第十二項 運命の定義

文字数 2,144文字

 我は勝利を確信していた。炎が通用せず、銀色の悪魔を砕かれた悪魔に、勝ち目などなかったのだ。右目が見えず、右手も動かず、できることといえば、プラヴァシーを発動するだけだったはずだ。なのに
「なに……が……?」
我は腹部を吹き飛ばされ、上半身だけで転がっていた。視界の先に、飛ばされた下半身が片膝をついて止まっているのが見える。
 「あんたを引っ掛けるの……マジきつかったよ」
少女に肩を借りながら、あの男が立ち上がる。
「カインが消えたとき、”勝った”って思っただろ?」
違うのか?
「あれ、わざと消したんだ。ダメージ受けて、消滅するように見せかけてね」
そうか……消えたのではなく、”消した”のか……
「ラミエルも、これで始末した」
 あらん限りの知恵を絞り、経験を活かし、己の実力を最大限に発揮したか……
「見事……だ……人の……子よ」
人質を解放し、感染者を一掃し、最後には神の御使いをも退けた。
「我は再び……眠りに就くとしよう……」
我は目を閉じ、風のプラヴァシーの封印を受け入れた。

 ラグエルの意識が消え、私は目を覚ました。身体は上半身だけになっていた。一体、何があったというのか。ただ、これだけはハッキリしていた。
「……勝てたのか?……ラグエルに」
「お陰様でね」
「まさか……運命が覆されるとは……」
「運命?」
「そうだ……来るべき神の降臨……この星は、滅びる運命なのだ……それはお前とて例外ではない……まして、ラグエルが発動され……」
「あのさ、運命と宿命……ごっちゃになってない?」
「?どういう……」
 「運命……それは”命を運ぶもの”。あんたの心を形創る、様々な出来事。つまりはイベントだ」
なるほど、”様々な運命を経験して、ヒトの心は形を成す”、そう言いたいのか。
「宿命……それは”命に宿りし咎”……あんたの魂に宿った、逃れえない罪。つまりはルール」
「”抗うことができない、個人の定め”……それが宿命か……」
「俺はそう定義してる。でも、”抗うことができない”ってのは、ちょっと違うかな」
「聞かせてくれ……」
この男は面白い。
 「抗うことはできるさ。結果的に失敗したり、苦しむことが多いだけでね」
なんだろう?不思議な男だ。
「子供の頃、どんな大人になりたかった?」
話が飛んだな。
「そうだな……知的で、穏やかで、優しい大人になりたかった。父は厳しくてね……森柴家の男子として、躾と教育を徹底された……私はそんな父とは反対の人間になりたかったのだ……地位に縛られず、自由で優しい人間になりたかった。だが結局、私も父と同じ大人になっていた……」
そんな私の話を聞くと
「俺の話、してもいいかな?」
彼は話し始めた。
 「”前の俺”は、一軒家でペットを飼って、家族と楽しく暮らすことを夢見ていた。でも、娘と引き離されて殺されちまった。辛かったよ」
プラヴァシーを発動したからわかる。この男は特別なのだ。異能とは別に、前世のような記憶を持っている。
 「あんたの傷を暴くような真似して……すまなかった」
「なぜ謝る?」
「あんたの娘なんだろ?サラは」
「……知っていたのか」
「ああ、だから利用させてもらった」
「あの娘は悪くないんだ……あの娘は、可哀想な子なんだ」
「不倫しちゃったんだろ?あんたと、お兄さんの奥さんとの娘だったっけ?」
「そうだ」
「母親は秘密がばれることを恐れて、あの娘に厳しく当たっていたんだろ?」
「過剰なほどにな。しかしそれは、ただ愛情の欠落した娘にしてしまうだけなのだ。私の不徳が、あの娘を苦しめ続けた……そして最後には」
「心配するな」
「なに?」
「さっき言った先輩ってのはさ、大学のお姉様方だよ。今頃チェーンの居酒屋で、俺にフラれた愚痴飲みだ。俺の悪口で盛り上がってるんじゃないかな。”蓮(あいつ)は女を見る目がない。ロリコンだ!”ってね。残念な飲み会を、絶賛開催中なんじゃないかな」
人質……じゃないのか?あの娘は……サラは無事なのか?
「必要だろ?ときにはそうやって、格好悪い自分をさらけ出すのも。酒の勢いで愚痴って、泣くことだってあるさ。その方が可愛げのある後輩だと思うしね。変に気取ってお高く止まってたんじゃ、いつまでたっても友達ひとりできやしない」
「そう……か……」
この男は、こういう男なのだ。交渉時はとんでもないことを言うが、結果的に汚れたことができない男。他人を傷つけることができない男なのだ。私はそれを見抜けなかった……
 「私の負けだな……」
「あんたは罪を犯しすぎた。見逃すつもりはないよ」
「そうだな……多くのヒトを陥れてしまった。傷つけてしまった。破滅思考(こころ)に抗えず、プラヴァシーまで開放して……もう少しで、国ごとサラを殺してしまうところだった」
「ああ、完全に暴走してたな。だからこそ、俺は勝つことができた」
「止めてくれて……ありがとう」
「礼には及ばないよ」
「キミを信じれはよかった。引き返すチャンスだったのに……」
「”過ちて改めざる、これを過ちと謂う”ってね」
そんな彼の送る言葉に、最期の笑顔を浮かべて、私は崩れ落ちた。
「そうだな……本当に、そのとおりだよ……」
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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