のことが本当に大切で、一生懸命生きていた。でも……
「ころ……され……?」
彼が少し悲しそうな、複雑な微笑みを浮かべる。
「見えちまったか」
流れ込んできた記憶は、やはり彼のものだった。自分の心を切り売りして、彼は私の記憶を、心を呼び戻してくれたのだ。でも、だからこそ私は知ることができた。
「あ……なたには……」
今とは別の
「ある……のね?」
前世と……その記憶が……
「あのとき俺は決めたんだ」
大切にしてきた妻に裏切られ、娘と引き離され、そして最後に……命まで……
「何度生まれ変わっても、一生懸命生きてやる!」
”いつかあの子の助けになりたい!あの子に誇れるように生きてみせる!”
そう決意した彼は、今生でもそれを貫いている。
「それが、”あの子を愛する”ってことなんだって」
心(じぶん)を取り戻して、このヒトの悲しみに触れて、ようやく私は
「ごめ……なさい」
素直になれた。
「捨てることが……できたんだね」
一緒になって泣いてくれた彼が
「お母さんの顔に、戻ってるよ」
微笑みながら、頭を撫でてくれました。
あの子を失った悲しみに、私は耐えられなかった。向き合うことができなかった。自暴自棄になって、復讐鬼になってしまった。人殺しになった私なんて、あの子は望んでいない。あの子には見せられない。でも
「あり……がと……」
最後に私はヒトに戻れた。生きて償うことはできないけれど、悪鬼のまま滅されずに済んだ。
「送ってやろうか?」
頭を撫でる彼の左手が、私の顔にかざされる。
「……お……が……い……」
”お願い”、そんな言葉すら口に出来ないほど衰弱した私は、ただ朽ちていくのを待つだけの存在。でも、そんな私に彼は、最期のチャンスを与えてくれた。崩れ落ちるまでの僅かな時間で、私の心を救ってくれた。
「さよなら」
左手の指を弾くと、悪魔の放つプラヴァシーの炎が、私を浄化してくれた。
エメラルドグリーンの炎に包まれ、全ての感覚を失う中で、私はただ謝り続けた。教団で私の帰りを待っているタカくんと、別れた夫。
”ごめんなさい……本当にごめんなさい……”
焼滅する最後の瞬間、私は娘と再開しました。黒煙の立ち込める大通り、そこに差し込んだ光の中で、笑顔のあの子と手をつなぎ、天に召される夢を見ました。でも、私は燃えていなくて
「ご主人が……待ってるよ」
生きていくことを、許されました……