第五項 悪夢の前に

文字数 2,586文字

 「先輩~、ホントにいいんですか?」
おはようございます。今朝も清々しい、とってもいいお天気です。私たちはいつもどおり、3人でのんびり登校中です。
 そんな雰囲気を壊そうとして、メグがさっきから面倒臭いんです。何の話かというと、蓮野さんが現れてから一週間ちょっと、平穏無事に過ごせているのが気に入らないんです。
 夏期講習期間中、毎日彼の演習があるのですが、常に隣に美津井先生がいました。本当に隣です。隙間なんてないくらい、べったりなんです。誰から見ても、どこからどう見ても、どんなアングルから捉えても、明らかに彼のことを狙っているんです。胸の谷間がはっきり見える、カットのきついご衣装です。どうも彼の歓迎会をやって、後日二人っきりでディナーに行かれた模様です。それ以来、本気になってしまわれた御様子。彼も彼で満更でもないのか、先生の胸元にデレデレです。
 女性に厳しくて有名な美津井先生ですから、先生様のなさる事ですから、誰一人文句など言いません。言えませんとも。だけどメグからすると、お姫様呼ばわりされた私に、何かしらのイベントを、ロマンス(旧い!)を求めているようです。
 「まあまあ。でも、蓮野さんと先生って、結構お似合いだと思うよ。2人とも大人だし」
「えー!そんな優等生発言、つまんな~い!」
剥れて小石を蹴るこの妹キャラは、それだけだったらとっても可愛らしいのですが……
「メグは口数を減らしたら、彼氏できるんじゃない?」
どうやらアマノも同じ事を考えていたようです。
「えー!そんなの無理ですよぉ~!女の子からおしゃべりを奪うなんて」
「はいはい。じゃあ放課後またね。お買い物に行くんでしょ?」
どうやらアマノとメグは、買い物の約束をしているようです。
「何を買うの?」
と聞くと
「それは内緒。サキも遅れないでよね」
どうやら私にも、出席義務があるようです。

 さて、場面は変わりまして、放課後のショッピングモールです。途中でメグが口を滑らせてくれて、何をしに来たのか分かりました。私の誕生日プレゼントと、プチパーティーを開いてくれるそうです。
 おしゃれなオープンカフェ。そこで一番陽当りの良い席で、私は受け取りました。小さなリボンが可愛らしい、親指大のスティックを。
「これは、ミュージックスティック?」
「うん。聴いてみて」
「いいの?」
頂いたプレゼントをポッドに挿して、イヤフォンから流れる音に、耳を傾けると
「これ、マッキー!?」
私は興奮して大きな声を出してしまいました。だって、彼の名曲、”モンタージュ”が流れてきたのです。
 槇原敬之さん。みなさんもご存知ですか?というか、みなさんの時代の超人気歌手ですよね。その優しくて綺麗な歌声が、2078年の今再び注目を集めているアーティストです。もしこの物語にテーマ曲を付けてもらえるなら、是非マッキーに切ない歌声をお願いしたいです……と、音楽や芸能界に疎い原作者が申しております。
 私たちが暮らす2078年は、音楽データとかの権利関係が複雑になっています。実は手に入れるのが難しいんです。料金だけでなく、利用目的とかを事細かに申請しないといけなくて。アマノとメグは随分前から準備してくれていたのでしょう。
 私が感激して涙ぐんでいると、2人も達成感があったのでしょう。満面の笑みで迎えてくれます。
 そんな微笑ましい放課後、可愛くて甘いケーキを頂く穏やかな時間……神様がくれた私の平和を
「あれ?」
破壊神様が
「奇遇だね」
ぶち壊しに
「お嬢さん'sのみなさん」
降臨しました。蓮野さんです……
 ”呼ばれてないのにジャジャジャジャーン!”です。

 「へぇ~~、君の誕生日、8月31日なんだ」
イヤフォンを返しながら、彼は楽しそうに微笑みました。なんと彼も、マッキーの大ファンだそうです。本当でしょうか?
 「いいよねぇ~、”恋をするつもりなんて、これっぽちもないときに、限って恋はやってくる”らしいよ?」
と、ご機嫌の笑みを向けてきます。
「らしいよ?」
「二度言わなくて結構です」
やっかいなヒトに会っちゃいました。私をからかうためならこのヒトは、誕生日プレゼントの名曲すら利用するのです。メグなんか、このシチュエーションが楽しくてしようがないのか、目を輝かせて私たちをうっとりと眺めています。
「連れないなぁ……僕の心の襖、簡単に開けといてさ」
ほら……やっぱり……
 ”心の襖(ふすま)”じゃくて、凍りついてた”心のドア”ですよ!でも、そのツッコミを待っている可能性があるので、ここはひとつ、黙っていることにしましょう。
「あの、蓮野さんは」
なんとか話題を逸らして
「レンでいいよ」
あわよくばこの場を脱出しましょう。
「蓮野って、ちょっと呼びにくいでしょ?”さん”付けもヨソヨソしいし」
と、That's笑顔で話し続けます。相変わらずの迷惑なマイペースです。
「は、はぁ……」
解放してくれるつもりは……ないんでしょうね。
「だ・か・ら、俺のことは、レンって呼んでよ。お願い」
「え、えっと……」
お願いされちゃいました。両手を合わせて……初対面のときから思っていたのですが、このヒトの距離感が苦手です。どうしてこんなに馴れ馴れしいんでしょう?
「で……俺は君の事、なんて呼べばいいの?」
ズカズカと、ヒトの領域に攻め込んできます。正直迷惑です。
「へ?あ、あの……普通に早苗さんって」
「それじゃあつまらないよ」
「つまらないと言われましても」
「そうだな……”サキちゃん”って呼ばれるのと」
少し低めのトーンで
「”サキ“って呼ばれるの、どっちがい~い?」
優しく、それでいて艶かしく、私の前髪を
「ちょ!」
撫でた!撫でました!それを見ていたアマノとメグが、頬を赤らめて、両手で口を覆っています!
 あまりのことに身を逸らして逃げると、少しお水っぽい笑顔が追撃してきます!髪を撫でた左手が、そのまま私の唇に迫ってきます。
「ま、待ってください~!」
またまた私は狼狽しました。オロオロしすぎて
「美津井先生に怒られますよぉ~」
とっさに先生の名を叫びます。恋人の名前を聞けば、彼も止まるかなって。両手で彼の左手を防御して、力いっぱい押し返します。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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