第六項 ライバル出現?

文字数 2,929文字

 「で、どうなんだ?」
事務の三富さんが入れてくれた、少し温めのダージリンをすすりながら
「FIGが出回ってる。プレリュードの感染者と爆発的に増えてるね。どうやら連中、量産化に成功したみたいだ」
 俺は状況を説明した。今は教授と2人っきり、あのポスターを眺めながら、真顔で話し合っている。ちなみに、FIGっていうのは、橘先生や美津井先生が使った、”化け物に変身できる薬”のことだ。FIGがなんの略称なのか、わからないけどね。
「なるほど。まさかこんなに早く、”グラマトンの液状化”が可能になるとはな」
注射器で直接取り込む液状のお薬。これは、グラマトン粒子が引き起こす、エリギエール現象を顕著にするものだ。今から30年くらい前、第三次世界大戦になりそうだった。細かいことはあとで説明するけど、中東で”アルビジョワ解放戦争”ってのが勃発したんだ。そのとき、大気中にグラマトン粒子ってのがばら蒔かれた。まるで原爆が爆発したかのような、キノコ雲に乗ってね。そしたら無線通信ができなくなった。航空機の計器が異常をきたした。GPSなんてもってのほかだ。
 これで各国とのコミュニケーションが難しくなるんだけど、当時の社会を混乱させたのはそれだけじゃない。”グラマトン粒子の濃度が濃い”場所で、緩めの超常現象が起きるってことだ。例えば、不自然に速く走れたり、ボールを投げたら遠くまで飛んでいったり、物理的に不可思議なことが起きだした。何が起きるかはその人によって異なるらしいけど、発動条件は、”粒子濃度が高い場所にいる”ことだった。
 「……だと思うが、どうだ?」
おっと、皆さんに説明するのに夢中で、教授の話をきいてなかった。
「お前、聞いてなかったろ?」
「ああ、失礼しました。で、なんです?」
「ヒドイ男だなオイ。キャフィスだよキャフィス!キャフィスの感染者は?」
「ああ、症例ゼロ。単純にキャフィスがレア物で、お会いしなかっただけかも、なんだけどね」
「他に可能性は?」
「プレリュードだけ”放し飼い”にしてる、ってのがある」
 プレリュードっていうのは、美津井先生みたいに薬で体内にグラマトン粒子を取り込んで、肉体に変化をもたらすタイプのことだ。
「性能テストか。確かにプレリュードの方がわかりやすいもんな。だがそれだと」
「やつらはキャフィス用の薬を未開発かもしれないし、開発済みだけど隠してる、可能性もある」
「なんだよ。それじゃあ、何もわからないのと同じじゃないか」
「そうなんですよねぇ~」
 キャフィス、それは……また今度説明しようかな。新しい情報が多かったから、読者の皆さんもお疲れだろうし、なによりここでタネを明かしちゃったら、楽しみが減っちゃうもんね。
 「で、これからどうすんだ?蓮」
「この間の先生がさ、”あの名前”に反応してくれてね。だ・か・ら」
「なるほど。その線でいくのか」
「ああ、新世会さん。実はプレリュードの感染者たちに、”新世会のシンポジウムに参加した”っていう共通点があるんだよね。そこで、だ」
俺はファイルを手渡して
「こっちの調査を頼むよ」
「なんだこりゃ?」
「ここ一週間で犠牲になった、17名のリストだ。”新世会の関係者とトラブったことがないか?”そういった視点でもう一度、見直して欲しいんだ。そしたらさ」
「そしたら?」
「もうちょい大物が釣れるかもしれない」

 「森柴紗良です。よろしくね」
森柴紗良(もりしばさら)(19)さん。神戸の芦屋に実家がある、超お金持ちのお嬢様とのことです。美人なんだとは思いますが、年齢不相応な高級ブランドで身を包んでいて、正直不自然な方です。周りの先輩方に、今日のおしゃれポイントを熱心に語っている姿も、なんだか残念な感じです……なんでAn-anやCan-canを読んで、アルマーニを着ているんだろ?
 「ところで蓮は?まだ来てないの?」
年上の蓮野さんのことを、呼び捨てにしています。ヤスさんによると、蓮野さん目当てで毎日研究室に顔を出しているようです。禁止という訳ではありませんが、普通1年生が研究室に出入りすることはないそうです。正式にゼミに配属されるのは、2年の後半からなんですもの。なのにサラさんは我が物顔です。大学院生の先輩方よりも、遥かに態度が大きいです。まあそれも、”叔父さんがこの大学の国際政治学部の学部長で、次期学長候補”と聞けば、なんか納得です。大人の世界はいろいろあるんでしょうね。ただなんというか、研究室の雰囲気が、彼女が現れて濁ったような気がします。
「お待たせ」
そこに蓮野さんが戻ってきました。
「ヤス、これから妹さんたちを送ってくけど、一緒に行く?」
蓮野さんは、”サラさんのことが視界に入らない”、というより、”完全に見ないこと”でスルーしています。あれだけ派手な格好で、存在自体を自己主張しているサラさんを、とても鮮やかにアウト・オブ・眼中です。
 「あ、レ~ン~!」
そんな蓮野さんに、瞳がハートになったサラさんが、接近戦を仕掛けます。
「今日はフィールドワークに付き合ってくれるって約束したじゃない」
自分の方を向いていない蓮野さんに、お構いなしのモノローグ。ここまで来ると、さすがの蓮野さんも避けきれないでしょう。さあ、彼のお手並み拝見です。
「ああ」
いつもの作り笑いが彼女に向いて
「えっと……モリシタ……さん?」
すごい!自称彼女に向かって、”君の名前がすぐに出てこない”という態度です。”誰だっけ?”的な態度です。しかも微妙に名前を間違えてるし!こんなことされたら、当然女の子は傷つきます。私だったら、思わず涙ぐむかもしれません。でも
「サラって呼んでよぉ~」
ビクともしません。サラさんはノーダメージです!というか、いきなり下の名前で呼ばせようとする、面倒くさい方です。あれ?この感じ、どこかで見たような……
 思い出せそうで思い出せない、そんなじれったい気持ちで悩んでいると
「来てたんだね。そういえばモリシタさん。嶋田教授にご挨拶した?」
彼はサラさんに挨拶指導をしています。
「え?まだだけど」
「じゃあ、行っておいでよ」
とってもにこやかに微笑ます。こういうときって、何かたくらんでるんですよね。
「そんなこと言って、また私を置いて帰っちゃうんでしょ?今日は逃がさないんだから」
また……”また”って言いました。前にも同じ手で、彼女をまいたことがあるようです。なんてわかりやすい拒絶でしょう。こんなことされたら、私だったら対人恐怖症になっちゃうんじゃないでしょうか?ええ、なっちゃうと思います。
「それじゃあ、行きましょ!」
だけども大事に至らない!サラさんはやっぱりノーダメージです。強引に彼の腕を引っ張っります。
「え!?ちょ、待って!」
無理やり腕を組まれ、蓮野さんはそのまま連れ去られてしまいました。
 「すごい……ですね」
呆然とする私たちと
「なんつ~か、”恋する女に他人の言葉は届かない”……いや、都合が悪いことは……届かないし響かない」
苦笑いのヤスさんと私たちは、しばらくその場を動けませんでした。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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