第三項 帰り道

文字数 1,855文字

 「ふぅ~……なんか疲れた……」
診察を終えたあと、お友達と一緒にファーストフードに寄りました。みんな、自分のアルドナイについて、いろいろと語ってくれました。結果に満足している子もいれば、ご不満の子もいて、それは盛り上がっていました。中にはアルドナイに可愛いニックネームを付けている子まで。
 私はといえば、どう説明していいかわからず、終始聞き役になっていました。みんなは”沙希(わたし)のアルドナイはよっぽど残念だったのだろう。放っといてあげよう”と考えたらしく、あえて私に質問はしませんでした。
 「お母さんになんて説明しよう……」
そんなことを考えながら歩いていたから、すぐには気づきませんでした。私の後ろに誰かがついてきていることに……
 『そこ、右に曲がって』
突然、ブレスレットからさっきのアルドナイさんが語りかけてきました。
「え?え、あの……」
『振り返らないで。尾行されています。角を曲がったら走って!』
今日、初対面(?)のアルドナイさんからの、いきなりのご指示です。私は混乱しましたが、おとなしく従うことにしました。確かに、後ろから足音が聞こえたんですもの。

 『ここに隠れて!』
角を曲がってから走りましたが、とても逃げ切れませんでした。足音が背後に迫ってきます。追いつかれると焦っていた私は、アルドナイさんに言われるがまま、グレーのシートで覆われた、建築中の建物に逃げ込みました。入った瞬間、なんと言いますか、すごい違和感がありました。まるで、異世界に迷い込んだかのような……
 広々とした1階、正面にエスカレーターが見えます。電気が来ていない、動かないエスカレータは、ちょっと不気味です。その動かないエスカレーターを駆け上がり、まだテナントの入っていないフロアに入りました。
 2階の奥、レストランになるスペースに行きました。お洒落なテーブルや椅子が並んだお店。透明なガラスの扉を開けたそこに、目を疑うような光景が広がっていました。身長……いえ、この場合は体長ですかね。体長三メートルくらいありそうな、天井に頭がぶつかりそうなくらいに大きい、”化け物”がいました。大きな頭にたくさんの光る目玉、大きく裂けた口を広げた、異形の鬼でした。
「きゃあっ!?」
思わず悲鳴をあげてしまいます。
 化け物はそんな私に気づいたようですが、何かに夢中でそっぽを向いていました。入口に逃げてから恐る恐る覗き込むと、鬼は両手に一人ずつ、二人の首を握り締めていました。
 最初に右手の男性の首がへし折られました。首があらぬ方向に曲がっています。化け物はそれをこちらに投げ捨て、今度は両手でもうひとりの首を握り締めました。恐怖で声が出ない女性が、涙を流しながらも必死に抵抗しています。
「え?」
よく見るとその女性は、チューターのユキさんでした。飯島由紀(いいじまゆき)(22)さん。聖都大学教育学部の4年生で、私のクラスに教員サポートのアルバイト、通称チューターで来ている女子大生です。
「だ、だずけ……」
最後にそう呟いて、私を見ながらユキさんは窒息死しました。ひと思いに首を折られず、ゆっくりと絞め殺されたのです。
 「ユキさん!」
私が叫ぶと、化け物はこちらを向きました。二人を殺したその腕で、今度は私を捕まえようとするのです。
「いやあああああ!」
悲鳴を上げて逃げ出しました。泣きながら方向もわからずとにかく走りました。
「どうしよう、どうしようったらどうしよう?」
どうしていいかわからなかったけど、私はさっきのファーストフード店、エスカレーターすぐそばのテラス席に逃げ込みました。たくさんのテーブル席の影に、息を殺して隠れます。そんな私を探して、それは現れました。”ゴフゥ~ゴフゥ~”と、奇妙な息遣いでテラスを徘徊しています。
「やだ……来ないで……夢なら早く覚めて!」
あんまりに怖くて、私はこれが夢であってほしいと考え始めました。夢なら覚めてと願いながら震えていました。そんな私に化け物が迫ります。紅く輝く不気味な瞳で、部屋の中を静かに見回します。その外見とは裏腹に、まるで人間のようなしつこさを感じます。もちろん今はそれどころじゃありません。ただただ怖くて、体が竦んで動けません。
 私を見つけた化け物が、あの右手を伸ばします。男性の首をへし折り、ユキさんを絞め殺した右手で、私をテーブルの下から引きずり出そうとするのです。あまりの恐怖に、なす術のない私は、力一杯目を瞑りました。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

幼い時に両親が離婚し、心に深い傷を隠し持っている。

それゆえか感受性が強く、不思議な青年、蓮に惹かれてしまう。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

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